242.たまには畑でのんびりと 2
単純にお友達を増やせば良いか、と思っていたけど…… キャスたちが貴族の友達も作るべきだと言ったのはこういうことなのだろう。
まあね、追々とよ。追々と。一気にやろうとしてできることでもない。
目標は次の社交シーズンまでにお友達を増やすことなのだから。
そうすればお茶会とか、夜会とか参加することもあるだろう。
「あ、そうだ。ライル……あなた、『聖なる乙女』に会ったことある?」
「『聖なる乙女』? って神殿にいる??」
「彼らは神官……かまたは候補と呼ばれる人たちね。最近聞いたのだけど『聖なる乙女』がライルにポーションを作るように進言したって」
「いや、進言なんてできるわけないだろ。そもそもポーション作れるかもって言いだしたの、魔術師団長だし」
「時系列としてはそうだけど、ライルに作らないんですか? とか言った子もいない?? ほら、言っただけっていうのもあるだろうし。」
私がそういうとライルは少し考え込む仕草をした。
そしてゆっくりと頭を振る。
「やっぱり覚えはないな。どうせ伯父上が勝手に噂ばら撒かしてるんじゃないのか?」
「そうだと良いのだけどね。カナン侯爵も絡んでるからよくわからなくて」
私はキャスたちから聞いた話をライルたちに話して聞かせた。
聖なる乙女がライルにポーションを作るように進言した話、そしてカナン侯爵が聖なる乙女に祝福を受けた話を。
「聖なる乙女の祝福ぅ? なんだそのあやしいの」
「あやしいなんてもんじゃないですよ。普通に詐欺の気配しかしませんね」
ライルとジルの言葉に私は苦笑いを浮かべた。たしかにあやしさ満点だ。
ただ吹聴している相手が相手なだけに、そう簡単に切り捨てることもできない。
フィルタード派の一人ではあるんだけど、カナン侯爵を使ってまで『聖なる乙女』を強調する理由は何だろうか? まさか神殿の熱心な信奉者というわけでもないだろうし。ポーションができたことで損をしてるわけでもないはず。
そうなるとカナン侯爵の発言は、フィルタード派としてなにか目論見があるように感じる。ただその目論見がさっぱりわからないのだけど。
「聖なる乙女って、神殿から承認を受けないと名乗れませんよね? 聖なる乙女を騙るって、罪に問われないんですか?」
「私もそう思って調べてみたわ。聖なる乙女を騙るのは罪に問われるけど、候補と名乗る分には罪に問われないの」
「それじゃあ……」
「でも、カナン侯爵が『候補』と言い忘れただけ。と言われたらそれでお終いなのよ。きっと『聖なる乙女』は新しく教会に承認されていない。だから『聖なる乙女』と言えば『候補』のことに決まっているだろう? って」
そういうと、シャンテは眉間にしわを寄せて「言葉遊びみたいですね」といった。
言葉遊び、と言われればそうなのだけど…… これが貴族のやり方なのだろう。婉曲な言い方で、どちらともとれるように。
そうすればもしものときは、逃げ果せることができる。
なにせカナン侯爵は商人だ。
侯爵位を持っていても、根は商人として損得勘定をしている。だからこそ大規模な商団を率いることができているのだし。商業ギルドだって無視できない存在。
フィルタード派にいるのだって、自分たちの利益になるから。古参と新参の侯爵家が手を組むと、両方の派閥から支持を受けられる。だからこそ王家も後手を踏んでしまうわけで……とにかくとても厄介なのだ。
「聖なる乙女って……ファティシア王国を建国するときに手を貸してくれた人だよな」
「そうね。ファティシアの名前の元になった人でもあるわね」
「へーそうなんですね!」
「リーン……結構最初の頃に習っただろ?」
「え、そうでしたっけ??」
ライルの言葉にえへへ、とリーンが頬を指でかく。
私はライルに、ファティシアの名前の元になった人の名前は? と聞いてみた。
