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ライナを見送ったティレットはすることが無く、森に戻ろうとかと王宮の庭を歩いていた。
すると、見知った顔に呼び止められた。
「ティレット!珍しいわね。一緒にお茶でもどう?」
声のする方を向くと、エンコとカリュウが青銅色のガーデンテーブルを囲んでいた。テーブルに置かれた白磁のポットからはティレットの好きな紅茶の良い匂いが漂ってくる。
ーー面倒くさい……
と、思いつつも、調度喉が渇いていた。ティレットは紅茶に釣られ、2人の元へ向かった。
「……一杯だけ頂くわ」
そう言うと、空いていた椅子に腰を掛ける。はっきり言って、ほとんど交流の無い2人だった。そもそも、ティレットはライナ以外興味が無い。でも、この2人はライナとよく他の大陸へ出掛けている。自分の知らない彼女の様子を知れるかもしれない。そんな好奇心がティレットをこのお茶会へと引き寄せた。
「女子会ね」
カリュウはにっこりと笑い、ティーカップに紅茶を注ぎティレットに差し出した。
ティレットはありがと、と言い紅茶を一口飲む。うん、悪くない味。
「ところでカリュウ、アルフヘイムはどうだった?彼処、獣の地なんでしょ??」
「そうなの、もう最悪よ。散々な目にあったわ……」
何、何?と興味津々のエンコにカリュウはげんなりして答える。
「いきなり勘違いで襲われるし、変な儀式に強制参加だし、挙句の果てに生贄にされそうになったの。その時頭打って未だ痛いし……」
そう言って後頭部をさするカリュウに、エンコは笑いながら答える。
「あはは、それは災難ね」
笑い事じゃないわよ、と言いながらカリュウは続ける。
「おまけに埃っぽいから喉もやられたみたい。髪もパサパサだし……王宮に帰って来られてほっとしたわ」
カリュウの不運っぷりにティレットも思わず吹き出してしまった。彼女を可哀想に思い、プレゼントの提案した。
「不幸な貴女に後で喉に良いハーブを届けてあげる」
「ありがとう!」
カリュウは両手を胸の前で合わせて大袈裟に喜んだ。
「でもカリュウ、宝珠使える様になったんでしょ?」
「え、まぁ、うん。」
どこで聞いたのか、人懐っこくて情報通のエンコには筒抜けらしい。
「よかったじゃない!おめでとう!!」
エンコは満面の笑みで、まるで自分の事かの様に喜んでいる。
宝珠は人を選ぶらしい。無事選ばれたのなら、良い事だ。来る日は確実に近づいている。それはティレットにとっては良い事なのか悪い事なのかわからない。
「エンコはずっとお勉強だよ〜」
エンコは頬杖をついて不服そうな声を出す。
「勉強?何の?」
カリュウはすぐに顔を歪めて聞いた。勉強が嫌いな様だ。
「エンコの魔法は炎の魔法だから、発生の原理とか原子の成り立ちとか?あとはロギ様の事。理解を深める事でより強い魔法が使えるらしーよ」
「そ、そうなんだ……」
「セファが先生なんだけど……でもね、セファの授業、すごく厳しいの!」
顔を近づけて語るエンコに、ティレットは相槌を打った。
「セファって頭硬いからね」
「そうそう。ハイメなんて直ぐ寝るから怒られまくってたよ」
「アイツって短気ってゆーか、堅苦しいってゆーか、すぐ怒るよね」
ティレットの言葉にエンコは大きく頷く。
「スペルミスしただけてまも睨まれるし、ペン回してるだけで注意されたわ」
「結構厳しいのね」
きっとこれから指導を受けるであろうカリュウが青ざめた顔で言う。
「まぁ、見た目からきっちりしてそうだしね」
「ウォーラがずぼらな分、小姑みたいになってきてるんだよね」
小姑って、とエンコとカリュウは笑う。
「最近は裸足で王宮歩いてただけで煩いんだよ」
こんな事を愚痴れる相手が中々居ないティレットはついヒートアップしてしまう。
しかし、彼女の言葉にエンコとカリュウは顔を見合わせる。
「それは不味いんじゃない?だって、ティレット一応お姫様みたいなものでしょ?お姫様が裸足で彷徨いてたら怒られるでしょ」
「え、そうゆうもの??」
「そうそう、エンコだって謁見の時とかは良い子にしてるよ?」
「オンとオフの使い分けってヤツ?」
ねぇ、とエンコがカリュウに同意を求めると、カリュウは澄まして言う。
「私は……基本的に良い子だから?」
少しの沈黙の後に笑いが起きる。
穏やかな午後だった。”普通の女の子”とやらはこんな他愛もない事で一喜一憂して楽しんでいるのだろうか。ティレットには経験のない事で、でもそんなのも悪くないな、なんて思ってしまった。自分にはライナだけなのに、と後ろめたさを感じてしまう。それに人の子なんてすぐ死んでしまう。独りになれば後悔するのに。