被害状況
【ラティゴ・デ・イーロ】
ガントレットから伸ばされた電磁鞭が、意志を持っているかの様に中国系征儀伝に襲い掛かる。一人は逃がしてしまったが、もう一人を拘束する事には成功し、電流を流した。ガクガクッと痙攣を起こして動かなくなる。それを地上に落とし、最後の一人を仕留めに掛かった。
【ラティゴ・デ・イーロ】
再び鞭が振るわれる。流石に技を見切られたか、今度は簡単に避けられてしまった。
「追い詰めて。」
可憐の指示に、ほかの征儀伝が魔獣を駆使して、中国系征儀伝の行動範囲を狭めていく。
可憐の眼が赤く染まる。魔力を大量に開放しているのだ。それにより、高速で動き回り始める。目に止まらぬ速さで動き、腹に膝蹴り、首にガントレットの側面で手刀を入れる。打たれる度に弱まっていく中国系征儀伝。最後の一撃で完全に意識を手放したようだ。地上へ真っ逆さまに落ちていく。
【エクスジェンシア】
だが、下に待機していた征儀伝が、己の魔獣でそれを受け止めた。
「まったく、やりすぎなんだよ。泉君…。」
「可憐!」
地上に降りてきた可憐が装甲征儀を解除する。そしてそのまま、その場に座り込んでしまった。
「可憐、大丈夫ですか?」
「待って。」
着ているマントの内側から薬のビンを取り出し、大量の錠剤を飲んだ。効果は直ぐに現れたようで、直ぐに立ち上がる。
「朱雀慶斗。怪我は無い?」
「はい。僕は大丈夫です。それより、戻ってきてくれたんですね。僕、嬉しいです!」
しかし、可憐は浮かない顔をした。彼を無視して中国系征儀伝の確保に向う。
「適切な対処をしてくれてありがとう。朱雀君。…少し説明が必要かな。俺達の事や、泉君の事も。直ぐに君のお兄さんを連れて仲間が到着するはずだから、その時に詳しく説明しよう。」
征儀伝の一人が笑いかけながらやって来る。その時、携帯に着信が入ったらしい。
「こちらは殲滅完了。朱雀龍夜の到着を…待てよ!今何て言った!?」
その言葉に場にいる全員が反応する。やがて電話を切ると、切羽詰った声で叫んだ。
「学園の中に中国系征儀伝がいる!これは囮だ!」
訳の分からぬまま学園内に戻る一同。生徒や教師が避難しているはずの模擬場に向った。彼らが見た光景、それは表で戦った人数よりも多い中国系征儀伝の一方的な攻撃だった。ほぼ全員が気絶しており、その中には教師の姿もある。きっと、強化された身体能力で襲ったのだろう。
【エクスジェンシア】
【アルマライズ】
直ぐに状況を理解したらしい征儀伝たちが、魔獣や装甲を召還する。だが、
「動くな。こいつの命が惜しければな。」
気絶した一人の生徒の首に刃物を当て、動かないように命令したのだ。これには誰も対処できそうに無く、相手の次の動きを警戒した。
「全員魔獣と武器を捨てろ。そして出口を開けるんだ。」
言う通りに動く全員。人質をとったまま、中国系征儀伝たちは堂々と学園を去っていくのだった…。
「申し訳ない、“遺跡の番人”。全て我々の失態でした。」
学園長に頭を下げる謎の征儀伝たち。その中には龍夜と翔太を連れ帰った、元保険医の姿もあった。
「過ぎた事を悔いても話は前には進まない。それで、被害状況は?」
その質問に対して、Sランク教師が口を開いた。
「施設そのものに被害は特にありません。ただ…、50人以上の魔石が奪われました。」
生徒の魔石を奪う。これが中国系征儀伝の目的だったようだ。留美の誘拐予告を始め、学園を真正面から襲撃する一連の行動は、全て囮。目的の障害になる人物を引きつける為の罠でしかなかった。
「これからどうしますか、学園長。」
「もし、向こうが返還の条件を持っているとしたら、それを飲むしかないだろう。生徒の命が掛かっているんだからな。」
手元にある手紙を見る学園長。先程人質にされていた生徒が発見され、直ぐに保護された。だが、中国系征儀伝から渡されたらしい手紙を握っていたのだ。その内容は、“一週間後学園に再び邪魔をする。その際、今日奪った魔石を遺跡と朱雀兄弟の魔石を交換せよ。断る場合、奪った全ての魔石を破壊する”であった。即ち、50人以上の生徒の命を助けたければ、慶斗と龍夜の魔石、そして“遺跡”なる物を渡せと言うのだ。
