閃光のリベリオン
道なき道を猛スピードで走っていく。
砂塵を巻き上げ、勢いよく。
舗装されていない道は、機体に激しい振動をもたらす。
「もう、こんなところまで来なくてもいいのに!」
彼女の乗るもの。
それは、トルーパーギアと呼ばれている、人型巨大兵器だ。
部隊の中では、これでも最高品質のものなのだが。
モニターが何かを察知した。
とたんに、すぐ横で爆発音が鳴り響く。
激しく揺れる機内。
「だから、こっちは相手するつもりないっての!」
彼女はすぐさま、目の前のモニターをにらみつけた。
一部破損箇所が表示されているし、たびたびノイズが走っている。
けれど、それだけだ。
「大丈夫、まだ行ける」
操縦桿を握る手に力が入る。
外を映すモニターに視線を移す。
広がるのは、赤茶けた岩場の多い荒野。
かつて、ここには栄えた国があったそうだ。
生きる人さえも、ここにはいない。
時々現れる壁だけの家屋が、その名残を告げている。
また爆発音。
彼女を追うガルヴァーリア帝国軍も、本気なようだ。
この先にあるのは、彼女の求める希望。
彼女が幼い頃、書物で見つけた僅かな記憶に縋っているに他ならない。
その希望すらもあるのかどうか怪しい。
「姉御っ! ここは俺達がなんとかするっス!」
その希望を求めて来たのは、彼女だけではなく、力強い協力者もいた。
彼女のモニターに映る、バンダナをつけた細身の青年、ヴィッツもまたその一人。
「何言ってるの、ヴィッツ!? 一緒に行くって言ったじゃない!」
その彼女の言葉を打ち消すように。
「このままじゃ、みんなやられちまう! だから、姉御だけ先に行ってくれ!!」
別のウインドウが開き、新たな青年が顔を出す。顔に傷のある厳ついアルフだ。
「でも……」
彼女は背中越しに銃撃音を聞きながら、決断した。
前を向き、二人の青年に聞こえるように、声を張り上げ。
「絶対に生きて帰るのよ! 私達の目的、忘れてないわよねっ!」
『おうっ!!』
これが最期になるかもしれない。
いや、最期にさせない。
彼女は前に進みながらも、後方からの爆撃を華麗に避けて見せた。
その度に、ぶわりと長い赤い髪が揺れる。
ふと、何かを感じ、彼女はくるりと振り返った。
その先には、巨大な帝国軍の無骨なトルーパーギアが銃口を向けていた。
彼女は楽しそうに笑みを浮かべ。
カシャンと操縦桿の引き金を引いた。
彼女に銃口を向けていた無骨なトルーパーギアが、爆音とともに火に包まれる。
ズズーンと重い音を響かせ、地面に伏した。
「姉御!?」
「何してるんですか!?」
驚く二人に彼女は。
「これで動きやすくなったでしょ、ヴィッツ、アルフ? 後は頼んだっ!!」
二人の餞別代わりに、丁度いい。
彼女がそう、思った瞬間だった。
鈍いカーキ色した指揮官機がこっちに向かってくるのが見えた。
「宰相っ!!」
彼女が叫ぶのと、激しくぶつかる金属音がすぐ目の前で響く。
「カナリア! 貴様、何を考えている!?」
「あんたに言うことなんて……」
金属音の正体は、ギアの持つブレード音だ。
何度も跳ね返し、交差させ、受け流し続ける。
カナリア。それが赤髪の彼女の名前。
そして、宰相と呼んだカーキ色のトルーパーギアを操るのは、帝国一の腕を持つ騎士だ。
正直言って、カナリアは、宰相の攻撃を受け流すだけで精一杯だ。
早く隙を狙って、こいつと離れなくては。
カナリアの目的は宰相と決着をつけるのではないのだ。
「応えろ、カナリアっ!!」
「うるさいっ!! しつこい男は嫌われ……!」
宰相はカナリア機に向けて、いや、コクピットに向けて、肩の砲弾を浴びせた。
カナリアはとっさに腕を盾にして後退。
だが、直撃を受けてしまったため、かなりの破損を受けてしまった。
その証拠に、目の前のモニターが一気に赤色に染まっている。
「最悪。あんたとやり合うつもりはないって言ってるのに!」
正直、カナリアのやけっぱちだ。
だが、その賭けにカナリアは勝った。
ありったけの弾を宰相の機体に放ち、目的地近くまで進めたのだ。
その代償がモニターに表示されている。
所持していた弾丸がゼロになっていた。
水滴が天井から落ちる音が響いた。
ここは洞窟の中。
カナリアは、相棒と呼べる愛機を降り、ゆっくりと見上げた。
その腕からは痛々しく赤い血が流れていた。
「でも、『ルビス』は……壊れてしまったね」
地図にあった通りに、岩陰にあった洞窟の穴に飛び込むことができた。
自然にできたものかと思っていたが……。
「これは、人の手がかかってる」
明らかに人の手によって補強され、整備された道がそこにあった。
そしてもう一度、カナリアは自分の愛機を見上げる。
「今までありがとう、ルビス」
あふれる滴を乱暴に拭って、前を向く。
カナリアは長年付き沿った愛機と離れ、洞窟の奥へと駆け出した。
恐らく、残された時間は少ない。
その間に、この洞窟……いや、遺跡から見つけ出さなくてはならない。
住居……ではなさそうだ。
どちらかというと、研究所といった方がいいかもしれない。
旧型の機械があちこちに転がっている。
どれもきっと動くことはないと、見てわかる。
「こんなところに、本当に……きゃっ!!」
突然、地面が崩れた。
「いっ!!」
なんとか命はある。
けれど、落下の衝撃で片足が思うように動かなくなってしまった。
ずきずきと痛む左足をかばうように、カナリアは先へと進み。
「もしかして、ここ?」
ようやく見つけた。
彼らの希望の星。
無敗を誇る聖騎士が眠る場所を。
ぱんっ!
