9話 堕天使
「つまんないなぁ」
七聖龍の一匹『地龍』を倒した瞬間、ボクの口から自然とその言葉がこぼれてきた。
はぁ。寂しいよ、メイ。
♢♢♢
「遅かったわね、カーラ。…どうしたのよ、元気無いわよ?」
「…うん。ちょっとサクラに怒られちゃって…」
家に帰ると、いつもは執事のルナールが迎えてくれるけど、今日は遅くなった事もあり、ソフィーが出迎えてくれた。たぶん、教会での仕事が終わって帰って来て、ボクが居なかったから心配してくれたんだと思う。ソフィーは優しいからね。
「はぁ、今度は何をやったのよ…。もう晩御飯の時間よ。早くしなさい!」
「…うん。ごめんね」
そして、ボクは晩御飯を食べ、お風呂に入って寝る。枕投げはしない。ううん、出来ない。寝て起きて、また明日が始まるだけ。
♢♢♢
『魔王』が誕生しました
ガシャンッ
「…え?」
その日、ボクが朝食を食べていると、頭の中に声が聞こえてきた。勇者であるボクにしか聞こえない声だ。
ボクは、持っていたフォークを落とし、動揺した。新しい魔王が誕生するのは、前の魔王が死んでから約5年後。現在は、メイが天界に行って、5年が経過した頃だったからだ。
…メイが5年前に死んだ?…そんな訳無い。メイは、絶対に帰ってくる。
「カーラ、どうしたんだ?何かあったのか?」
すると、動揺するボクを見て、サイコスが心配そうに声をかけてきた。ソフィーも心配そうに見つめてくる。
ガタタンッ!!
「…新しい魔王が誕生した。…ちょっと行ってくる」
ボクは急いで席を立ち、そう言った。
「待ちなさいよ!私達も行くわよ!」
「そうだ!カーラ1人では行かせない!」
「…ごめん。急ぎたいから」
2人には悪いけど、ボクだけの方が断然速い。2人は、ボクのスピードに付いて来れない。
「くそっ!だが…」
「分かったわ。無茶するんじゃ無いわよ!」
サイコスは、それでも付いて来たい気持ちがあるみたいだけど、それをソフィーが制した。ソフィーが心配しているのは、顔を見れば分かる。それでも、ボクとの実力差が分かっているから、そう言ってくれる。
「ありがとう、ソフィー。サクラにも伝えといて」
「…うん」
そして、ボクは家を出て走り出した。魔王城までは、かなり距離がある。だけど、ボクが本気で走れば、夕方までには到着すると思う。
♢♢♢
「ふぅ。…着いた」
ボクが魔王城に到着したのは、日が大分落ちてきた時間だった。昼食以外の時間はずっと走り、ようやく到着した。
ここに来るのは、約5年ぶり。メイが魔王になった時以来だ。…懐かしいな。あの時は、急にメイが消えて焦ったんだよな。…メイ。どうして帰って来ないの?
…あ!もしかして、魔王が誕生したってのは、メイが天界から帰って来たって事⁈ それなら!メイがここに居るかもしれない!
そんな事を期待し、ボクは魔王城に入って行った。
だけど、進んで行っても人影が無い。誰も居ないし、声も聞こえない。そろそろ四天王の1人や2人、出てきても良いのに。そう思いながら、ボクは魔王の部屋を目指して進んで行く。
「ふふっ。よく来たわね、勇者!魔王に挑みたいのならば、私を倒していきなさい!」
「あ…。えっと」
すると、魔王の部屋の1つ前の部屋で、見た事のある人物が現れた。でも、名前が思い出せない。そもそも、最初から覚えていなかった気がする。
「…まさか、私を忘れたの⁈ あんなに酷い事しておいて!」
「えっと…。ごめんね」
…ダメだ。戦ったのは覚えてる。凄く楽しめた事も覚えている。だけど…。
「もう!私の名前はマリヤよ!『堕天使』ドラディニエル・マリヤよ!!」
「…え?…そんなだったっけ?」
どうも、記憶にかすりもしない。聞いた事が無い気がする。
「ふふっ。そうなったのよ!」
バサッツ!!
そう言って、マリヤは翼を出した。だけど、これも記憶と違う。前は白だったのに、その翼は黒。メイと一緒だ。メイと一緒で、可愛い黒。…メイの方が数倍可愛かったけど。
「5年前の様にはいかないわ!かかって来なさい!」
「…うん」
でも、正直そんな気分じゃない。どうせ相手にならないだろうし。だけど、魔王が誰なのかを確かめる為にも、倒さなくてはならないみたいだ。ボクは、早く終わらせたい気持ちでスッと剣を抜き、マリヤに向けた。
「はあ?舐めてんの?何よその剣!魔王討伐に来たんだったら、それじゃ無いでしょ!」
「…そうだね。分かったよ」
ボクは、マリヤの言う意味を理解し、しぶしぶ剣を取り換えた。使うのは、メイと戦った時以来。使うまでも無いと思うけどね。
「『魔剣』ローズ・フラワー。これで相手をするよ」
「はあ⁈ それ、魔王の魔剣じゃない!聖剣は?勇者でしょ⁈」
うーん。そんな事言われてもな。聖剣はメイにあげちゃったし。
「ボクは聖剣を持ってない」
「え?そうなの?…何かごめんなさいね。…きちんと継承されなかったのね」
…何か勘違いをしているみたいだけど、面倒だから訂正しない。
「行くよ!」
「え、えぇ。来なさい!」
そしてボクは、マリヤに向かって走り出した。
♢♢♢
「…くっ!もう1回よ!」
そう言って、マリヤは自分を回復させる。正直、思っていたより強かった。5年前とは比べ物にならないくらい強くなってると思う。だけど、ボクも強くなってしまっているし、差が縮まった訳では無い。…でも、楽しい。
スピードだけは、ボクよりも速い。それに、傷を負っても回復する。こんなに楽しめるのは、随分と久しぶりな気がする。だけど、少し足りない。ほんの少しだけ…。
「…メイ、デバフを掛けてよ」
ボクは、居もしないメイに、そうお願いする。メイが居れば、絶対にもっと楽しめる。
「…えっと。どれくらいですか?」
「…え?」
…空耳?…違う!聞こえた!今、メイの声が聞こえた!
…リ、ジリジリジリ
「カーラ、ただいま戻りました」
「メイ!メイぃぃ!!!」
メイだ!ボクは、ほっぺを摘み、夢じゃ無い事を確認する。…痛い!夢じゃ無い!
闇魔法で急に来るなんて、メイしか居ない!遅いよ!遅すぎるよ!
ボクは、マリヤとの戦いを放棄し、メイに抱き付いた。涙が止まらない。5年分の涙が、ボクの目から溢れ出る。




