手甲Ж モルド
「三回戦いくか。」
引き出した二枚の紙。“泉可憐”と三年生の男子だった。三年生の出番はこれ以降ないかもしれないので、名前は伏せておこう。
「あれ?泉は何処だ?」
龍夜が辺りを見回す。確かの可憐の姿が見えなかった。
「私はここにいる。」
いつもと変わらず無表情でメイド服の可憐が模擬場に入ってきた。何時の間にか何処かへ行き、何時の間にか戻ってきたのだ。もし、翔太の模擬戦が長引いていれば、可憐の出入りは誰にも気付かれていなかっただろう。改めて、可憐と三年生と向かい合う姿でフィールドに立った。
「始め。」
龍夜の言葉に、二人の口が動く。二人とも魔獣召喚呪文を唱えたかに見えたのだが…。
【エクスジェンシア!】
【アルマライズ】
可憐以外の全員が驚く。普通なら魔獣同士の戦いのはず。装甲征儀を最初から使っては不利になるのは確実なのだ。
「君、いったい何を考えてるんだ?」
「どうでもいい。」
狼の頭部を模したガントレットを装着する可憐は、淡々と答えた。既に三年の方は魔獣を召喚している。彼はにやりと心の中でほくそ笑んだ。最上級生である自分の力、十分に思い知らせてやると。今まで、上級生としての威厳が見せられなかった、と地団太踏む彼。実はまだ装甲征儀が使用できないのだ。それを知ってか知らぬかの可憐の装甲征儀。少しムカついていた。
【主が命令する。鋼鉄の牙で相手を噛み砕け。モルド・デ・メタル!】
蛇型魔獣が、己の牙の硬度を増して生身の可憐に襲い掛かる。もともと三年男子の方には、可憐を傷付けようという気持ちはない。せいぜい怖がらせて投降させるつもりであった。しかし、可憐はそんな危機的状況の中でも、無表情を崩さず、両手に持ったガントレットを構えるのだった。魔獣が鎌首をもたげ、噛み付かんと襲い掛かった。
鈍い音が聞こえる。そして何かが砕け散った音も。皆が注視する中、それは意外な展開となっていた。
「なっ…」
魔獣の口に並ぶ歯が、可憐のガントレットによって砕かれていたのだ。詳しく言えば、切り取られたと言うべきか…。兎に角、可憐は生身で魔獣の攻撃を防ぐどころか、反撃さえしてしまったのだ。
地面に着地し、再びガントレットを構える可憐。メイド服のスカートは絶対領域を作り出している。三年男子はありえないと言った風に可憐を見た。
「アルマライズで魔獣を打ち破った?しかも硬度に秀でた金属性に…」
龍夜が感心半分、驚き半分で可憐を見ていた。きっと、彼の理論の中では“装甲征儀<魔獣”と言う方程式が成り立っていたのだろう。呪文にもある通り、魔獣の力の一部を纏うだけなら、そう考えてもおかしくない。
「終わり?」
可憐が挑発する様に言う。その言葉でふと我に返った三年。再び呪文を詠唱した。上級征儀のようである。
【主が命令する。鋼の鞭を唸らせろ。ラティゴ・デ・メタル!】
魔獣の尾が銀色に光り、鞭の様に可憐に振り下ろされる。やはり無表情な彼女は、ガントレットをスッと顔の前でクロスさせ、防御の姿勢をとる。いくら何でも無茶がありすぎる。魔獣の必殺技を防ぐことは不可能だ。
【主の命令、対象を焦がす雷を流せ。エスクード・デ・ルエーノ】
誰にも聞こえない声で可憐が呟く。すると、ガントレットが電流を纏い始めたのだ。皆が唖然とする中、三年の攻撃は可憐のガントレットに当たる。しかしだった。鋼の属性を受けた魔獣の体に、大量の電流が流れ込んだ。電流の発生源は勿論の事、可憐のガントレット。魔獣は多大なダメージを受けてしまった為、消えてしまった。
【エ、エクスジェn…】
慌てて呪文を唱えようとするが、言い終わる前に喉元に冷たい鋭利な刃が当たっていた。
「これで終わり。」
「泉の勝ち。」
龍夜の宣言に可憐はガントレットを離し、三年はその場にへたり込んでしまった。そんな先輩に見向きもせず、まっすぐ慶斗たちの方へ向ってくる可憐。両手の武器も消えた。
「可憐すご~い!やっぱり、メイド服のお陰だね。」
「装甲征儀だけで魔獣を倒すなんて…」
はしゃぐ凪沙に、一人納得のいかない龍夜。
「兄ぃ、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。まあな。」
自分が完璧だと思っていた理論は、とある少女によって崩された。しかも、自分でさえあの様な長時間の戦闘において、アルマライズは使えない。弟の慶斗でさえも無理かもしれない。だが、可憐本人に聞いた所で、正直な答えが返って来るとは思っていなかった。
「ま、次いくか。」
こんな感じで、手合わせは進んでいく。やはり基本的に高学年の方が強い。そして、戦いが進んでいくに連れて、慶斗の顔が段々冴えなくなっていくのだ。
「どうしたんだ、慶斗?」
「う~ん、嫌な予感がするんです。何となく、策に嵌められてると言うか…。」
そして、最後から二番目の試合が始まった。そこで完全に慶斗の考えが固まったのだった。
「兄ぃ、最後の試合って…」
「あぁ。俺とお前だな。」
“兄ぃに嵌められました~!”と嘆く慶斗であった。