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セブンス エッダ  作者: りん
夜に溺れるカタストロフ
110/118

6

 シロガネの故郷はニダヴェリールの東端にあった。隣接するアルフヘイムの獣達と争いが絶えない場所だった。精霊たちがアルフヘイムから追い出された過去があるので、これ以上引くわけにはいかなかった。かと言って国として兵を出すと大規模な戦争に発展してしまうかもしれず、手の付け難い問題だった。

 シロガネの父は古い血筋の貴族で、東端の砦を護っていた。

 日に日に酷くなる攻撃に、シロガネの兄はニダヴェリールの王に援軍の嘆願書を持って出掛けて行った。しかし、彼が戻る前に砦は崩され、村は焼かれてしまった。

 新月の夜だった。辺りは暗く、静まり返り、長く続く攻防に皆疲弊していた。そんな中、深夜に奇襲があった。夜目の効く獣人達に分があり、突破された塀から総崩れになってしまった。

 父親は最前線で戦っていたが劣勢なのは明らかだった。母親は自分もと飛び出そうとするシロガネの腕を掴み、必死に引き留める。


「これを持って生き延びるのです」


 母親はそう言って、父親がいつも使っていた宝剣を渡してきた。シロガネは逃げる事を拒否した。自分も残って戦うと。しかし母親は首を横に振る。


「カナメに渡して」


 そう言って宝剣をシロガネの胸に押し付ける。この剣は、一族の後継者が継承していくものだ。血が途絶える前に後継者である(カナメ)に渡さなければ。兄を思いシロガネの心は揺らぐ。


ーー兄上さえ今此処にいてくれれば……!


 兄上は強い。この村で一番強い。兄上がいればあんな奴らなんかに負ける事なんてなかったのに。あいつらはわざと留守を狙ったんだ。しかもこんな暗闇に乗じて……!卑怯だ。何て卑怯なんだ。でも、兄上さえ援軍を連れて帰って来てくれれば、あんな奴ら、1匹残らず倒して、村を再建できるはず……!!


 シロガネは必至に走った。立ち止まらず、振り返らず。振り返ったら、きっと戻ってしまう。逃げている自分に後悔してしまう。自分に言い聞かせて走った。真っ赤に燃え盛る村を背にして。

 夜が明けて、嫌味なほど清々しい朝陽が昇る。後悔して村の近くまで戻ると、そこには真っ黒な炭の山になった村が見えた。辺りにはまだ獣人達がうろついていた。シロガネは音を立てない様に細心の注意を払い、その場を後にした。心臓が締め付けられる様に痛くて、でも息を殺さなくてはいけなくて、嗚咽も出せなくて、奥歯を強く噛み締めた。両の瞳からは視界がぼやけるほど涙が溢れ出ていた。


 自分は卑怯だ、恥さらしだ。名誉と誇りを護り、一緒に戦い死ねばよかった。それと同時に、自分だけでも生き延びて、母親から託されたこの剣を兄に渡さなければとも思った。

 シロガネは宝剣を使えなかった。まだ精霊の力(エレメンタル)が足りなかった。この剣は兄にこそ相応しいのだ。剣を鞘から抜くと、青白く光る美しい刀身が現れる。その光を見ている不思議と心が安らいだ。


 シロガネは兄に会う為に王都ルーケルセルヴに向かった。ボロボロの恰好のまま城に行き村の惨状を報告した。王には会えず、側近の1人、ミーミルと話しをした。彼は兄が此処に来た事を知っていたが、行き違いだった様で、その後の彼の行方は分からなかった。つまり、援軍は送られなかった。ミーミルはシロガネの事をとても心配し、村の事を謝罪した。そして暫く城で休むように提案してくれた。しかし、シロガネはそれを断った。こうしている間にも兄は村に戻って復讐を果たしているかもしれない。そうなったら、その時は自分が隣に居なくては。そう思い、シロガネは村へ戻ろうとした。ミーミルはそんなシロガネを心配し、2人の騎士を付けてくれた。

 しかし村に戻っても、惨状はそのままだった。炭と化した家と人々。それ以外、本当に何も無かった。兄も、誰も居なかった。ただ黒い煤が地面を覆い、黒い塊が彼方此方、無秩序に転がっていた。つい先日まで自分が住んでいた場所だとは思えなかった。もう、涙も出なかった。

 そのままアルフヘイムへ乗り込もうかと思ったが、冷静になった頭では無理な事だとわかった。


「一度城へ戻りましょう」


 一緒について来てくれた1人が言った。シロガネは暫く村の死骸を見つめた後、静かに頷いた。

 後で知ったのだが、彼らはミーミルにシロガネを必ず城に連れ戻す様に言われていたらしい。


 城に戻ると、王との謁見が叶った。妖精の大陸を統べる王、クヴァシルはシロガネにとても同情してくれ、援軍を送らなかった事を謝罪した。本当は、援軍を送ってくれても間に合わなかった事は分かっていた。王にも腹が立ったが、シロガネの怒りの矛先はあくまでも村を襲った獣人達である事に変わり無かった。


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