幼馴染み
待て、落ち着こう。
その手に持った石を置いてくれないか。
「……ねえ」
「なんだ?」
あれよあれよという間に連れて行かれ、気がつくと知らない天井だったなんてありがちな主人公みたいな状況で俺と悠人は病室らしき場所にいた。
悠人より先に目を覚ました俺は何も説明もないまま傷だらけの悠人が治療されるのを指をくわえたまま見ていることしかできなかった。
そんな折、治療を終え二人きりになったところで目を覚ました悠人が俺に発した言葉。
「ここどこ?」
「凛のバイト先だとよ、それ以上は知らん」
「そか」
そして再び訪れる沈黙。
「……それであの後どうなったの?僕、金崎さんが凛にキャメルクラッチされてる所から記憶ないんだけど」
「……俺はお前らを研究所内に送った後、凛が『パル◯ンテ!』と叫んだ辺りから記憶がない。気づいたらこの部屋に寝かされていて目が覚めたらお前が怪我を治療されてた」
「……」
「……」
「いやー、心配したんだよ?僕を庇って恭弥が怪我をしてたらどうしよう、茜に面目立たないなぁって」
「はっ!あの程度で心配されるつもりはねぇよ。それよりまともにギフト使えねぇお前の方こそ俺には不安だったぜ」
「む、いくら強力なギフトでもあの人数なんだから心配だってするさ。でも流石だね、どんな相手でも『烈火』の前では敵なしって感じかな?」
「それならお前の方こそやるじゃないか。あの転校生と共にちゃんとやるべきことやったんだろ?」
「「ははははは!」」
「……いや君たち最終的にはピンチになってただけなんだが」
「「……」」
いつのまにかこの部屋を覗いていた凛が呆れた顔で俺たちに呟いていた。
◇ ◇ ◇
「……つまりここはこの街の治安組織の一室でお前のバイト先であり、先の一件はバイトの活動だったと?」
「話が早くて助かるね、私たちは秘密裏に日夜この街の平和を守っているのだよ」
研究所での痴態をなかったことにしようとしていた二人にアイギスのことと彼らがここに来るまでの経緯を大まかに話した。あくまで話しても問題ない程度にだが説明責任を果たすことは種崎さんにも了承済みだ。
「なんつーか……べったべたなB級映画の設定すぎて一周回って想像つかねぇな」
「なに、業務としては悪さしている奴らを片っ端から叩いてまわるだけさ」
特に私の場合、命令を受けたら現場に駆けつけて物理で殴るだけだしな。やってることは単純だ。
「んで、お前は今日みたいに何年も戦闘職やギフト持ちの人間と交戦していると」
「うむ、概ねその通りだよ」
実際は戦闘になる前に無力化することが殆どだが。
恭弥ははぁっと重い息を吐き目を伏せると、
「いや、お前が規格外なのは長年の付き合いで解っていたし、お前がバイトを始めると言い出した時からただのバイトじゃねぇんだろうなとは思っていたから……まあ納得はできる」
そこで一度言葉を切り、顔を上げてじっと私を見つめる。その目にはどこか懇願するような意思が伴っていた。
「ただ、俺たちにも相談して欲しかったと思っちまう。危ねえことしてるんだから尚更だ」
「不義理だったとは思っているさ、申し訳ない」
「……やけに殊勝だな」
「なに逆の立場だったら私もそう言うからね、君たちとは長い付き合いなのだから殊更だ」
するとそれまで沈黙を保ってきた黒木が口を開く。
「……このバイトって僕と凛がこの街に来て間もなく始めたんじゃないの?」
予想しなかった言葉に思わず心中で動揺する。問うような声色なので確信はないようだが、その実鋭く真実をついていた。どういうことだ、ボロらしいボロは見せたことはなかったはずだが。
「はぁ?お前と凛がこの街に来たのって幼稚舎に入るか入らないかの頃だろう。何でそんな奴がバイトなんて発想浮かぶんだよ、しかもこんな仕事」
「ん……いや、僕も確証あっての質問じゃないんだけど……ただ、種崎さんと始めて会った日からなんとなく凛の様子がおかしかった気がして」
驚いた、昔から何かと鋭い奴だとは感じていたがよもやこんなことまで勘付かれていたとは。いやはや、彼がさすがなのか、私が未熟なのかはともかくこれからはよりいっそう行動には慎重さを留意しよう。
それにしても、
「よくそんな昔のことを覚えていたな、というよりよく気付いたな。どれだけ私のことを見てたんだ、ちょっと私のこと好きすぎるだろう」
「ちょっ!は、いや、そんなこと……」
「だがまあ、概ね正解だ。最初から戦闘職を担っていたわけではないが幼少の頃からしている仕事だ。所属して大体7,8年かな、今では組織の中でもだいぶ先輩になってしまったよ」
軽く嘆息する。思い返すと姫崎凛としての人生での半分以上をこの組織とともにしてるんだな、どこか感慨深いものがある。ちらりと彼らを伺うと呆然とした表情で私を見ていた。
「んな!?なんでそんなガキの頃からそんなことしてんだよ!」
声を荒げる恭弥の表情は怒りだけではなく私を慮る気持ちが見てとれた。ジクリと罪悪感が湧かないでもなかったが、今更だと意図的に無視する。
「心配をかけたことは申し訳ない、……そうだね最初から説明すると発端は私のギフトに由来する」
「凛のギフト……?」
疑問に疑問を重ねた声が黒木の口から漏れる。人知れず苦笑がもれる、何をそんなに驚く?ともすればお前は私と同じ状況にあったのだぞ。
「そうだ、私のギフト『鎮圧』は第一等級のギフトだ。良くも悪くもこいつは私に色んなことを教えてくれたよ」
「第一等級!?」
知らなかったとはいえとんでもない事実を知らされた恭弥から驚きの声が上がる。説明する側としては一々反応してくれるのはありがたい。
「そう、私のギフトは第一等級だ、その影響で幼い頃から私が割りと大人びていたぐらいに考えてもらえたらそれでいい。では……ここからが本題だ」
真剣味を帯びた私の言葉に二人は居住まいを正す。
「君らには二つの道がある。このまま何も知らず学院生活を謳歌するか、この街の影として人知れず戦うか」
私の言葉が彼らの胸のうちにどう響いたのかは知れないがまっすぐ見据えた眼差しは同じ色をしていた。
◇ ◇ ◇
こうして私の望みどうり彼らはアイギスと交差する、望む望まないは否応なしに。これが私の意図したものだと否定はできないが彼らにはどうか平和な日常の中で幸せになってもらいたいと願う自分もいる。矛盾した考えだが数年日々を共にしてきた彼らだ、幸せになってもらいたいと切に願う。
そんな彼らを自分の都合で危険な目に合わせる、言い訳の仕様がなく私の意志で。「許してくれ」なぞ虫のいいことはいえず、「助けてほしい」なんてきっと誰もが許さない。
だからこれは何の意味もない、それは「私」ではなく「俺」のための物語。
きっとそれは枯れた砂漠に花を咲かすような。
きっとそれは天に輝く星を掴むような。
ああ……これはそんな世界を廻す旅。
ごめんなさい。
次はなるべく早いうちに更新します。




