45話 キャルシィ 2
魔王様は、魔王様と呼ぶ事を禁止すると言った。私は、どう呼ぶのが正解か分からず、思わず最初に浮かんだ呼び方を口にした。
「えっと…。メイ…お姉ちゃん?」
おそらく年上なので、そう呼んでしまったが、口にした後に、流石に不敬だという事に気が付いた。だが、魔王様は怒ることなく私の頭を撫でてきた。まるで、本当の姉の様に感じるほど優しく。
魔王様は私を試しているのか、ただ優しいだけなのか。会ったばかりの私には分からなかった。
その後、勇者が自己紹介してきたので適当に流すと、勇者は自分が『お姉ちゃん』と呼ばれなかった事に不満を言ってきた。私は勇者の事を姉と呼ぶなど、絶対に嫌だと思っている。だが、この勇者は自分も姉と呼ばれるものだと思った様だ。どういう思考をしていれば、私がそう呼ぶと思ったのか理解できない。もしかしたら、強いだけで何も考えていない馬鹿なのかもしれない。
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和平を望むと言った魔王様だったが、少し寄り道をすると言った。何でも、魔王様の故郷が近くにあるとか。そして、魔王様は直ぐに着くと言い、少しの間、私に背中に乗る様にと命令したきた。
そして私は、風になった。
目を開けるのがやっとで、私は振り落とされないように、必死でしがみついた。
確かに、直ぐ着いた。だが、決して近くではなかった。私の足では、数時間かかったに違いない。その距離を、魔王様と勇者は、休憩することなく移動した。驚きよりも、恐怖の方が強かった。
魔王様の実家に着くと、魔王様の父が大怪我をしていた。ドラゴンに襲われたそうだ。可哀そうだと思うが、手足の欠損はどうすることもできない。
だが、そう思った瞬間、私の中の常識は簡単に覆された。魔王様は、息をするかの様に回復させたのだ。欠損した手足は修復され、最初から怪我などしていなかったかの様に、完全に治っている。
そして、私は気付いた。私が命を懸けて勇者の手足を捥いだところで、魔王様は即座に回復させてしまうという事を。私が勇者にやろうとした復讐は、魔王様が近くに居る限り、叶わないという事を。
私は何をやれば良いのか分からなくなった。
だが、その夜に私は考えを改めた。なぜなら、魔王様は勇者を痛めつけたからだ。しかも、自分の手ではなく、父を強化させて。しかも、勇者が攻撃を食らった瞬間、魔王様はとても嬉しそうに笑った。
私が何もしなくても、魔王様は勇者を痛め続けるのではないか。私はそう思った。…私もチャンスがあれば行動する。それだけで十分だと思った。
そして翌朝、ついに私達は人族の王が住む地へと向かう。これから私は、魔族だと恐れられるかもしれない。王都に着くまで、着いてからも。この村では一切無かっただけに、少しだけ怖くなってきた。
だが、それよりも怖いものが、私の目の前に現れた。
闇…。
それ以外の表現が思いつかなかった。私の目の前に、人が通れるほどの闇が現れたのだ。そして、魔王様は『キャルシィは呼んだら来てくださいね』と言い、その闇の中に消えていった。
そして、長い長い数十秒が過ぎ、私は呼ばれた。…呼ばれてしまった。…怖い、怖い、怖い。だが、そう思った瞬間に、闇から小さな手が出てきた。魔王様の手だ。
私は魔王様の手をとり、目を瞑って闇に飛び込んだ。
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闇から出ると、そこには数人の人族が居た。恐怖、怒り、驚き。様々な感情が渦巻いている気がする。私は何も出来ず、魔王様の言動に身を任せた。
どうやら魔王様は、この人族たちの知り合いの様だ。しかも、魔王様を恐れる事がなく、魔王様よりも立場が上かの様に発言してくる。魔王様が何も言わないから、事実そうなのかもしれない。
そしてそのまま、私達は人族の王が住む城に向かう事になった。
通された部屋には、既に5人の屈強な男が座っていた。魔王様は、席の中央に座り、微かに震えている。おそらく、武者震いだと思う。魔王様がそうなるほどに、強い人族なのだろう。
だが、相手がいくら強かろうと、魔王様には関係なかった。魔王様が、その中の1人の男に命令すると、その男は素直に従ったのだ。そしてその瞬間、場の空気が変わった。魔王様は、恐怖で支配したのだ。国王も例外ではなく、すぐに魔王様に従い、和平を決めた。文句なく、魔王様の完全勝利だ。
名目上は和平であるものの、人族は魔王様に完全に服従した。本当に、魔王様は凄い人だ。
他人の弱体化や強化、回復魔法に闇の魔法。更には、言葉だけで支配する圧倒的な力。今後、この魔王様を超える存在が生まれる事はないだろう。私は、そう確信した。
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「キャルシィは冒険者になりますか?」
王城からの帰り道、魔王様が私に聞いてきた。魔王様は、人族として冒険者をやっているそうだ。配下として一緒に居るべきだろうが、私と魔王様では実力が違いすぎ、足手まといになってしまうだろう。
「えっと。私は弱いので…」
「そうよ!キャルシィをカーラと一緒に行動させるのは危険よ!」
すると、行きで私の頭を優しく撫でてきた、サクラさんという女性が、そう言ってきた。…勇者と一緒に行動は危険。やはり、勇者は何をするか分からない悪の権化。そういう事だろう。だが、この女性は人族だ。この人は、勇者よりも、魔族である私の心配をしてくれているのか?
