45話 キャルシィ 2
王城にて魔王様が人族の国王を手玉に取った後は、次々と条約が締結されていった。その全てにおいて魔族が不利になる条約は無く、魔王様が私たち魔族の事を真剣に考えて下さっていた事が伝わってくる。魔王様は想像以上に凄いお方。魔王様には驚かされてばかりだ。
そして、条約の最終確認が終わり、私達は王城を後にした。
「や、やっと終わりましたね」
王城の門を出るなり、魔王様は疲れた顔を見せつつも嬉しそうに、そう言った。私にとっては一瞬に感じる程に夢の様な時間だったけれど、私がそう感じたという事は、魔王様は気を抜かずに張り詰め、一切の不備が無い様に真剣に臨んだ結果だという事。
「ふふっ。頑張ったわね、メイちゃん。凄いじゃない!」
「本当だよ!凄すぎるよ、メイ!」
行きに私の頭を撫でてきたサクラさん、そして勇者までもが魔王様の偉業を称えている。
「メイ、ボクにもやってよ!さあ!」
…ん?…勇者は何をやっているのだろうか。急に魔王様に立ち塞がる様に手を広げてきた。魔王様に何かを求めているのだと思うけれど、私には理解ができない。きっと、魔王様なら分かるのだろうけど。
だけど、そう思って様子を見ていると、魔王様は勇者の脇をすり抜け、何事も無かったかの如く、私に質問をしてきた。勇者なんて相手にする価値が無いという事なのだろうけれど、少し哀れに思えてしまう。
「そういえば、キャルシィはどうしますか?冒険者になりますか?」
「え?…えっと、私は弱いので魔王様に付いていける自信がありません」
いや、正確には多少強くても魔王様に付いて行くなんて不可能な事だけど。もちろん、配下としては一緒に居るべきだとは思う。…でも、私と魔王様では実力が違いすぎ、絶対に足手まといになってしまう。
「大丈夫ですよ。キャルシィの実力に合わせますから」
「メイちゃん、それは無理だと思うわ。キャルシィをカーラと一緒に行動させるなんて危険よ」
魔王様と一緒に冒険者になるという事は、勇者とも共に行動するという事。
…私は、勇者は魔族にとって忌むべき存在であっても、人族にとっては英雄的存在だと勝手に思っていた。だけど、どうやら認識が違ったみたいだ。人族にさえ危険視されているなんて、少しだけ可哀想だと思ってしまいそうになる。
でも、例え勇者が何をするか分からない悪の権化だとしても、魔族である私の心配をしてくれている事には驚きだ。どうやら、サクラさんは魔族に対して嫌悪感があまり無いのかもしれない。
「…確かに、そうですよね。一緒に冒険したかったですけど、カーラが居るので無理ですね」
「あ!じゃあ、受付嬢なんてどう?私がいろいろ教えてあげるわ」
…受付嬢?
「それはいい考えです!サクラさんが居るので安心ですね。キャルシィ、受付嬢になりましょう!」
「…え。はい」
…一体、受付嬢というのは何をする仕事なのだろうか。でも魔王様の命令は絶対。魔王様がなれと言った以上、私は受付嬢になるしかない。
「良いですよね、ギルマス!」
「え?…あ、あぁ。試験に受かればな」
…つまり、サクラさんは受付嬢で、この男性はサクラさんの上司だと思われる。そして、魔王様の命令を遂行するには、その試験に合格しなければならない。
…これは、絶対に落ちる訳にはいかないな。人族領でも初めての命令。失敗は許されない。
♢♢♢
そして、私達は最初に来た場所に戻ってきた。どうやら、冒険者のサポートなどを担当する者を受付嬢と呼ぶらしい。勇者が依頼を選び、サクラさんに持ってきていたので間違いないと思う。
「では頑張ってくださいね、キャルシィ」
「はい。必ず合格します」
依頼を受ける魔王様と別れ、私はギルドに残された。魔王様は、困ったらサクラさんを頼れば大丈夫だと言っていたから、サクラさんをかなり信用しているみたいだ。こんなにも魔王様が信用しているのだから、私も信用して問題ないと思う。