乾いた銃声が洞窟内に響き渡る。
カナリアはその衝撃で後ろに倒れた。
「また、あんた……なの? 宰相……」
恨めしく睨んでやるが、宰相は気にせぬ素振りで重い口を開く。
「何を考えているんだ、カナリア」
「あんたこそ、何を考えているのっ!!」
カナリアは叫びながら、もう一度、立ち上がった。
本当に生きているのが不思議なくらいだ。
「諦めぬか」
「諦めないわ! 私達の大切な故郷を滅ぼした帝国を、この手で滅ぼすまでは!!」
そのために、カナリアは軍を率いて、ここまで来た。
しかし、その力は帝国には及ばなかった。
滅ぼされた者達が団結して、立ち向かっても、帝国の力は計り知れない。
おかげで、ここに来ることになってしまった。
カナリアの腕では、目の前にいる宰相さえも倒せないのだから。
「もう一度チャンスをやる。諦めるんだ、カナリア」
「何度言われたって、無駄よ! 私は諦めない」
二度目の銃声。
ああ、私はここで死ぬんだ。
カナリアは、そのときを感じながら、ゆっくりと倒れていく。
けれど、せめて。
せめて、聖騎士。
カナリアの、聖騎士の眠るポッドに触れた手。
血に染まる手があるパネルを押し、その血が機械に塗りつけられる。
そして、ずるりと床に落ちた。
「……馬鹿な、女だ」
宰相と呼ばれた男は、ゆっくりとカナリアへと近づいていく。
「宰相、その女をどうするのですか?」
宰相の部下が尋ねる。
「生かして解放軍を潰すために使う。カナリアが鳴けば、やつらも……」
どどんと、洞窟の上から大きな爆音とともに。
巨大な白い手が、カナリアを守るかのように落ちてきた。
いや、それだけではない。
天井の瓦礫も落ちてくる。
「ちっ、忌まわしい奴め」
踵を返して宰相は、その場を足早に去って行った。
それを追うかのように部下達も後をついて行く。
数時間後、新たな者達がカナリアのいる洞窟へとやってきた。
先ほどの瓦礫の落下は収まり、周りは静まりかえっている。
「姉御ー! カナリアの姉御ーっ!!」
どうやら、ヴィッツやアルフ達は、大きな怪我もなく、この地にたどり着けたようだ。「あね……姉御っ!!」
最初に見つけたのは、ヴィッツだった。
血まみれのカナリアに駆け寄り、ヴィッツは持っていた銃を構えた。
「お前、何者っスか!?」
そこには、横たわるカナリアだけではなかった。
彼女を優しく抱きかかえながら、腰を下ろしている見知らぬ銀髪の青年がいたのだ。
左右色の違う瞳が、ヴィッツ達へと向けられる。
口元がわずかに緩み、そして、優しげにカナリアの髪を撫で上げる。
「アスデヴィス、ガフィアレピアデヴィー、ストヴィアス」
銀髪の青年が発した言葉は、ヴィッツ達が理解できない謎の言葉だった。
「な、なに言ってるのかわかんないっスよっ!」
「…………」
銀髪の青年は、瞳を瞬かせ。
「アァ……エルヴァドゥエルグ……」
何かをつぶやいたかというと。
「だから、なに言ってるのか……」
「……コノヒト、ブジ」
「え?」
「ネテル……ダケ」
「マジっスか?」
銀髪の青年が言う通り、カナリアに近づいてみると、血がついているが、怪我は無く、すやすやと寝ているだけであった。
「って、もしかして、アンタ、あの聖騎士さんっスか!?」
ようやく、ヴィッツが青年の正体に気づいたようだ。
その言葉にこくりと頷くと、青年はゆっくりと口を開く。
「オシエテ、ホシイ……コノヒトノ、テキ」
青年の瞳が、きつく細められた。
「タオスベキ、アイテ、ヲ……」




