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セブンス エッダ  作者: りん
密林を流れる赤い水
99/118

8

ライナは菊月を追い、神殿の外へ出た。

建物の中は彼女に優位の領域だが、外へ出てしまえば此方にも勝機はあった。

外はいつの間にか、細かな雨が降っていた。


「待って‼︎」


ライナは菊月に向かって叫んだ。


「なぁに、折角見逃してあげるって言ってるのに」


菊月は振り返り不満そうな声を出す。先程までのあどけない表情には似合わない、殺気を孕んだ視線を送る。


「それ、返して」


ライナは負けじと強い口調で返す。


「これはダメ。ダディのお願いだもの」


菊月はうっとりとして宝珠に軽くキスをする。

細かな雨粒か菊月の髪に沢山の雫を作る。まるで彼女を飾る真珠の様だ。


ーー大丈夫、


ライナは空を見上げて深く息を吸い込む。


ーー雨は私の味方だ


自分の力の根源がわかった事で、力の使い方もわかってきた気がする。今までは何となく慣れなくて、怖くて、あまり使ってこなかった。底の知れない力に、深淵を覗き込む様な不安しかなかった。しかし、セファが自分の身を削ってまでも与えてくれたと知って愛おしくなった。現金だなぁ、と自分でも可笑しくなる。でもそれは誰かを信じる事に似ている気がする。

菊月に降り注ぐ雨に集中する。雨はゆっくりと、確実に彼女の身体を濡らしていく。彼女を濡らした雨は、彼女が瞬きをする毎、呼吸をする毎に少しずつ体内に入っていく。

彼女の身体は水に覆われ、水に侵されている。

彼女の身体を巡る血液が感じられる。

雨音は大きくなり、耳鳴りみたいにライナと外の世界を遮断する。頭に霧がかかったみたいで菊月と彼女を巡る温かな水の事しか考えられない。視界はぼんやりするのに、菊月だけがクリアで、ゆっくりと動いて見える。

ライナはある事に気づく。


ーー雨だけじゃない。彼女の身体中を巡る赤い水だって私の眷属だ。


菊月はまるで身体の内側をゆっくりと撫でられたみたいで気持ち悪くて鳥肌が立つ。


「何コレ。あんた、何かした?」


何だかわからないにが気持ち悪い。得体の知れない薄気味悪さに菊月は顔を歪める。

異常事態を察知した彼女は、先制しようとライナの両腕自由を奪う。

でもそんな事は関係なかった。意識を研ぎ澄ませば彼女の事が手に取る様に感じられる。菊月を内側から支配していた。


「それ、返して」


ライナは宝珠を持った菊月の右手に集中する。

菊月の右手は熱を帯びて熱くなり、勝手にライナの方へ伸びていく。菊月は必死に抵抗して腕が小刻みに揺れている。彼女の小さな愛らしい手はいつの間にか醜く肥大している。赤黒くなった手の血管が太く浮き出て破裂してしまいそうだ。


ライナはゆっくりと彼女に近づいて手を伸ばして宝珠を受け取ろうとする。が、腕が上がらない。菊月に自由を奪われたままだ。


ーーあれ、困ったな


ライナは少し悩み、良い事を思い付く。

彼女の内側から私を動かせばいい。しかしこれは中々難しかった。彼女の右手はそのままにして、左手で自分を操らないといけない。元々ライナはそんなに器用な方ではない。上手く動かせないまま、菊月の左手の指がピクピクと動く。何とかライナの両手は胸の前まで持ち上げられる。ライナは菊月から宝珠を受け取った。


ほっとしたら、後ろから声が聞こえた。


「ライナ‼︎」


ナディルの声がライナの頭の中に響いて、ライナは我に返った。

その瞬間、頭の靄が晴れ視界がクリアになる。ライナと菊月を外界から隔てていた水の膜が弾けたみたいだった。菊月は自由になり、足早に森へと逃げていった。


ライナはゆっくりと振り返り、ナディルを確認するとその場に倒れ込んだ。ナディルは走ってきてライナの名前を呼んでいるが、その声がだんだんと遠くなっていった。

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