240.聖なる乙女、とは?
キャスとルナーレは他にも色々な噂話を教えてくれた。
これは商家の子だからなのか、それとも私たちがあまりにも噂に無頓着だったのか。
『聖なる乙女』と呼ばれる子も気になるし、カナン侯爵の言葉も気になる。
聖属性がなんだか誇張されてるようにも感じるし……
もしも、単純な魔力量が私と大して変わらず、ヒロインと呼ばれる少女に聖属性以外の能力があるのであれば……それは『聖なる乙女』として、承認されるのではなかろうか?
私が持ってるのは普通の聖属性の力だし。
ヒロインの特別な力となると、神殿だって特別な力を重視するだろう。なりたいわけではないが、なかなか悩ましいところだ。
「それにしても、聖なる乙女って……そもそもなに? そんなに大層な人なの??」
キャスがそう口にすると、ルナーレは信じられないという目でキャスを見た。
キャスはキャスで、え、そんなに? という表情になる。
こればかりはもう、仕方ない。仕方ないのだ。
そもそもファティシア王国自体は多神教国であり、信仰は個々の自由。
つまり神様を信仰するのも、信仰しないのも自由、なのだ。それは聖なる乙女に関しても言える。
そして神殿。
これに関してはむしろ神殿で『聖なる乙女』を祀ったことにより、多神教国になったとも言えるだろう。当時一悶着あったらしい。そう王家に伝わる文献にはあった。とはいえ、神殿に祀ること自体は歓迎されたのだけど。
たぶん、聖なる乙女を祀ることで他の神様を蔑ろに……と思われたのかもしれない。だが実際は信仰は自由。と、なったので受け入れられたのだろう。
「えっと、えーっとキャスの家は何か神様を信仰していないの?」
「うち? うちは……豊穣の神様と、商売の神様を信仰してるかな。とはいっても、親に言われて祈る程度だけど」
「多神教国だとそういう感じよね。私も個人的に祈る神様がいるかといわれると、ちょっと出てこないわね。もちろんどんな神様にも感謝はしているけど」
「でも大体がそんなもの、だでしょ?」
「そうね。でもその中でも神殿は特別なのよ。『聖なる乙女』を祀っているから」
「その特別がよくわからないんだけど?」
「聖なる乙女はね、ファティシア王国の建国に深く関わっているの」
私はできるだけわかりやすく、ファティシア王国の成り立ちを説明した。
ファティシア王国は――――
とある国から別れ、四つの侯爵家と王族の一部がたどり着いた土地にできた国だ。
魔物が蔓延る、穢れた土地。その土地をどうにか人の住める土地にしたい。しかし、それは困難を極めた。そこに現れたのが『聖なる乙女』と一緒に旅をしていた仲間たち。
彼らは魔物によって穢れた土地を浄化して回っていたのだ。
聖なる乙女はこの土地にたどり着いた、王族と四つの侯爵家の願いを受けいれ土地を浄化する手伝いをした。もちろん広大な土地を浄化するのは一朝一夕ではすまない。
それでも聖なる乙女と仲間たちは魔物の脅威を退け、土地を浄化し続けた。
聖なる乙女たちの尽力に感謝した彼らは、『聖なる乙女』の名の一部を使ってファティシアと国の名を付けたと言われている。
「……こんなところかしら?」
「へぇ。でも何で神殿で祀られてるの?」
「聖なる乙女に感謝したから、というのが一つ。もう一つは彼女と同じ聖属性を持つ人を保護するためよ」
「保護?」
「聖属性の力は、魔物を退け土地を浄化するでしょう? それに怪我や病気も治してくれる。そんな人がいたら権力者はどうするかしら?」
「あー……自分たちで独占しようとするな」
「でしょう? そうならないように、聖属性持ちを保護する意味もあって神殿で祀っているの。そうすれば権威的な象徴としても見られるし、下手な真似はできないし」
「でも神殿ってそこまで力あるのか?」
「当時の王族の一人が神殿を建て、聖なる乙女を祀ることに尽力したの。だから当時は王家と近い存在だったわね。今でも神殿には聖属性の人たちを守るための力がちゃーんとあるのよ? とはいっても貴族籍の人の場合は、神殿に属することを断ることもできるのだけど……」
「それはなんで? って、あーそうか。後継者がいないと困るとか?」
「そうね。それに貴族で聖属性持ちなら、たぶん他の属性も持っている可能性があるし……神殿で奉仕活動するよりも、魔術式研究機関で働いたりする方がいいという考えの人もいるかもね」