…まぁ、魔王様と離れた以上、サクラさんを信用するしか選択肢が無いのだけれど。
♢♢♢
それから私は直ぐに試験を受けた。試験の内容は、計算と魔物の知識が主であり、とても簡単な内容だった。きっと、基本的な事が分かっていれば十分という事なのだと思う。その後は面接をされ、後は結果を待つだけ。
「凄いわ、キャルシィ。満点よ!」
「はい!」
とりあえず、無事に合格できて良かった。こんな簡単な試験だったというのに、サクラさんは褒めて頭を撫でてくれる。とても優しい人族だ。
試験の内容的に落ちる事は無いだろうとは思っていたけれど、もし落ちていたら魔王様に失望されるところだったかもしれない。これで、一先ずは安心。
「優秀だな」
「え?」
……どういう事だろうか。サクラさんの上司…これから私の上司になるギルドマスターが、不思議な事を言ってきた。こんな基礎知識を問うだけの試験では、本当に優秀かどうかなんて分かる訳がないのに。
…もしかしたら、私はまだ子供であり、期待はしていなかったという意味かもしれない。
「サクラ、キャルシィの教育係を頼んだぞ。サクラの最後の仕事だ」
「分かりました。よろしくね、キャルシィ」
「はい、よろしくお願いします。サクラさん」
そして、サクラさんが私に仕事を教えてくれる事になり、私の人族領での生活が決まった。魔王様が信頼するサクラさんが教育係をしてくれるのだから、仕事に関しては、あまり心配する必要がないだろう。
…だけど、ギルドマスターが言った『最後の仕事』というのは、どういう事だろう。そのままの意味なら…。
「サクラさんは受付嬢を辞める予定なのですか?」
「ええ、そうよ。メイちゃんとカーラには秘密にしといてちょうだい」
…何という事だろうか。魔王様以外で一番頼りになると思われるサクラさんが辞めてしまう予定だなんて。
……私は、ここでやっていけるのだろうか。
♢♢♢
夕方になり、魔王様達がギルドに戻ってきたので、初日の仕事は終わりとなった。暫くの間は、仕事の始まりと終わりを魔王様の行動に合わせて良いそうだ。私が魔族だから、気を使ってくれているのだと思う。
そして、片付けを終え、魔王様達に付いて行くこと数分。私の目の前に、他の家とは比べ物にならないくらいの大きな建物が現れた。魔王城ほどではないけれど、立派な建物。
「こ、ここが人族領での魔王城なのですね」
「え?違いますよ。ここはカーラの家です。これからは、ここに一緒に住みますよ」
「にゃっ⁉︎」
…………え?
…勇者の家?
そんな危険な場所に?…魔王様なら何処でも大丈夫だろうけど、私も?
だけど、魔王様は私の反応を気にする事なく歩みを進める。…これは、大丈夫なのだろうか。
「キャルシィはメイの妹なんだから、ボクの妹なんだよ。遠慮しないでね」
そして、勇者が意味不明な事を言いながら家の扉を開けると、初老の男性が出迎えてきた。
「おかえりなさいませ、カーラお嬢様、メイお嬢様。…カーラお嬢様、どういうおつもりでしょうか?私には、その者が魔族に見えますが」
「キャルシィだよ。今日からこの娘も一緒だよ」
魔王様達を出迎えた初老の男性は、私に警戒の目を向けてそう言った。やはり、私が魔族というだけで危険視されているのだろう。当然の反応だ。
「…ご領主様はご存知でしょうか?」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。父さんには今夜言うから」
「…かしこまりました」
…え?
…良いの?
そして、疑心暗鬼のまま、私は部屋に案内された。どうやら、魔王様と勇者と同じ部屋で過ごす様だ。
……………。
………冗談…だよね?
…いやいやいや、ちょっと待ってほしい。勇者と同じ部屋⁈ 勇者と同じベッドで寝る⁈
…………え?
