047.止まない雨はない
降り続ける雨。大粒、とまではいかないが昨日も1日中降っていた。
今日もまた、朝から雨がフロルの街を、周囲の森も川も平等に濡らしていく。
それは訓練用の広間に立つ俺達も例外ではなかった。
「ふー……ふー……」
「いつでもいいぞ」
既に特訓を始めて時間がそれなりに経過している。
そのため、ミィの息は荒い。火照った体は夏だというのに少しだが蒸気のように白い何かをまとっている。
刃を落としてある短剣を手に、真剣な表情で俺に向かい合っている。まあ、それでこそ、だな。
時間のある限り冒険団のみんなとは別にミィ達を鍛えているけど、やはり、ミィの成長は一番だ。
よくよく考えてみれば、俺だって物心ついたころにはなまくら剣でも魔物達を両断していたし、祈りとも呼べないような稚拙な言葉で魔法を繰り出していた。
勇者に対する魔王の力を持っているであろうミィが成長著しいのもある意味当然だった。
既に、あの時ミィを誘拐した兵士たちなんかでは相手にならないだろう。
「にゃっ!」
その思考が隙と見えたのか、小さく叫びミィが沈み込むようにして低い姿勢で駆け出してきた。
雨でぬかるむはずの地面を大きな音と共に蹴り飛ばす。俺の教えた、魔力の足場を足裏に作り出す技術。
まだ未完全ながらそれはミィの体を十分に前に押し出していく。降り注ぐ雨を切り裂くような鋭い一撃は、空を切る。
ほんの僅か、半歩動いた俺の横をミィの体が流れ……突然向きを変えて再度突進。
見えない壁にぶつかったかのような動きだ。
咄嗟に魔力の壁を自分の進行方向に作り出し、ぶつかるようにして向きを変えたらしい。
目の前に迫る短剣をそのまま俺は木剣で受け止め、少しばかり後ろに下がる。
「今ので隙ありと攻撃してくる相手とは相打ちになりかねない。別の方法を探すように。もう1本、おいで」
「うう、お兄ちゃん速すぎだよう……」
しょんぼりと、ミィの耳と尻尾も垂れ下がる。雨に濡れていることもあって、悲壮感が漂う。
(ごめんな、悪いお兄ちゃんで。でもミィのためなんだ)
散々イアやルリアにまで俺はミィに甘いと叱られている。
訓練の時は心を鬼にするのよ、とイアは言うけどな……うーん。
「どわっ!?」
咄嗟に声が出てしまったのは失敗だった。
さて、ミィはどうするのかと思っていたところで、うつむいたままのミィが前触れなく加速してきたのだ。
獣人の戦士が時折使う、消える歩法だ。まだ模倣にすぎないであろう動きでさえ、きっと観戦しているイアやルリアの目には消えて見えたことだろう。
「にゃ! まだまだぁ!」
雨の音を、硬い音が消し去っていく。
俺の木剣がミィの短剣を受け、弾き、そらしていく音だ。
全てを捌いていく俺に慌てる理由はない。ただまあ、思ったよりも早くなっている動きに驚きはするけれど。
(守られるだけの妹じゃ嫌、か。成長してるな、ミィ)
見守る先で、ミィは後ろへと飛び、間合いを取る。瞬間、ミィに魔力が集まるのがわかる。
「風よ!」
叫び、まさに風となり突撃してくるミィ。
小細工なしの、一発勝負。だから俺は……横に避けて足を引っかけた。
「にゃああああああ!?」
悲鳴を上げながら、ミィは水たまりとなった広場を転がり、水しぶきを上げていった。
それを追いかけるようにして走り、あおむけになって目を回しているミィを抱きかかえる。
「ああいうのは最初に奇襲として使うようにしないと簡単に避けられちゃうぞ」
「うん……頑張るよ、えへへ」
泥だらけ、ずぶ濡れのミィ。それは俺も同じだけど。
『この辺にしてお風呂にしたらどう?』
「もうすぐ、お昼」
2人の提案に頷き、ミィを抱きかかえたまま家に戻る。
その間、ミィはなんだかうれしそうだったけど……なんだろうな。
抱きかかえたままではお風呂へと入れないのでミィを下ろすのだけど、何故だかミィは俺の服をつまんだまま。
「ミィ?」
「ううん、なんでもない」
物欲しそうな顔をしていたように見えたミィはぱっと手を放して先にお風呂へと入っていった。
(んん?)
首を傾げながらも、俺も着替えるべく自室へ。
服からはそのままだと水が垂れるし、汚れもあるので仕方なく下着だけとなる。
「にーに、ご飯すぐできるからミィちゃんと一緒、ね?」
『そうよ、お兄様。ミィは髪の毛をしっかり洗わないから見張って頂戴よ』
季節がら寒くはないのでそのままで部屋の隅というか壁の向こうにいたところを2人に促され、俺も風呂に向かうことにする。
「ミィ、入るぞ」
「お、お兄ちゃん!?」
離れのようになっている浴室への扉を開くと、何故だか焦ったミィの声が響く。
よほど変な顔でもしていたのだろうか?
「イアが、しっかり頭洗ってあげろってさ」
「もう、イアちゃんったら……じゃあお願いします、お兄ちゃん」
遠くにイアとルリアの声を聴きながら、兄妹の時間が過ぎていく。
わしゃわしゃと頭をもむように洗ってやると、ミィの背中が震え、気持ちよさそうに尻尾も揺れている。
耳をこするように洗ってやると反応も大きい。この辺はよく汚れるからな……。
「お兄ちゃん、上手だよね」
「そうか? 慣れだろ、多分」
ミィの事は小さい頃からお風呂に入れている。どの辺がくすぐったいか、なんてのもばっちりだ。
そのミィも、この半年ほどでググッと成長している。
身長はあまり変わっていないけど、手足がすらっとしてきたので随分と女の子らしくなった。
そろそろ、一緒にお風呂もなしかもしれないな。
「お兄ちゃんはいつまでミィと一緒にお風呂入ってくれるのかな」
「……ミィが嫌がるぐらいだろうな」
そんな俺の考えを読んだかのような言葉に、そうつぶやくのが精一杯だった。
「そっか……ねえ、お兄ちゃん。雨期が終わったらどうするの?」
「パンサーケイブに引っ越し予定だ。そっちでカーラと魔鉄の調達をしないとな。
冒険団の一部も親ごと引っ越すらしい。人も増えてきたからな」
泡をお湯で流してやり、一緒に湯船につかりながらの会話。
そう、フロルの住民は順調、いや……ものすごい勢いで増えている。
それは北の街やテイシアも同様であり、小さな村はあちこちに出来ているほどだ。
それらを全て管轄するのは難しいので、個々の代表者に任せている状態だ。
ただ、パンサーケイブだけは肝入りなのでそうもいかない。
復興は進み、既にある程度元の様な仕組みが戻ってきている。そこにカーラの出番だ。
竜の炎を使った魔鉄の性能を確認しなくてはいけない。通うのは大変なので、俺達丸ごと引っ越しが一番いい。
周囲はしばらく人が出入りしていなかったからか、依頼や開拓の仕事も多くありそうだしな。
「ミィ、頑張るよ」
「いつも通りでいいのさ」
なおも2人で語り合っていると、ご飯が出来たと呼ばれる。
イア達にも雨期の後のことを言わないとな……俺の心は将来が楽しみで仕方がなかった。
新しい場所でミィ達はどんな姿を見せてくれるのか。どんな成長を遂げてくれるのか、と。
兄馬鹿と呼ばれようと、俺はミィやイア達の笑顔のために働けるのだ。
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