「えっ!? な、名前? えっと名前は……」
「ライル様も最初の頃に習ってるんですよ?」
「うっ……じ、ジルは覚えてるのかよ……」
「覚えてますよ。ファルティシーア様、ですよね?」
「ジル正解。入学試験に出るわよ。これ」
そういうと、ライルとリーンはお互いに顔を見あわせる。そんな二人にジルが、復習しましょうねと声をかけた。二人は大人しく「はい」と返事をする。
きっとジルが中心となって復習してくれるだろう。昔は一歩引いていたジルも今では二人を引っ張り、面倒を見る側になった。まあシャンテが私の側にいるせいもあるが。
そんな三人をベルが不思議そうな表情で見ている。どうしたのかと声をかけると、聖なる乙女には名前があったのですね、といわれた。
「そ、そうね。聖なる乙女は称号だもの」
「そう考えると、そうなんですけど……聖なる乙女は聖なる乙女、という人? うーん神様? に近いですかでね。我々平民からするとそんな方なので……」
「そういうもの?」
「神殿治療はお金がないと受けられませんし、今はポーションがありますしね。象徴的な存在であるのはわかるんですが……祈る方、に近いかと」
「たしかにあまり関わりがないと、神様と同じように思えるかもしれないわね」
「はい。それでその、ファルティシーア様は王族の何方かと結婚なさったのですか?」
「いいえ、してないわ。我が国の建国に尽力してくださったあとは、別の国へと旅立ったの」
そういうと、またしてもベルは不思議そうな表情を浮かべた。何か不思議なところがあっただろうか? そう尋ねれば、物語だと結婚しそうなのに……と言われてしまう。
たしかに物語だと結婚してそうだ。建国に尽力した聖なる乙女と王族。その二人が国を盛り立てて豊かにしていく。まさしく大団円。
――――そうならなかった理由を、私は知っている。
「あのね、聖なる乙女だけが建国に尽力してくれたわけじゃないの」
「というと?」
「聖なる乙女は、旅をしていたの。女性一人じゃ旅はできないでしょう?」
「そうですね。あ、もしかして……」
「そうよ。聖なる乙女と一緒に旅をしていた人たちの中に、彼女の恋人がいたの。たぶん、当時の王家としてはまだ求心力も弱いだろうし打診はしたと思う。でも断られたんじゃないかしら?」
「その辺りは……?」
「伝わってないわね。でも、聖なる乙女一行がこの国に留まらずに旅立ったのだからそういうことなんじゃないかしら? 一応、愛する人がいたって記述もあるし……」
二人を別れさせてまで一緒になるなんて考えはなかったのだろう。
それって恩を仇で返すってことだもの。
それに建国したての国はなにかと不安定だ。建国に尽力してくれた聖なる乙女とその一行を蔑ろにしたと知れたら、一気に国は傾くだろう。
沢山のお礼の品を渡して、送り出したとあったが……そのあと聖なる乙女とその一行がどうなったかは書かれていなかった。どこか別の国に永住したのか、それとも生涯旅を続けたのか。別の国の同じ年代の歴史を探ればわかるかもしれない。
「でも良いですね。悪い王様なら、無理矢理結婚を迫りそうです」
「そうねぇ。そんな物語もあるものね」
「――――そんな物語なら、我が国にありますよ?」
背後から聞こえてきた声に、ドキリとする。
全員の動きが止まったのがわかった。
チラリとアッシュとリーナに視線を向ければ、二人は少し悔しそうな表情を見せている。
つまり近づいてくるまで気がつかなかったのだろう。
振り返りたくない。振り返りたくないが、振り替えざる得ない。
なぜここにいるのか、いや……今の彼の立場を考えればいてもおかしくはないのだけど。
「……シュルツ卿、お久しぶりです」
私がそう絞り出すと、彼はにこりと微笑み騎士の礼を返してきた。
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