「僕と、兄ぃの魔石がどうして条件なんですか?」
少々震えながら尋ねる慶斗。龍夜や学園長、謎の征儀伝たちは黙っている。
「いい加減話すべきだろう。中国系征儀伝の狙い、そして彼らの事も…。龍夜君、君の口からの方がいいと思う。私のようにずっとこの部屋に閉じ篭っていた老いぼれより、自ら最前線で戦っていた君の方が、信用性に足るはずだ。」
「征儀って言うのは、元々の名前の短縮形なんだ。“世界を征服する儀式を行う力”、略して征儀。だから、中国系征儀伝の世界を終わらせると言う最終目的もあながち間違いじゃない。いや、可能だ。」
既に薬の副作用は切れているらしい。龍夜がいつもの調子で淡々と話し出した。日常的に使っていた“征儀”と言う単語。かなり恐ろしい意味が含まれていたのだった。
「古来、征儀の種類は二つ。スペイン系とギリシア系が別れる前の流派、そして中国系だ。歴史的に見れば、中国系の方が古いことが確認されている。そして、その後、スペイン系とギリシア系が生まれた。」
ここで一度話を切る龍夜。征儀の歴史的背景を語っているが、あまりピンと来ない慶斗たち。それを見てから龍夜は話を続けるのだった。
「この分裂した三つの流派が集まった時、世界をリセットできる力が手に入るらしい。古い文献から読み取った為、これが何かを比喩しているのか、本当に世界が終わるのかは断定できない。だが、その儀式を行うのに必要な物は分かっている。全流派の征儀伝の“魔石”、そして“遺跡”だ。因みにスペイン系、ギリシア系は元々一つの流派の為、魔石は兄弟の物と定められている。これが中国系征儀伝が俺と慶斗の魔石を狙う理由だ。俺が知っているのはコレくらい。後の遺跡については、遺跡の番人直々に話してもらおうと思う。学園長…。」
学園長は一度大きく頷き、立ち上がった。
「私が遺跡の番人と呼ばれる由縁、それは私が学園長室にいる事に関係がある。十数年前、この学校が建てられる前に遺跡が見つかった。当時私は調査員としてこの遺跡を発掘していたんだ。同時に文献が発見され、解読を進めた。その内容が魔石と遺跡の関係性についてだった。遺跡には棺が置かれていた。文献と共に調査されることとなり、私を含めたメンバーが棺を運ぼうと試みた。だが、その時に蓋が外れ、青の魔石を持った征儀伝が現れたのだ。」
“青の魔石”と言う言葉に不信感を募らせる。スペイン系が黒、ギリシア系が白、中国系が緑のはず。それなら、なぜ青の魔石が出てくるのだろうかと。
「青の魔石については後で話をする。その征儀伝は棺が開かれた瞬間、外へと出て行った。文献を解読した所、あの棺は中国系征儀伝の始祖を封印していたものだったらしい。」
更に話される事を要約すれば、中国系征儀伝の始祖とギリシア・スペイン系の始祖が、世界崩壊の儀式(呪文)を見つけ出した時、どちらかの魔石を破壊する事でその呪文自体を封印することに決めたらしい。だが、決着はつかず、中国系が不意を突かれて封印される事で、戦いが終わったとか。
「中国系が復活した時の事を考え、スペイン・ギリシア系の始祖が残した文献を漁った。その内の一つに始祖の力を持って遺跡を守る呪文があったのだ。私は迷わずそれを使い、中国系征儀伝を倒すまで遺跡の番人となる事を誓った。年をとらないのは、その呪文の副作用と言った所だ。即ち、この南陽学園は、遺跡を守る砦。その砦で育てられる生徒は遺跡を守る戦士、と言う訳なんだよ。」
自らの過去を話し終えた学園長。深く椅子に腰掛け直した。その視線の先には、いつかの隠しドアがある。遺跡へと続く道へ入るためのドアが…。
さて、あまり重要に見えなかった謎が解明されました。
・不老の学園長→遺跡の番人になる為の副作用
次回もバンバン伏線を回収します!