属性転換
留美奪還の為に廃工場へと向った龍夜と翔太。確実に相手方は消耗しているが、二人としても限界が近付いていた。
「青龍、次で隙を作って一気に内部まで駆け込む。俺に向って上級征儀を放て!」
「先輩!?何を言って…」
「いいからやれ!」
龍夜の意味不明な命令に戸惑いながらも、青龍は呪文の詠唱を始めるのだった。これを放てば、彼はほぼ戦闘不能になるまで魔力を失うだろう。だが、留美の安全を確保すると言う目的の為には、やむを得なかった。
【主の命令だ、対象を引き裂け。コルティアグ・デ・トルメンタ!】
無数の風の刃と疾風の針が龍夜の方へと向う。それと同時に龍夜も呪文を詠唱し始めた。
【主の命令により、闇を捨て新たな属性として生まれ変われ。カンヴァル・デ・ティポ!】
突然、龍夜の乗る魔獣にヒビが入る。そして、砕けたのだ。唖然とする翔太。だが、彼は見た。砕けた中から新たな魔獣が生まれているのを。
その魔獣の外見は、全くドラゴンと同じ。しかし、その色は闇色ではなく眩いばかりの銀色。まるで鏡のように周りの光を反射していた。そして、それに跨る龍夜の眼は真紅に染まっている。荒い息を整えながら、現状を確認する龍夜。呪文が成功した事を喜ぶ間もなく、新たな呪文を詠唱した。
【主の命令により、彼の攻撃を増幅させて跳ね返せ。インクレメント・デ・エスピジョン】
銀色のドラゴンと、翔太の放った攻撃の間に巨大な鏡が現れた。それに吸い込まれる刃と針。全て吸い込んだ瞬間、鏡が発光。その姿を消した。
目の前の光景に目を奪われていた中国系征儀伝だったが、何も害がない事を知り、龍夜達にとどめを刺そうとする。ある者は大幅に向上している身体能力で飛び上がり、ある者は幻獣で攻撃を加えようとする。
「甘いんだよ。」
龍夜の独り言の様な呟き。その言葉の後には、全ての中国系征儀伝の前に、それぞれ一枚ずつ鏡が出現したのだ。波紋が浮かんだと思えば、先程翔太の放った上級征儀が飛び出てくる。
「がぁぁっ!」
ある者は風の刃で切り刻まれ、幻獣は無数の針で貫かれる。突然現れた上級征儀をかわす事はできないのであった。
全ての中国系征儀伝が沈黙する。死んだのかは分からない。相手は未知の征儀伝、死者蘇生の儀式だってあるかもしれない。だが、今の状態を見る限り、動ける者はいないように見える。
龍夜の眼が元の色に戻り、魔力大量開放が終了する。銀色のドラゴンもその体を闇色に染め上げた。しかし、龍夜の魔力が切れたのだろうか、魔獣が消滅してしまう。上空から自由落下に従って落ちていく龍夜。
「龍夜先輩!」
スピードに特化した翔太の魔獣が龍夜を追う。地面寸前の所でキャッチに成功した。もし翔太が類から魔獣の訓練を受けていなかったら、龍夜は死んでいただろう。
「すまないな、青龍。俺はここまでだ。留美を助けてやってくれ。お前の体力に期待してる。頼んだ…。」
「絶対に助け出します!」
気絶した龍夜を残し、翔太は単身、廃工場の中へと突入していった。
一人残された龍夜は、征儀伝の自己防衛本能の為か眠っていた。その向こうで人影が動く。黒マントを纏うその姿、中国系征儀伝である。
「この野郎…、魔石を壊しやがって…。」
ふと見つけた龍夜の姿。それを見て、中国系征儀伝の男はニヤリと顔を歪ませるように笑った。
「調度いい所にいるじゃねぇかよ。コイツの魔石を奪えば良いんだろ?ついでに殺す!」
脚を怪我しているのか、少々右足を引き摺るように龍夜へと近付いて行く。手にはナイフの様な物を持っていた。龍夜は気付きそうにない。気付いたとしても、戦えるだけの魔力は残っていない。絶体絶命だった…。
「留美ちゃん!どこだ!?」
叫びながら廃工場の中を走る翔太。全ての部屋を虱潰しに覗いているのだが、留美はおろか、陽動作戦に使われていた、あの映像の少女の姿も見当たらなかった。
「ここか!?」
一つのドアを開けた瞬間、翔太の腹に重い衝撃が掛かる。廊下を挟んだ壁に叩き付けられてしまう翔太。
「むーっ!」
猿轡を噛まされた留美が叫ぶ。その隣にはあの映像の少女が座らされていた。「くっ…」
痛みに耐えながら翔太が起き上がる。
「たった一人で駆け込んで来るとは、なかなか勇気あるじゃないか。」
「留美ちゃんを助けないと。慶斗との約束が果せなかった以上、龍夜先輩の頼みだけは守らないとなんだよ。」
【アルマライズ!】
十文字槍を装備する翔太。相手も淡く魔石を発光させている。最初に動きを見せたのは翔太だった。槍を振るい、相手の体を捕らえようとする。だが、相手は必要最小限の動きでそれを避けた。
「相当疲れているようだな。動きにキレがないぞ。」
「うるせぇ!」
怒りと焦りに任せて槍を振るい続ける翔太。だが、彼も魔力がほとんど底をついており、体力も続かない。
「そらっ!」
槍を掴み、膝蹴りでそれを折る中国系征儀伝。ついでとばかりに翔太に蹴りを入れた。再び壁に激突してしまう。今度は槍を召還する魔力も、これ以上動く体力も残されていなかった。
「殺す必要はないが、ここで潔く死んでおけ。」
刃物を取り出し、翔太に掴みかかる。胸を一刺しにしようと突き上げた。ギュッと目を瞑る翔太。更に悲鳴を上げる留美…。
「中国系征儀伝の野郎…、裏を掻きやがった!」
「少しは黙りなさい。今回はこちらの情報戦負けだったわ。今私たちにできる事は、出来る限り早く南陽学園へ向うことだけ。暴言吐く暇があったら、スピードを上げなさい。」
「コレが限界。後数分掛かる。」
「しかし、あの人が連絡をくれなかったら、俺達の到着は完全に遅れていた。今は生徒が校門で防衛線を張っているらしい。」
数人の征儀伝が魔獣に乗り、空中を飛んでいる。目指す目的地は南陽学園。本来は倉本留美の護衛、それが叶わない場合、救出を任務としていた。だが、突然連絡があり、中国系征儀伝の真の目的が南陽学園だと伝えられたのだ。そして今、彼らは魔獣を使って目指しているのであった。そして、その中には無表情なあの少女、泉可憐の姿もあったのだった…。
今回龍夜が使った呪文→カンヴァル・デ・ティポ
・自分の属性を無理矢理変える呪文。異常なまでの魔力消費をする事でできる諸刃の剣。今回は鏡属性へと変化させた。
気絶途中の龍夜を襲いかけている中国系征儀伝→魔石が壊されている。