第四十話「残ったものと、これからのこと」
戦いが終わったあと、世界はすぐには戻らなかった。
夜の空気は静かだったが、どこか歪んでいる。さっきまで“未確定”として開いていた可能性が、ゆっくりと閉じていく過程にあるのだと、肌でわかった。音が少し遅れて届く。灯りがわずかに滲む。人の気配すら、どこか現実から一歩ずれている。
私は、その中に立っていた。
立っているだけで、妙に疲れる。
身体じゃない。頭でもない。
“選び続けたこと”そのものの疲労だった。
「……ユイ」
横から声がする。
アリアだ。
さっきの戦闘で受けたダメージは残っているはずなのに、もう立っている。無理をしているのはわかる。でも、それを言っても止まらないこともわかっている。
「大丈夫?」と私は聞いた。
「大丈夫ではないです」
即答だった。
少しだけ笑う。
「でも、動けます」
「そっか」
それ以上は言わない。
今は、それでいい。
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少し離れた場所で、リゼットが剣を地面に突き立てて呼吸を整えている。あの人もかなり無理をしているはずだ。剣の担い手の攻撃を真正面から受けて、立っているだけでも異常に近い。
ノエルは座り込んだまま動けないでいた。さっきの戦闘の衝撃が抜けきっていないのだろう。セオドアは壁にもたれながら、何かを記録している。あの人は本当にブレない。
鍵の担い手は、いつものように軽い顔で立っているが、よく見ると指先がわずかに震えている。鏡の担い手は、何も言わずにこちらを見ていた。
全員、無事ではない。
でも――
誰も欠けていない。
それが、何より大きかった。
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「……勝ったんですか?」とノエルが言う。
「勝ってない」とリゼットが答える。
「でも、負けてもいない」
私は、その言葉に頷いた。
「うん」
あれは勝利じゃない。
でも、敗北でもない。
「止めた、って感じかな」と私は言う。
セオドアが言う。
「正確には、“確定を遅延させた”だな」
「言い方が硬い」
「事実だ」
でも、それが一番しっくりくる。
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私は、ペンを見た。
まだ手に握っている。
少しだけ、熱が残っている。
さっきの戦闘で、私は初めて“結果を書かなかった”。
それが、どれだけ大きな変化だったのか、今になってじわじわと実感する。
「……変わったね」と私は呟く。
「何がですか」とアリア。
「書き方」
私はゆっくりと言葉を選ぶ。
「前はさ、“こうなる”って書いてた」
「はい」
「でも今は違う」
少しだけ考える。
うまく言葉にするのは難しい。
でも、はっきりしている。
「“こうもなる”って書いてる」
アリアが、静かに頷く。
「選択肢を残している」
「うん」
それが、今の私のやり方だ。
決めるんじゃない。
開く。
固定するんじゃない。
揺らす。
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「代償はありますよ」とセオドアが言う。
「あるだろうね」
「未確定状態の維持は、構造への負荷が大きい」
「うん」
「使いすぎれば、世界そのものが不安定になる」
ノエルが顔を上げる。
「それ、やばくないですか」
「やばい」と私は即答する。
「めちゃくちゃやばい」
でも。
それでも。
「やるしかない」
その一言に、誰も反論しなかった。
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そのとき。
ふっと、空気が揺れる。
全員が反応する。
だが、今度は戦闘じゃない。
もっと、柔らかい揺れ。
私は、ゆっくりと振り向いた。
そこに――
水のような光が浮かんでいる。
あの感覚。
温泉と同じ。
「……来た」と私は言う。
ノエルが息を呑む。
「また、現世……?」
私は頷く。
「うん」
光の中に、像が映る。
真理だ。
そして――
その隣に、母がいる。
今度は、はっきり見える。
逃げない。
揺れない。
“重なっている”だけじゃない。
**“近づいている”**
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真理が、こちらを見る。
今度は、迷いがない。
そして――
口を動かす。
「ユイ」
今度は、聞こえた。
はっきりと。
ノエルが震える。
「……声、聞こえましたよね」
「うん」
私は答える。
胸が、強く打つ。
母も、こちらを見る。
涙は止まっている。
でも、目は赤い。
その視線が、まっすぐこっちに来る。
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「……帰れるの?」と真理が言う。
その一言。
それだけで、空気が変わる。
これは、ただの再会じゃない。
**選択の話だ。**
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私は、少しだけ黙る。
すぐには答えない。
答えられない。
今の私には、まだ――
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「……まだ」と私は言う。
正直に。
「まだ、わからない」
真理は、目を細める。
「そっか」
その声は、優しかった。
責めない。
急かさない。
ただ、受け取る。
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「でも」と私は続ける。
「帰るつもりはある」
母の目が、揺れる。
真理が、少しだけ笑う。
「だよね」
その一言で、すべてが軽くなる。
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そのとき。
鏡の担い手が、静かに言う。
「接続が強すぎる」
セオドアが頷く。
「このままでは、境界が崩れる」
鍵の担い手が笑う。
「いいじゃん、それ」
「よくない」と全員が同時に言う。
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光が、揺れる。
時間が、残り少ない。
私は、ペンを取る。
書く。
今度は迷わない。
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『まだ、終わらない』
『だから、待ってて』
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短い文。
でも、十分だった。
光が、ゆっくりと薄れていく。
真理が、頷く。
母が、涙をこらえて笑う。
そして――
消える。
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静寂。
夜が、戻る。
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私は、深く息を吐いた。
「……行こう」
「どこへ」とリゼット。
私は、少しだけ笑う。
「決まってるでしょ」
剣の担い手が消えた方向を見る。
「続き」
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アリアが、横に立つ。
「はい」
その声は、迷っていなかった。




