第1話 雪解けの旅立ち
毎日、義父母に言われるがままに野良仕事をこなす。
泥によごれて、糞尿にまみれて、家畜の世話をする。
膝を折って、腰を折って、畑の世話をする。
「まったくこの子は、もっとしっかり草をお抜き! 私が納得するまで休憩は許さないよ!」
「こいつが家にきてから畑は荒れ放題だ。呪われてるに違いない……」
義父母は、あまり僕が好きじゃないようだった。
たぶん、可愛くないからだ。愛想がないからだ。
あとなんか知らないけど、僕は呪われてるっぽい。僕が転んで泣いたら、周囲の土がすこし浮くし、牛や羊を撫でてやれば、取り乱して暴れ出すんだ。このせいで一層、不気味がられているのだと思う。
ちなみに村のみんなは義父母よりもきつい。
「やーい、不気味ブサイク、玉蹴りしようぜ! お前ボールな!」
玉蹴りには2種類ある。
僕がボールになるやつと、僕の股間を蹴り上げて楽しむやつ。
後者のほうがキツイので、僕はボール役の時は安心感を覚える。
今年で10歳になった。
漠然と思う。
こんな日々がずっと続くのだろうかと、
それはちょっと嫌だな、と。
なんか、もっとないのかな、こう……なんか良い感じのやつ。
形にならない思い。知ってる言葉が足りない。いかなる手段をもちいれば、この気持ちを表現できるのか。胸のつかえはとれるのか。
僕は誰にも好きになって貰えないのか。僕は誰にも愛されないのか。
「おお、ここがベイルボートか〜。のどかな場所〜」
それはある日のこと。
いつものように井戸近くの石垣に腰掛けていると、聞き慣れない声が聞こえた。振り返ると、そこには見知らぬ女性が立っていた。
────
4年後。
「俺はこんな臭い村で一生を終えるなんて、まっぴらごめんなんだ」
俺は言って、義父母の家を飛び出した。
この俺、聡明なる羊飼いアニルは反骨精神を抱いている。
きっかけはそう、ベイルボート。ご存じだろうか? この村の呼び名だ。あの人が教えてくれるまで、俺は自分の村の名前なんて知らなかった。
さらに驚くことに世の中には、村よりも大きな街なる場所があるんですと。そこは石造りの建物が並んでいて、オレンジ色の屋根があるんだってさ。人もたくさんいるんですと。
すべてはあの人が来てから変わった。
今でも瞼を閉じれば鮮明に思い出せる。
太陽の注がれた光を受けて輝く黄金の髪が、風に揺れ、草花といっしょになびいている。あの人はあの石垣の上で腰を落ち着けて、よく俺に外のことを語り聞かせてくれた。
エルフっていうんだって。あの人みたいなの。なんでも種族が違うんだとさ。
あの頃は、村の男たちも皆、そわそわしていた。
あんな美人は見たことがないって。俺もそう思った。そらそうだろうよ、って。あんな綺麗な人がこの世にふたりといるわけがない。
『あはは、ありがとう。でも、私は特別綺麗なほうではないよ。可愛い女の子は街にでればたくさんいるんだから。嘘じゃないよ?』
あの人はそう言っていた。
しかし、にわかには信じられない。
実際に自分の目で確かめなければ納得できない。
もしあんなに綺麗な人が、本当に世界にたくさんいて、もしあの人よりも綺麗な人がいるんだとしたら、それを知らずに死ぬのは、きっと不幸なことに違いない。
『ふふ、君は私と似ているね。ここはとても良い村だよ。けれど、きっと君には小さすぎるんだろうね。ふふ、だからほら、この剣をあげましょう。いつか必要になる』
あの人は、ねだる俺に一本の剣をくれた。
『君が願えばその剣はどこへでも連れて行ってくれる最大の魔法たりえる。お姉さんがすこし手解きをしてあげましょう』
あの人が村にいたのは、ほんの2週間がそこいらだった。その間にいろんなことを教えてもらった。剣とか、いろいろ。
あの人は俺には特別な才能があると言ってくれた。嬉しかった。憐れな爪弾き者を慰める言葉かもしれないけれど、それでもよかった。
『やはり、君はとても優秀だね。まさか2週間で高等呪術をものにするとは。私の弟子のなかで間違いなく最大の才覚だ』
『もっと教えてください! たくさん!』
『うんん。私にできるのはここまでだよ。その才能『欠片の集積』がある以上、君はひとりからひとつの魔法しか受け取れない。もっと欲しかったら、ほかの魔法使いを見つけるしかない』
村を発つ時、俺もついていきたいって言った。結局、連れていっては貰えなかった。俺はまだちいさな子供で、いっときの気の迷いかもしれないからって。
でも、今ならわかる。
気の迷いなんかではなかった。
疑いようがないほどの感情だったんだ。
布のカバンにパンと燻製肉は詰めた。
使い古した剣もちゃんと持ってる。
靴も直したし、ベルトも修繕したばかり。
旅の準備は万全だ。
「よし、良い天気だ」
冬明け。暖かな春がやってきた今日。
この雪解けに俺は村を出ると決めていた。
すべては冒険者になるためだ。
あの人のように生きたいんだ。