「…そうですね。一緒に冒険したかったですけど、カーラが居るので無理ですね」
「じゃあ、受付嬢なんてどう?私がいろいろ教えてあげるわ」
「それはいい考えです!サクラさんが居れば安心ですし。キャルシィ、受付嬢になりましょう!」
「…え。はい」
私は受付嬢がどういう仕事なのか分からなかったが、魔王様の命令は絶対だ。魔王様がなれと言った以上、私は受付嬢になるしかない。
「良いですよね、ギルマス!」
「あ、あぁ。試験に受かればな」
会話的に、この男性はサクラさんの上司だと思われる。そして、魔王様の命令を遂行するには、その試験に合格しなければならない。…絶対に合格しなくては。
そして私は、ギルドに到着すると試験を受けた。魔王様は勇者と依頼を受けるという事で、ギルドで別れた。魔王様は、このサクラさんという女性をかなり信用しているようだ。魔王様が信用しているなら、私も信用するべきだろう。
試験の内容は、計算と魔物の知識が主だった。はっきり言って、私にとっては簡単だった。おそらく満点か、それに近い数字だろう。その後は面接をされ、後は結果を待つだけだ。
「凄いわ、キャルシィ。満点よ!」
そして私は、無事に合格する事が出来た。これで魔王様に失望される事はないだろうから、一先ずは安心だ。
「満点合格はサクラ以来だな。…サクラ、キャルシィの教育係をやれ。お前の最後の仕事だ」
「分かりました。よろしくね、キャルシィ」
「はい、よろしくお願いします。サクラさん」
それからサクラさんが私に仕事を教えてくれる事になり、私の人族領での生活が始まった。魔王様が信頼するサクラさんが、教育係をしてくれるのはありがたい。だが私は、ギルマスの言った『最後の仕事』という言葉が気になった。聞いてみると、サクラさんは近いうちに受付嬢を辞めるそうだ。理由は教えてくれなかったが、魔王様と勇者には秘密にしてくれとの事だった。
♢♢♢
夕方になり、魔王様達がギルドに戻ってきたので、今日の仕事はそこまでとなった。暫くの間は、仕事の始まりと終わりを魔王様の行動に合わせて良いという事になった。私が魔族だからだろう。
そして、魔王様達に付いていくと、他の家とは比べ物にならないくらいの、大きな屋敷に連れて行かれた。
「ここが、人族領での魔王城ですか?」
「違いますよ。カーラの家です。これからは、ここに一緒に住みますよ」
私は、勇者の家と言われ、心配になった。危険ではないのだろうか。…魔王様なら何処でも大丈夫だろうが。
「おかえりなさいませ、カーラお嬢様、メイお嬢様。…カーラお嬢様、どういうおつもりでしょうか?私目には、その者が魔族に見えますが」
「キャルシィだよ。今日からこの娘も一緒だよ」
屋敷に入るなり、魔王様達を出迎えた初老の男性は、私に警戒の目を向けてそう言った。やはり、私が魔族というだけで危険視されているのだろう。
「…ご領主様はご存知でしょうか?」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。父さんには今夜言うから」
「…かしこまりました」
この男性は納得していない様だが、勇者に逆らえない立場の様だ。
それから私は部屋に案内された。どうやら、魔王様と勇者と同じ部屋で過ごす様だ。これはチャンスかもしれない。流石の勇者ともいえど、寝ていればどうとでもなるはずだ。魔王様が翌朝回復させるとしても、一晩苦しめるくらいは出来るだろう。
そして私は、夕食で勇者の父に紹介された。勇者の父は困惑していたが、どうやら和平の話は既に耳にしていた様で、案外すんなりと受け入れられた。
それからの時間は、本当に幸せに感じた。食べた事もない豪華な食事に、大きなお風呂。ここは、夢かとも思うほどの楽園だったのだ。…勇者さえいなければ。
だが、幸せは束の間。その後、地獄が始まった。
「メイ、枕投げをしよう!」
「…分かりました。キャルシィは危ないので、近付かないでくださいね」
そして、魔王様と勇者の殺し合いが始まった。目にも止まらないスピードで行きかう枕。いや、あれは枕ではない。枕な訳がない。私はあんな凶器で毎日寝ていない。
倒れる回数は勇者が多いが、魔王様も何度も倒される。その度に魔王様が回復させ、戦いが終わらない。私は見ているだけで、震えが止まらなかった。
私は間違っていた。魔王様が凄すぎて誤解していたが、勇者も十分にバケモノだった。私なんかが足掻いたところで、どうにもならない。
そして、長い長い殺し合いが終わり、魔王様と勇者はベッドに横になった。2人は直ぐに眠りについた。
なんて無防備なんだろうか。効果は無いと分かっていても、私は思いっきり勇者のお腹に殴りかかった。
「…つぅ!」
…手が痛い。それ以外の感想は無かった。
「…んんっ」
「にゃ⁈」
勇者は寝たまま私の手を掴み、そのまま体を抱き寄せてきたのだ。私は全力で抵抗したが、動けない。
…寝ている相手に攻撃した罰だろうか。私はどうする事も出来ず、諦めて眠りについた。
♢♢♢
翌朝起きると、私は魔王様に優しく抱きしめられていた。勇者とは違い、力はこもっていなかったので、私は簡単に抜け出すことが出来た。だが、私はある事に気が付いた。勇者の姿が見えないのだ。
そして、私がベッドから降りると、何かを踏んだ。
「ぐふぇ…。んぅ…」
勇者だ。…なんて寝相が悪いのだろうか。こんなに大きなベッドから落ちるなんて、普通は出来ないだろう。…だが、少しおかしい。勇者の頬は大きく腫れていたのだ。寝る前は腫れていなかったと思うが、どういう事だろうか。結局理由は分からなかったが、魔王様がその腫れを回復させる事は無かった。