とはいえ、平民からの聖属性持ちはほぼ100%神殿に所属する。
神殿は防波堤のような役割を持つわけだ。一番初めに気がついて、彼らを守れるように。だからこそ、神殿が属性の確認をする。
「へぇ……なんか、昔……小さい頃に聞いたことあるような? ないような??」
「ぜーったいに聞いてるわよぉ。神殿で測定したときにも聞いてるわ」
「そうかなぁ?」
「まあ、神殿に関心がないとあんまりね……」
身近に浸透している、といえばそうなのだけど。近すぎるというのも、ほんの少し考えものなのかもしれない。
私はキャスたちのやりとりに苦笑いを浮かべた。
「でもさ、聖なる乙女って神殿の象徴? 的な存在なわけで……神殿が承認しないとダメなのはわかるんだけど、どうすれば承認されるんだ??」
「ああ、承認されるのには条件があるのよ。一つは聖属性があること、もう一つは魔力量が豊富なこと。そして最後は、ファティシア王国に危機が迫ったとき、ね」
「最初の二つはわかるけど、最後のは?」
「そのままよ。文字通り危機が迫ったとき。過去に二回、聖なる乙女と聖なる守護者の承認を受けた人がいるわ」
「聖なる守護者?」
「男性の聖属性持ちのことね」
聖なる乙女のイメージが先行して、基本的に女性が多いと思われがちだが男性にも聖属性持ちはいる。そう伝えると、キャスはなるほどと頷いた。
「ということは、普段はどんなに魔力量豊富な聖属性持ちでも聖なる乙女とか守護者とは呼ばれないんだ?」
「基本的にはそうね……だからカナン侯爵が『聖なる乙女』に会った、という発言の真意がよくわからないわ」
「それってぇ嘘……とか?」
「カナン侯爵が『聖なる乙女』の定義をきちんと理解してるか、にもよるわね。それに候補と抜けているだけかもしれないし」
「候補……? ですかぁ??」
「そうよ。基本的に、聖属性持ちって少ないの。それで魔力量が豊富だともっと少ない。だから魔力量豊富な聖属性持ちは聖なる乙女や守護者の候補、と呼ばれるのよ。何かあったときのためにね」
私が聖属性持ちだとわかったときも、お父様は私を『聖なる乙女』の候補と呼んだ。それはこういった事情があるからだ。
とはいえ、何かあることは希なのだけど。
「つまりどちらともとれちゃうってことですねぇ」
「そうね。カナン侯爵と直接話せればわかるだろうけど……そう会う機会もないもの」
「王族なのに?」
「王族だからこそ、かしら? だって侯爵家はそれぞれの領地を治めてるもの。社交シーズンにでもならない限り、出てこないんじゃないかしら??」
「ああ……社交シーズン……」
社交シーズン、と口に出すとキャスとルナーレは大きな吐息を漏らす。アリシアに視線を向ければ、アリシアは彼女たちを見て微苦笑を浮かべた。
「社交シーズンはぁ……本当にーほんとーに大変なんですぅ」
「そ、そうなのね?」
「社交シーズンは上位貴族の家々でガーデンパーティーや夜会が毎日どこかしらで開かれますからね。そして社交シーズンが始まる前に衣装は用意しなければいけません」
アリシアの説明に小さく頷く。そうか。商家の子たちは、自分たちは出なくともドレスや装飾品、そういった物の準備で大変になるのか。
シーズン前から用意するのだろうし……それで流行にも詳しいのね。腑に落ちて、私は腕を組みながら一人でうんうんと頷いてしまう。
「社交シーズン……今年のはもう終わってしまったから、出るとしたら来年ね」
「私たちはラステア国に行ってましたからね」
「つまり、私は来年の社交シーズンまでに好きな物を見つけるのと、流行も気にしなければいけないのね……」
「好きな物はぁゆっくりでいいんですよ。ファラちゃんと本を読むのだって、好きなことじゃないんですか?」
「そうね。それも好きなことだわ」
「まあ、お友達が平民ばっかりなのは問題あるから、私たち以外にも見つける必要はあるだろうけどね」
「そ、そうかしら……?」
「大事ですよぉ。貴族のお友達もぉ」
二人にいわれてしまい、私とアリシアはお互いに顔を見あわせて深い、それは深いため息を吐くのだった。
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聖なる乙女一行は、3巻SSで出てきた聖なる乙女一行と同じです。
二つの国で異なる扱いを受けたわけですね。




