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月の綺麗な夜は大人の時間だ。雲の無い空は沢山の溢れそうな星を抱える。頬を撫でる冷気を孕んだ夜風が心地良い。ウォーラとセファは書斎から続きになっているテラスでグラスを傾ける。繊細な切り込みの入ったクリスタルのグラスは飴色に輝く。ゆっくりとグラスを回すと透明な氷の塊がカランと音を立てる。
「セファ、悔いてはおらぬか?」
ウォーラは酒を一口含み、問い掛ける。燻した木の甘い香りが口に広がる。
「勿論です」
セファはウォーラの目を見て答える。金色の目に心の内まで見透かされそうだ。
ウォーラの思い描いている未来を、セファは知っている。その時は彼女の隣に自分はもう居ないだろう。それでもセファは彼女の願いを叶えてやりたいと思う。彼女が頼りない王だった頃からずっと隣で支えてきた。それはセファにとっては逆らえない運命だったが、それでも掛け替えの無い日々だ。あと何回、こうやって穏やかな時間を過ごせるだろうか。悠久かと思える日々もあっとゆう間に過ぎてしまうものだ。
ウォーラとセファは2人で居る時は、互いにあまり多くを語らない。2人が共有する時間が長いからか、何も喋らなくても、共に一番寛いだ時間を過ごせる。その所為か、セファは色々思いを巡らせてしまう。
小さな王は大きく育った。友情も恋も世界も知らずに。
セファはグラスの酒を飲み干す。溶けた氷に薄められた酒はゆっくりとセファの身体に染み込んでゆく。
「風が冷たくなってきています。身体を冷やしますよ」
そう言って立ち上がり、彼女の肩にストールを掛けてやる。細く柔らかいビクーニャの毛で織られたアイビーグリーンのストールが彼女の白い肩を覆う。華奢な骨格を見ると、まだ幼い子供の様に見えた。彼女のこの細腕には計り知れない重圧がのし掛かっている。彼女の胸の奥には知る事の出来ない秘密と想いが詰まっている。それをセファ自身では叶えてやれないし、止める事もできない。それならせめて力になってやりたい。彼女の“竜妃”としてではなく“ウォーラ”としての小さくて途方もない願いを叶える為に。
何を想ってか、じっと空を仰ぐウォーラに声を掛ける。
「そろそろ寝て下さい。明日の仕事に障ります」
ウォーラは此方を見ずに、空を仰いだまま呟く様に言った。
「そうじゃな。そろそろ眠るか」
テーブルに空のグラスを置いてウォーラは立ち上がった。
ウォーラはセファが必ず自分より前には部屋に戻らない事を知っている。自分が眠らなければ彼も寝ない。セファにきちんと眠るように気遣った。
「お前もちゃんと眠るのだぞ」
そう言い書斎を出ていった。
主人の居なくなった椅子にはまだ温もりが残っている。使い込まれて古ぼけた椅子は彼女のお気に入りだ。座面のベルベットはすっかり押し潰され白く光っている。大きな指輪で傷つけてしまった痕や飲み物を零してできてしまったシミ。いつしかこれも愛おしく悲しく思い出す日々がやってくるのだろう。
今からそんな事を考えてはいけない、と自分を戒める。きっと感傷的になっているのは酒の所為だろう。
セファは酒をもう一杯注ぐと、ウォーラの一週間のスケジュールを確認する。そして自分の明日の予定を見直して不備が無い事かチェックする。
動き出してしまった歯車はもう止められない。セファに残された道は、自分にできる事の準備を入念に行うだけだ。