そして、冒険者として旅するなかで、俺は可愛い女の子と出会うんだ。エルフの、太陽のように輝く髪と、蒼い瞳の美少女にね。
俺は田舎者だし、物を知らないし、学だって当然ない。別に背も高くないし、顔もさして整っていない、街の人たちみたいにオシャレな服だってもってない……でも! 剣が達者であれば、一目置かれる……と、あの人は言っていたんだ。
『強い人はモテるよ〜。男の子は頼り甲斐があってこそ!』
村から伸びる一本道を進む。あの人は言っていた。ここを行けば大きな道に出ると。
それは街道といって、村や町を繋ぐ道なんだとか。
「たぶん、これが街道かな」
でかい道に出ましたけど。わからぬ。うーん、右と左、どっちに行けばいいのだろう。
王都? ってところに行きたいんだけど。あの人いわく、一番美人に会える可能性が高いらしいから。
足元の土を握って、宙に放り投げた。
風に吹かれ、左へと傾いて流れる。
じゃあ、左かなあ。
そこまで言われたらさ。
街道を進むこと、丸1日が経った。
ひとつ目の夜を超えて、朝が来た。
フラフラと立ち上がる。
えー……後悔し始めています。
「ね、ねみぃ……」
歩けど歩けど、何も見えてこないものだから、いわゆる野宿なるものをやってみました。
寝れないわ。夜の闇のなか、草原に寝転ぶの怖すぎな。家のベッドで眠るのと訳が違いすぎる。剣を抱きしめて、ビクビクしながら、少しでも寝ようと頑張っては、遠くから聞こえてくる獣の声に覚醒を繰り返した。なんでこんな目に。なんか俺悪いことしたんかな。
『野宿はあんまりするもんじゃないよ。仲間がいないと、ロクな目に合わないから』
うう、あの人の言っていた通りだ。
まだ野盗とやらに襲われなかっただけマシだが、それでも安心して眠れないのは、心身ともに辛すぎる。今度からは誰かしら仲間を見つけよう。
「んあ?」
半眼で森のなかを歩いていると遠くから何かが聞こえてきた。気のせいかな。ひとまず立ち止まる。
「うぁぁ、ぁあぁああ、来ないでぇえ──!」
気のせいじゃないね、これ。
走り出した。折れ曲がった道を辿る。
見えてきた先、俺はハッと息を飲んだ。
あれは荷馬車! 茶色い毛並みの馬はパニックになっていななき、前足を振り上げて暴れている。
御者台では、栗毛の女の子が「うあぁあああ!」と叫びながらショートソードを振り回している。彼女と荷馬車を囲んでいるのは、紺色の毛並みのオオカミたちだ。その数は4匹。
『冒険者の心得その1。旅の成就を願うのならば、徳を積むべし!』
眠気が吹っ飛んだ。
俺は駆け出した。
まさかこんなにもはやく実戦とは。
鋼の剣を抜き放つ。
使い古した愛剣の根本を左手のひらで握り、引き斬る。痛みが迸る。
鮮血が傷口からこぼれだし、剣身に吸い込まれる。纏わりついた血は、刃の衣となって煌々と赤い輝きを放ち──刹那、発火した。
あの人が教えてくれた俺の才能。
『欠片の集積』。他者の魔法を得る力。
あの人は才能の証明に、ひとつの術を教えてくれた。旅のなかで必ず役立つ技を。
「火の悪魔よ、宿れ──『魔女の燃える剣』」
火炎纏う剣技。
俺は走りこみながら一閃。
刃は数センチの傷をつけ、すぐのち裂け目は爆ぜた。
爆発により、狼の鋭角の頭部がちぎれ飛び、宙を舞う。
「ガウガウ、グルルル!!」
爆発で、血肉と骨片が飛び散る。
狼たちの意識が、闖入者である俺に向く。
うっわ。
爆発した。
きったね。
よくよく考えたら、俺、初めて剣で生き物殺すわ。
ちょっと不安になってきた。あと3匹もいるんですけど。
『弱気なほうが負ける。鍛錬を積んだ時間が自信になるんだよ』
ふと、あの人の言葉を思い出す。
おっしゃる通り。
俺は頑張ってきたじゃないか。
村中から不細工だ、根暗だ、馬鹿だ、自惚れだ、なんだかんやと言われて、それでも剣を毎日振り続けた。あの人が教えてくれた基礎の型を、4年も続けたんだ。
あの人に目をかけられたこのアニル様が、狼なんかに負けるわきゃねえ。
俺は鋼の直剣を片手で旋回させて、体の前後を行き来させる。火炎が残像を残し、揺れる、揺れる、揺れる。狼たちに囲まれるが、炎を怖がって迂闊に近づいてこない。
惑わせ、躊躇わせ──俺は素早く狼に切り掛かった。
「ドゥラァア!」
狼の反応を許さず、火の剣は、獣の頭蓋を叩き割った。
次の瞬間、灼熱が狼の頭蓋骨のなかで脳みそを沸騰させ、蒸発させる。破裂し、粉々になった頭蓋の破片が飛び散る。めっちゃ顔に刺さった。くそ痛ええ……。
「クゥゥン……っ!」
残る2匹の狼は、情けない鳴き声をあげ、走り去っていく。俺の凶暴性に慄いたか。
呪術を解除する。
刃に纏わりついていた炎が消えて、血がサラサラになって一気に落ちた。
顔に刺さっている骨片を雑に払いのける。
俺は呼吸が乱れていることをできるだけ隠しながら、荷馬車へと向き直った。疲れていない風に澄ますのを忘れない。必死乙と思われないように。




