「着ぐるみリターンの予感じゃなくて確定」
ルル弁護士先生の指示の元、わたしは貝のごとく固く口を閉じ、
何を聞かれても知らぬ存ぜずを貫き通した。
まあ、着ぐるみ殿下はもともとわたしが何か知っているとは思ってはいないようで深く追求されることはなかった。
「近く、我が国からこちらへ調査を兼ねた討伐隊を送り込むことになっている。」
「討伐隊ですか」
朝食の後、しれっと帰ろうとしてみたのだけど叶わず、別室に集まっての話し合いに強制参加させられている。
いつの間にかわたしとルル以外は一旦帰宅していたようで、メンバーはアレク様と皇太子殿下に、隣国の王太子殿下の5人だ。
「ああ。周辺の同盟国の間でもすでに話はついている。魔族の目的を探るためにも、ひとまず我が国から5人送り込む。こちらの人員は任せるが、協力してほしい。」
「いまはまだ大ごとにしない方がいいだろうね。人員については陛下からわたしに一任されている。」
皇太子殿下が固い表情で頷いた。
着ぐるみ相手に真面目に受け答えしてる姿って、はたから見るとちょっと、シュールだよね。
……なんていうか、学院を卒業してからこういう光景から遠ざかってたから…
「アレク達が着ぐるみに戻らないってことは、今回の主役は隣の国ってことかしらね。ちょっと、ユーリアってば震えてるじゃない。まだ怖いの?」
「だ、だって2メートル!」
「2メートルって…ああ…あっちの着ぐるみね」
殿下達には聞こえないように小声で喋っているのか、怖くて声が出ないのか自分自身でもわからない。
もちろん、殿下方と同席するなんて恐れ多いという建前を利用して部屋の隅に椅子を用意してもらっているので、着ぐるみ殿下との距離は確保できている。
椅子を用意してくれた侍女さん達はもちろん、殿下方も不審な顔をしていたし、気にしなくていいと言っていたけどアレク様がとりなしてくれた。何故かアレク様までこちらに座ろうとしていたけれど、そこはルルが断っていた。人間だからもういいといえばいいんだけどね?
「続編ってことは」
「ことは?!」
その先を聞くのが怖い。
聞きたくない嫌だやめて言わないで!
「これから来る予定の5人全員も着ぐるみかもね。」
「ひいぃっっっ!!!」
「ユーリア?!」
急に叫んでしまったことで、皇太子殿下はいいけど着ぐるみ殿下の驚いたような(多分)視線がわたしに向けられ、さらにパニックになりそうになる。
アレク様が駆け寄ってきて、「大丈夫、誰もユーリアに近づけないから」と、優しく肩をさすってくれる。ああ、イケメンですね…。アレク様達が着ぐるみに戻ってなくてよかった…。
ふれるかふれないかの距離でわたしの目をアレク様が覆い、
「見なくていい。落ち着いて、深呼吸して。」
と囁く。
「兄上、殿下、彼女はとても怖がりなのでお許しください。」
「あ、ああ…魔族など恐ろしくて当然だ。」
いえ怖いのはあなたです。
でも今はアレク様のおかげで見えないので怖くないです。
「お聞きしてもよろしいでしょうか?」
殿下方に尋ねるルルの声が気のせいか冷たい。
「ああ、何でも聞いてくれ。」
「その、討伐隊の方々はどのような方なのですか?」
「わたしもお聞きしたい。受け入れの準備など、対応も考えなければならないからね。」
全集中で着ぐるみ殿下の声に耳を傾ける。
お願いします!役人AとかBとかそんな人であってください…!
もしくは力自慢の村人CとかDとかでもいいですとにかく人間でお願いします!!
「そうだな、一人はこのわたし、今回のことは国どころか世界の危機にもなりかねない事態、王太子として同行することになっている。もう一人は我が国の聖女だ。それから神殿の聖騎士、わたしの側近が二名だ。」
「王太子殿下自らですか?それにしてはあまりにも人数が少なすぎるのでは?」
「討伐隊、とはいっているが現時点では調査の色合いの方が強い。悪戯に大事にして騒ぎにするのは得策ではない、と両国間で意見が一致している。」
「しかし魔族との戦いになる可能性も…」
「そのために聖女と聖騎士が来るのだ。彼らなら例え魔族と戦いになっても充分に対抗できる術を身につけている。わたしも自分の身くらいは自分で守れるし、側近達も聖騎士に負けないほどの実力者だ。」
「なるほど。これは失礼を。」
「いや、貴殿の懸念ももっともなことも理解している。」
会話しているのは主に皇太子殿下と着ぐるみ殿下だ。
殿下同士の会話に必要以上に入っていくのは不敬というより着ぐるみに見られたくないので嫌だ。…あれ?アレク様ってなんでわたしが隣国の殿下を怖がってるってわかったんだろう?目隠ししてくれてるってことはそういうことだよね?
ちらり、と目を開けてアレク様の手の隙間から見上げれば、優しく微笑んでいるアイドル顔が。もしかして、わたしはイケメンが怖い人とでも誤解されてる?人間のイケメンは大好きなんだけど!
「“聖女”…?」
ルルの呟きにはっとしてアレク様の手を払いのけて駆け寄る。
口を開こうとして、ルルの強すぎる目線に制され慌てて口をつぐむ。
その代わりのように見つめあえば、確実にわたし達は目だけで会話できていたと思う。
「………その、聖女様とは、一体……どのような……?」
もう声も身体も震えるのなんか気にならない。
いくら着ぐるみ殿下が怖かろうと聞かずにはいられない。
着ぐるみの目がこちらを向く。着ぐるみの動く目玉に見つめられるのってめちゃくちゃ怖いけど思い出してわたしはかつて学院で何人ものそれに耐えてきたじゃない…!
「彼女はつい最近、女神の信託により聖女の任に就いた。年齢は17、孤児だったために教会で育てられ、15歳からはシスターとして務めをはたしていたと聞いている。」
てんぷれ、と。
絶望した呟きはわたしのものだったのかルルのものだったのか。
「髪…その方々の髪色は……」
「髪色?」
「もともとは全員、ブラウンに近い色だったが、聖女の信託が降りたのと同時に別々の色になったよ。我が国ではそれを女神の加護と呼んでいる。」
あっ
それダメなやつ…
「「ユーリア!!!」」
「ユーリア嬢?!」
一瞬で目の前が真っ白になるようなこの感覚は、いつぞやのあの時のようで。
倒れて気を失う直前、
最後の力を振り絞ったわたしは、
震える指でふかふわで毛足の長い絨毯に
「 き ぐ る み 」
ダイイング・メッセージを書き残して
気を失ったのだった。