だけど、私の困惑を他所に、魔王様は呑気な事を言う。
「カーラ、お腹が空きました。ご飯に行きましょう。キャルシィ、行きますよ!」
「…は、はい」
…魔王様は強いから、勇者と一緒でも大丈夫だろう。だけど私は…。
でも、私はそんな事を言える立場ではない。私は、不安に思いつつも、魔王様に付いて行った。
魔王様に連れられて食堂に行くと、そこには1人の男性…勇者の父が既に食事をしていた。私は今度こそ何か言われるかと思っていたけれど、勇者の父は困惑はしていたものの、どうやら和平の話は既に耳にしていた様で、案外すんなりと受け入れられた。
…自分で言うのも何だけれど、この家の人族は警戒心がなさすぎると思う。魔族が同じ屋敷に住むというのに。
……これは、私が警戒しすぎなのだろうか?急に勇者の家だとか勇者の妹だとかと言われて頭が追いつかない。
でも、そう思っていたのは最初だけで、直ぐに警戒なんてしなくなってしまった。何故なら、それからの時間が本当に幸せだったからだ。
食べた事もない豪華な食事に、大きなお風呂。ベッドもふかふか。ここは、夢かとも思うほどの楽園だったのだ。
…もちろん、勇者さえいなければとは思うけれど。
だけど、幸せは束の間。その後、地獄が始まった。
「メイ、枕投げをしよう!」
「…はぁ、少しだけですよ。あ、キャルシィは危ないので近付かないでくださいね」
……え?枕投げが危ない?
……どうやら、魔王様は私の事を相当に弱いと思われているみたいだ。もちろん魔王様に比べれば弱いけれど、枕投げくらいで大袈裟だ。
…と思った私は間違っていた。何故なら、魔王様と勇者の殺し合いが始まったからだ。目にも止まらないスピードで行きかう枕。いや、あれは枕ではない。枕な訳がない。私はあんな凶器に頭を預けて寝ていない。
倒れる回数は勇者が多いけど、魔王様も何度も倒される。勇者が倒れる度に魔王様が回復させ、魔王様は倒されても平然と起き上がる。戦いは長期戦になり、終わらない。私は見ているだけで、震えが止まらなかった。もういっそ、耳を塞いで寝てしまいたい。でも、もし寝ている間に私の元に飛んできたらと思うと怖くて目が離せない。
そして、長い長い殺し合いが終わり、魔王様と勇者はベッドに横になった。
「……やっと終わった?」
恐る恐る2人の顔を見てみると、糸が切れたかの様に眠りについている。
…なんて無防備なんだろうか。先程まで殺し合いをしていたとは思えない。
………でも、これはチャンスかもしれないな。流石の勇者ともいえど、寝ていればどうとでもなるはず。魔王様が翌朝回復させるとしても、今攻撃すれば一晩苦しめるくらいはできるだろう。
……ふぅ。
『獣化』『身体強化』
私は勇者のお腹に殴りかかった。今の私にできる、最大の威力で。
「…つぅ!」
…手が痛い。それ以外の感想は無かった。どうやら、私が本気を出したところで勇者には傷一つ付けられないみたいだ。
「…んんっ」
「にゃ⁈」
こ、これはヤバイかもしれない。勇者は寝たまま私の手を掴み、そのまま体を抱き寄せてくる。流石に少しは効いていたみたいで、勇者が起きてしまった様だ。こ、殺されるかもしれない…。
……ん?
…動きが止まった?勇者は私を抱きしめたまま、動かない。
…もしかして、寝相が悪かっただけ?私の全力の攻撃は、勇者を起こす事さえできなかったという事?
……はぁ。敵とはいえ、寝ている相手に攻撃した罰だろうか。全力で抵抗しても動けない。自分の弱さが悲しくなる。
そして私は、どうする事もできずに諦めて眠りについた。
♢♢♢
翌朝起きると、何故か私は魔王様に優しく抱きしめられていた。力はこもっていなかったので簡単に抜け出せそうだ。魔王様を起こさない様に…あれ?勇者が居ない。
ベッドの上にも部屋にも、勇者の姿が見えない。どうやら、勇者は早起きみたいだ。
とりあえず、私も起きて顔を洗いに…。
「ぐふぇ…。んぅ…」
…え?ベッドから降りると、何かを踏んだ。
…勇者だ。…どうやら、勇者は早起きなのではなく、寝相が悪かっただけみたい。こんなに大きなベッドから落ちるなんて可哀想な人だ。
…ん?…でも、何故か勇者の頬は大きく腫れている。寝る前は腫れていなかったと思うし、勇者がベッドから落ちたくらいで頬を腫らすとは思えない。どういう事だろう。
結局、その理由は分からなかったけど、魔王様が勇者の腫れを回復させる事は無かった。




