第28話 選ばれし者
──クーブッシュの視点
木剣の長さは90cm。腰に差した際に見栄えが良い騎士の剣サイズだ。子供にはちょいとデカいし、重たい代物だ。アニルはそれを難なく構える。
「騎士の剣術、教えてやろう」
俺は木剣を片手で握り、手首をほぐすように回す。
こういうのは格上からは仕掛けないものだ。
ドンと構えて、受ける。そのほうが格好いい。
エルドランド家で習う決闘の作法のひとつだ。
「トゥア!」
アニルが打ち込んでくる。水平からの打ち込み。俺は片手で素早く防御を間に合わせる。
ガゴン!
なかなか良い手応えだ。
打ち込みの強度は想像以上。
腰の旋回、体重の乗せ方が上手い。
威力の出し方ってのが身についてる。
ガン、カコン、ガコッ。
「はッ! たあ!」
七度の打ち込みを受け止めた。
はいはいはいはい、だいたい技術レベルはわかった。
そこそこやってる傭兵レベルだ。
素人ではまったくない。むしろプロ。
だが、専業騎士の俺には及ばない。
そろそろ行くか。
最後の一撃をどっしり構えて、強めに弾き返す。
己の体重をぶつける感じで。
ガンッッ!!
「っ」
アニルの身体が若干浮いた。
大きく剣が弾かれ、コントロールを失っている。
木剣越しにわかる。綺麗に跳ね返せた。
アニルの動揺、驚き、気持ちがいいねえ。
「ツォ──」
息を短く吐いて踏み込む。
両手で木剣を握りしめて、振りかぶる。
「ハアア!」
フルスイングの一撃。
アニルは剣を両手で支えて防御。
だが、未成熟な少年の身体は吹っ飛んだ。
身長差は30cmはある。腕の太さも一回りは違う。体重は倍あるだろうな。俺の両手で握ったこの木剣を叩きつければ、まず十中八九、受けられない。
大人げなかったかな?
まあ、悪く思うなよ、少年。
「さすがはクーブッシュ様だぜ。あの大きな身体と豪快さ。憧れるな」
「そこいらの冒険者じゃ話にならねえわな」
ギャラリーは大層楽しそうに湧き上がる。
民ってのは、どうしてこうも喧嘩だの決闘だの好きなのかねえ。まあ、俺も好きなんだけどよ。
「ぐはっ、うぅ……!」
藁人形に背中からぶつかり、静止、土の上を転がる。アニルは手の痺れを払うように、手首から先をプラプラさせる。
アニルは剣を再び握りしめ、鋭い目つきで見てくる。
おや? 戦意がまだあるな。
まあいいか。
エルドランド家の決闘作法では──というかほかの家もそうだろうが、早々の決着と勝ち逃げは卑怯に映るのでね。勝負に勝ったからといって、早々に切り上げては、敗者に華を持たせることができないという理由からだ。
では、どうするのか。一発くらいは受けるというか……うーん、まあここが難しいところだが、とにかく余裕を見せる必要がある。形として『俺はいつどんなタイミングでもお前を倒せる。この戦いを切り上げることもできる。それでもお前がやろうっていうなら、付き合ってやってもいい』。こういう姿勢で、敗者に少し付き合ってやることで、納得感と完全な勝利、格上の空気、勝者の余裕が得られる。
エルドランド家のメンツのためにも、今しばらくアニルに付き合うほかない。
「いいねえ、そう来ないとな」
「強いですね、騎士様」
「領地を守る責務。弱くては務まらないからな」
「なるほど、もっともですね」
アニルはその後も、鬼気迫る勢いで打ち込んできた。俺はそれを片手で握った木剣で受ける。流す。受けては流す。時に弾いて反撃。
いくらか打ち合っていると、筋の良さが目につく。
こちらの打ち込みの角度、同じ形で打つと、受け方が改善されている。力を流すような鈍角の受け。斬り返しのタイミングは、俺が気持ち良いと感じるものより、早めだったり、遅めだったりと、少しずつ修正が進んでいる。
この妙な筋の良さはなんだ?
「むう」
半刻が経つ頃、俺の踏み込みからの強打は、ヒットしなくなった。対するアニルの打ち込みは強度を増し、俺はいつしか両手で木剣を握っていた。
「ふんッ!」
いくらか打ち合って、アニルを吹っ飛ばして、そこで一息ついて一区切り。そんな流れだったのに、6回ほど吹っ飛ばしたあとから一区切りが長くなった。俺が手を抜いてるわけではない。むしろ逆だ。どんどん本気にさせられている。
「おい、クーブッシュ様、さすがに強く打ち込みすぎなんじゃ……」
「馬鹿いえ、十分に手加減されてるだろ。相手は子供だぜ」
「音が、すごいことになってるけど」
衛士たちがざわつき始める。
町民たちに不安が伝播する。
くっ、なんだってんだ。
俺が鎧を着てるから疲れてきてるのか?
それともアニルが、世界最高の剣術の天才で、俺の技術に適応しているとでも?
「ドゥラァアア!」
「くっ……!」
アニルの強い踏み込み。地を蹴り、跳ね上がる。全身の捻り運動を用いた強打がくる。
ガゴンッ!
木片が飛び散る。
ギャラリーから悲鳴が上がる。
俺は剣を立てて受け、土に跡をつけて滑る。
痺れる。痛い。重たい。こいつ、強い……っ。
「っ」
「はぁぁぁ──」
同じモーション。この野郎ぉ、もう一度、強打ってか。
いいだろう。舐めてるんじゃねえぞ、ガキが。
俺は真正面から迎撃した。
木剣どうしが腕力の限りを尽くして衝突し──折れた。凄まじい勢いで両者の剣が半ばで折れて、明後日の方向へ飛んで行く。
……まじかよ。そんなことあるか?
俺のほうが、ずっと強いはずなのに。
なんなんだ、こいつの異様な巧さは。
単純な腕力がこんな短期間で成長するはずがない。じゃあ、何が力の差を埋めたのか。頭では理解できても、理性がそれを否定している。
だが、こいつは確かにやってるんだ。
打ち込みにあわせて、地面を蹴ってる。身体はわずかに離れている。何が起こるのか。驚くほど体重が乗るんだこれが。
地面に足が残ってると、そっちにも体重が分散する。だが、両足が離れていることで、体重全部が接触点に乗る。つまり、アニルの剣を受ける俺の剣にかかる。
言うは易し、行うは難し。
ちいさくとも跳ぶわけだから、不安定になるし、タイミングを外せば、打撃に体重は乗らない。だから、理論を知っていても、相手の剣撃に対応しながら、この打ち方はできない。普通なら。
魔法剣士アニルはやった。
結果、俺の強打を上回る打ち込みに至った。
俺は折れた剣を手にしながら、思わず笑いがこぼれてしまった。
すごいな。
選ばれし者ってのは。
これが魔法剣士アニルか。
「……はあ、魔法剣士アニル、お見事。皆、彼に拍手を」
エルドランド家の教えは、決闘には負けるな。
でも、もし負けた時には、潔く、勝者を称える。
それが一番みっともなくない。




