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ライナはナディルと王都に来ていた。ルースと会う為だ。本当はあまり乗り気ではないのだが、出掛けている間に何度も王宮に訪ねてきていた事や、ナディルの期待に満ちた嬉しそうにキラキラ輝く顔を目の当たりにすると、どうして断れなかった。
待ち合わせ場所の広場に行くと、ルースは既に其処に居た。彼女はナディル達を見つけると、嬉しそうに全身を使って手を振った。彼女の大袈裟な動きに、石畳の上をコツコツと歩いていた白い小鳥達が驚いて羽ばたいて行った。
ーーこうゆう嬉しい時とか、全身で表現するしちゃうところ、なんか似てるな
と、ライナは2人を見比べて思った。流石にナディルはここまでオーバーな動きはしないけど、よく感情が溢れ出ちゃっていると思う。勿論、任務以外の時だが。
「元気だった~??お兄ちゃん!!ライナ!!」
そう言って、抱き着かんばかりの勢いで駆け寄ってくる。
「あぁ。問題無いよ。ルースはしっかり勉強している?」
「勿論!お父さんとお母さんに学費出してもらってるからね。
それに……いつかはお兄ちゃんの役に立ちたいんだぁ」
ルースはえへへ、と舌を出して甘えた声を出す。ライナには到底できない芸当だ。ナディルも、えらいえらい、と頭を撫でていて、その顔は緩みっぱなしだ。疎外感を感じていると、ルースがナディルの横からひょこっと顔を出し、話し掛けてきた。
「ねえねえ、どんな所行ってきたの??楽しかった?」
ルースは自分達の状況を理解しているのだろうかと疑問に思う。観光に行ってきた訳ではないのだけれど。楽しいと言うより大変だったのだが……と思い、ライナが顔を顰めると、ナディルがライナの肩に手を当てる。
「獣人の村だったから、見たことの無いものがいっぱいだったよ。
そうだ、1人友達になって連れて来たから、今度遊びにおいで」
そう言って微笑んだ。
ナディルは、隠しているのだろうか。疑問に思いナディルの顔を見上げると彼は、内緒、と言わんばかりにライナにこっそりウィンクした。ルースはいいなぁ~楽しそう~と言いながら明後日の方向を見ている。もしかして、余計な心配をかけたくないのかもしれない。彼女にも、彼女を通して伝わる両親にも。彼らは大切にされているんだな、とライナは思った。心がスッと冷えていく気がした。
その後も、ルースのお喋りは止まらなかった。学校であんな事があった、こんな事をした、寮の規則の愚痴や友達とのお喋りの内容、両親からの手紙に王都のスイーツ情報。広場から商店街、可愛いカフェへと場所を変えても止まらなかった。ナディルはうんうん、と笑顔で相槌を打ち、時々質問をしたり、答えたりしていた。ライナは殆ど聞き役でよく動く彼女の口元ばかり見ていた。たまに飛んでくる突拍子もない質問にはナディルが助けてくれた。
日が傾き、満足したルースは楽しかった~と、大きく伸びをする。そろそろ帰ろうか、とナディルが言い帰路に向かおうとしていた。
「あ、ティレットのお土産買うの忘れちゃった」
ライナは突然思い出して、立ち止まる。
「先、帰ってて」
ナディルとルースにそう言うと、一歩後退りをして距離を作った。
「一緒に選ぼうか?」
「大丈夫。1人でゆっくり見たいから」
ルースの提案をライナは断った。
そっか、と何となく察したルースは笑顔を向ける。1人で見たい時もあるよね。特に大切な人への物とかは。わかる、わかると首を縦に振る。
「迷子にならない?大丈夫?」
おろおろと心配するナディルにライナは少し呆れた顔をする。
「……大丈夫」
「でも、心配だし……」
確かに、前科もあるライナを心配するのは無理もない。でも、王都は何度も来た事があるし、そもそも王宮はどの場所に居ても目に付く。
ライナはぼそりと呟く。
「過保護」
その言葉にぎくりとしてナディルは慌てて了承する。
「わかった。じゃあ、何かあったらすぐ呼んでね。あと、あまり遅くならない様に……」
言い切らない内に彼はルースに引きずられて行った。
ライナは2人が人混みに紛れたのを確認して、踵を返す。暫く歩いて、先程通り過ぎたカフェに入る。大きなプランターが幾つも飾られている、オープンテラスのあるカフェだ。
ライナは店の奥の壁際の席に座る。直ぐに緑色の制服が良く似合うウェイトレスが注文を聞きにやってきた。ライナは丸いテーブルに置かれた2つ折りの長細いメニューを開け、目に付いた飲み物を注文した。
「花茶をお願いします」
畏まりました、と彼女は完璧な笑顔で戻って行った。注文の品が届くまで、メニューを上から順番に読み返す。羊皮紙に黒いインクで書かれた文字はどれもお洒落におめかしされている。お酒だろうか、聞きなれない名前も多く並んでいる。
程なく、よく冷えた琥珀色の飲み物が運ばれて来た。円柱型のグラスの中をストローで一混ぜすると、氷と一緒に色とりどりの花が浮かんでは沈む。
ライナはストローに口を付け、一口飲むと口を開いた。
「ここで、何をしているの?」
隣の席の青年が、手元の小さな本に目を落としたまま答える。
「偵察」
彼はテーブルに置かれた珈琲を一口飲んで、再度口を開く。
「それと警戒」
ライナの心臓はドクン、と音を立てる。
見なくても分かる。これは彼が不機嫌な時の声。抑揚の無い機械的なその発音は、確認しなくても、今彼がどんな顔をしているか想像が付く。彼のエメラルドの瞳は冷たく光っているだろう。
「今回の目的は君じゃないけど、朔望月は君の事探しているよ」
ライナは喉の渇きを覚えて花茶をもう一口飲む。
「……まだ、帰れない」
ライナは掠れた声を出す。
「君が何を考えているかはわからないけど、君達の行動は世界の理りを壊す」
「違う、これは世界の崩壊を防ぐ為にやっている事。
……それと、真実を知る為に」
宝珠に隠された記憶は、まるでパズルのピースを集めていく様だ。集めて、辿れと言われているみたいだ。
ーーそれが、世界の理りを壊すって……どうゆう事?
「兎に角、これは警告だ。忘れないで」
ライナが黙っていると、小さく息を吐く音が聞こえた。
「水無月も来ている。見つかりたくなければすぐ城に帰る事だ」
葉月はそう言うと、机に硬貨を置いて席を立った。
まだ彼処に戻る訳にはいかない。水無月に見つからない内に早く王宮に帰ろう。そう思っても直ぐには立てないでいた。一つに束ねられた髪型が子供の頃みたいで、何だか懐かしく思えて、少し髪が伸びていたな、なんてどうでもいい事を思った。テーブルの上の花茶がカラン、と音を立てる。いつの間にかコップもその周りも水滴で濡れていた。




