表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「自分の書いた小説に転生したのに、設定が崩壊してるので“書き換え”ながら生き残ります」―作者なのにヒロインに殺されかけてます―  作者: 百花繚乱


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/57

第25話「映らない未来」

 

 鏡は、優しくない。


 地下観測区画に立ち並ぶ割れた鏡面は、それぞれが違う未来を映していた。

 王都が崩れ落ちる未来。

 アリアが心塔で消える未来。

 どちらも中途半端に壊れて、誰も救われきらない未来。


 そして、そのどれにも、私がいなかったり、いても何も変えられなかったりする未来。


 息が詰まりそうになる。


「……これが、本来の分岐だ」と鏡の担い手は言った。


 声は静かだった。

 でも、その静けさの奥に、逃げ道のない確定がある。


 私は無意識に一歩下がりそうになって、それを止めた。


 ここで目を逸らしたら、また同じことになる。

 王都崩壊案も、アリアの器案も、鏡の担い手の登場遅延も。

 全部、“怖くて見なかった”ところから始まっている。


「……全部、最悪だね」と私は言った。


「物語としては整っている」とセオドアが淡々と返す。


「そういうのいま要らない」


「だが事実だ」


 うるさい。でも正しいのが一番厄介だ。


 鏡の担い手は、私たちのやり取りを黙って見ていた。

 いや、“見ていた”というより、“映していた”の方が近い。

 この人は観測しているだけじゃない。こちらが見ているものを、そのまま返してくる。だから誤魔化しが効かない。


「それで」とリゼットが前へ出る。「この分岐を見せて、あなたは何をさせたいんです」


「何も」と鏡の担い手は答えた。


「何も?」


「選ぶのはそっちだ。私は映すだけだ」


 その一言で、役割がはっきりした。


 この人は導かない。

 正解も提示しない。

 ただ、“選べる形”で現実を突きつける。


 最悪の役だ。


「……性格悪いね」と私は思わず言う。


「よく言われる」と鏡の担い手はあっさり返した。


 アリアが小さく息を吐く。


「だから嫌いなんですよ、鏡って」


 その言葉に、鏡の担い手は少しだけ視線を動かした。


「嫌うのは自由だ。だが、見ないことはできない」


「できますよ」


「できない」


 即答だった。


 空気がぴんと張る。


 アリアは目を細める。「どうしてそう言い切れるんですか」


 鏡の担い手は、ほんのわずかに首を傾けた。


「お前はもう知っているからだ」


 その言葉で、場の温度が一段下がる。


「自分が最後にどうなる可能性があるか。何のために置かれていたか。役割を知った時点で、もう“知らなかった頃”には戻れない」


 アリアは何も言わなかった。

 でも、その指先がほんのわずかに強く握られる。


 私は横からその様子を見て、胸の奥がざわついた。


 正しい。

 腹が立つくらい正しい。


 知らなければよかった、なんて選択肢はもうない。

 知ってしまった以上、それを前提にしか動けない。


 だから、ここで必要なのは――


「選び直す」と私は言った。


 鏡の担い手がこちらを見る。


「さっきも言ったけど、本来の分岐はわかった。でも、それをそのまま辿る気はない」


「理由は?」


「気に入らないから」


 即答だった。


 自分でも少し驚くくらい、迷いがなかった。


「アリアを器にする終わり方も、王都だけ救って終わるのも、どっちも嫌だ。だから、それ以外を選ぶ」


 鏡の担い手は数秒、何も言わなかった。


 その沈黙は評価でも否定でもない。

 ただ、“観測している”沈黙だった。


「……では、それはどこにある」


「え?」


「その“どっちでもない未来”は、どこにある」


 私は言葉に詰まった。


 鏡が映しているのは、本来の分岐だけだ。

 王都崩壊。アリアの消失。中途半端な終わり。

 どれも、“物語として成立する形”だ。


 でも、私が今言ったものは違う。

 成立していない。

 まだ、形になっていない。


「……ここには、ない」と私は答えた。


「そうだな」と鏡の担い手は頷く。


「なら、それは“作るもの”だ」


 その一言が、胸に落ちる。


 作るもの。


 当たり前だ。

 私は書き手だ。

 最初から“あるもの”の中から選ぶだけじゃない。

 “ないもの”を作る側のはずだった。


 なのに、いつの間にか、用意された分岐の中で選ぶことばかり考えていた。


「……そっか」と私は小さく呟く。


 アリアがちらりとこちらを見る。


「何ですか」


「選ぶだけじゃ足りないんだ」


「最初からそうでしょう」


「うん。でも今ちゃんとわかった」


 私は一歩、鏡の中央へ進み出た。


 割れた鏡面に、いくつもの未来が映る。

 その中に、自分の姿を探す。


 ない。

 あるけど、違う。

 どれも中途半端だ。


 だったら。


 私は白紙を取り出した。


 ペンを握る。


 少しだけ震える手を、意識して止める。


「何を書く」とセオドアが問う。


「分岐の追加」


「できるのか」


「やる」


 短く答える。


 ここで迷っていたら、何も変わらない。


 私は紙に書いた。


『王都は崩壊しない。』

『アリアは器にならない。』


 そこで止まる。


 それだけじゃ、ただの否定だ。

 成立しない。

 鏡の担い手が言った通り、“どこにもない未来”は形を持たない。


 なら、必要なのは。


「……どうやって?」とノエルが呟く。


 私は息を吸った。


 そして、続けて書いた。


『心塔は一人の器では閉じない。』

『複数の担い手で均衡を取る。』


 書いた瞬間、空気が揺れた。


 鏡面の一部がざらりと音を立てる。


 セオドアが低く言う。「構造を書き換えたか」


「まだ途中」と私は答える。


 でも、確かに変わった。


 さっきまでの未来は、“誰か一人に集約する構造”だった。

 アリアが最後に立つか、別の誰かが犠牲になるか。

 そういう形。


 でも今、そこに“分散”という概念を入れた。


 完全ではない。

 でも、方向は変わる。


 鏡の担い手が、ゆっくりと目を細めた。


「……なるほど」


 初めて、わずかに興味の色が乗る。


「一人に押し込める構造そのものを崩すか」


「そういうこと」


「それが成立するなら、本来の分岐にはない」


「だからやる」


 私の声は、思ったよりも落ち着いていた。


 怖くないわけじゃない。

 むしろ、今までで一番怖い。


 でも、それ以上に、はっきりしている。


 アリアは横でその紙を見ていた。


「それ、本当にできるんですか」


「わからない」


「無責任ですね」


「でも、やらないとあんた消えるよ」


 その一言に、アリアは少しだけ目を見開いた。


 それから、ほんの少しだけ笑った。


「……それは困りますね」


 その笑い方は、今までで一番自然だった。


 鏡の担い手が、その様子をじっと見ている。


「面白いな」と、ぽつりと言った。


「何が」


「お前たちは、役割を知った上で、それでも拒否している」


「普通じゃない?」


「普通ではない。大抵は受け入れる」


 その言い方は、どこか遠くを見ているようだった。

 たぶん、この人は“受け入れた例”をいくつも見てきたのだろう。


「だから言っただろう」と私は返す。


「こっちは、普通じゃない」


 鏡の担い手は、少しだけ笑った。


 ほんのわずかに。


「なら、その“普通じゃない未来”を、ちゃんと形にしろ」


 その言葉で、周囲の鏡が静かに光を落とす。


 さっきまで映っていた未来が、少しだけ薄くなる。

 完全には消えない。

 でも、絶対ではなくなった。


 分岐が増えた。


 まだ小さい。

 不安定だ。

 でも、確かにここにある。


「……見えたな」とセオドアが言う。


「うん」と私は答える。


「これが、次のゴール」


 王都を救う。

 アリアを消さない。

 現世との繋がりも切らない。


 そして――

 **一人に押し付ける構造を壊す。**


 それが、ユイがここにいる意味。


 鏡の担い手は最後に言った。


「次に必要なのは、他の担い手だ」


「剣、歌、鍵……」


「そうだ。全員が揃わなければ、分散は成立しない」


 私はゆっくり頷いた。


 つまり、ここからはもう一段進む。


 本来の物語でまだ出ていない要素を、

 今の物語に引きずり出す。


 その中で、関係も、役割も、全部書き換えていく。


 地下観測区画の空気が、少しだけ軽くなる。


 でも同時に、重さも増している。


「ねえ」とアリアが言う。


「何」


「さっきの、分散ってやつ」


「うん」


「わたし、一人で背負わなくていいってことですよね」


「そう」


 少しの沈黙。


 それから、彼女は小さく息を吐いた。


「……それなら、やってみてもいいです」


 その言葉に、私は少しだけ笑った。


「やってみるじゃなくて、やるんだよ」


「命令ですか」


「お願い」


 アリアは一瞬だけ考えてから、肩をすくめた。


「じゃあ、仕方ないですね」


 そのやり取りで、空気が少しだけ柔らぐ。


 鏡の担い手は、その様子を最後まで見ていた。


「では、次へ行け」


 そう言って、彼は一歩下がる。


「ここは終わりだ。次は、別の役割を引き出す場所だ」


 地下の奥へ続く暗い通路が、静かに口を開けている。


 私はペンを握り直した。


 ここから先は、

 本来の物語と、今の物語が本格的に交わる。


 そして――

 そのどちらでもない、新しい終わりを作るための物語が始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