236.悪役令嬢、奮い立つ 3(アリシア視点)
カスティエラ・カナン。彼女はたとえるなら猫のような子だ。
貴族が苦手なのか、話しかけられるとシャッと警戒心を露わにする。
誰に対してもそうなのだけど、お友達になった私にもそれは同じだった。
すがすがしいまでに平等。見ていて面白い。
家名で呼ばれることをあまり好まない彼女。カスティエラさん、と呼ぶとそれもまた微妙な表情を見せる。
「……名前も、家名もダメなの?」
「アリシア様は高位貴族でしょう? さん付けで呼ばれるとなんか、なんかこう……」
「もやっとする?」
「そう! それです」
「そっかあ……じゃあ何て呼ばれるのが良いの?」
「なんてって……好きに呼んでくださって良いんですよ?」
「あのね、私……見てわかるとおり、お友達が極端に少ないの。だから好きに呼んでいいよ何て言われたら、ティアちゃんって呼んじゃうけど?」
それでもいいの? と、彼女に問いかけた。それはそれは嫌そうな表情を浮かべ、せめてキャスと呼んでほしいという。
「キャスちゃん?」
「呼び捨てで」
「きゃ、キャス……? え、なんかすごく、私がドキドキする」
「高位貴族なんだから、それぐらい慣れてるでしょう?」
「慣れてない。慣れてないよ。慣れてたら、お友達が極端に少ないわけないじゃない!」
「お友達って……取り巻きとかいないの、ですか?」
「いやいやいや……普段の私を見ていたらいないのわかるでしょう?」
「……あれって、王女様に合わせてるわけじゃないんですか?」
合わせてる、とは? 私が首をかしげると、カスティエラ改めキャスちゃんは逆に不思議そうな表情を見せた。
んん?? 私とルティア様の関係を何だと思ってるのだろう??
「私、普通にルティア様とはお友達なの」
「普通に……? 第二王子殿下の姉だからじゃなくて??」
「ふつーにお友達。小さい頃からずっと一緒にいてくれる、私の大切なお友達、です!」
「ふぅん……なんか、聞いてた話と違うな……」
「聞いてた話?」
「えっと……第二王子の婚約者だから、同じ年の姉と仲良くしてるって。ファーマン侯爵家の支持基盤を整えたいからって聞いてます」
「そんなことは全くないかな!?」
え、私とルティア様はビジネス友達だと思われてるの!? そんなのってない!!
私が驚いていると、キャスちゃんは他にも色々な噂話を教えてくれた。
曰く、大人しそうに見えてアリシア・ファーマンは第一王女を裏で操る悪女である。
曰く、第一王女を裏で虐めている。
曰く、王城に勝手に行ってライル王子やロイ王子に言い寄っている。
曰く、曰く、曰く……
ひえっと喉の奥で悲鳴を上げる。
そんな嘘がばら撒かれていたなんて全く知らなかった。もしかしてそのせいで、バラバラに行動していても話しかけてくれなかったの!?
珍獣のような扱いに、ようやく納得がいく。
私は両手で顔を覆いながらキャスちゃんに訪ねる。
「……その噂を流したのは、どなたかしら?」
「……フィルタード派の貴族家子息子女ですね」
「みんな、その噂を信じてるのかな……?」
「どうでしょう? 普段の行動を見てる限り、噂が本当ならよっぽどの女優ですけど」
「ソンナエンギガデキタラスゴイネ」
片言で話すと、キャスちゃんはあさっての方向を向いた。
「私、人見知りなの……」
「そんな感じですね」
「そうなの。だから、小さい頃にルティア様とお友達になってから……お茶会でるの面倒だなって」
「お茶会でるの面倒だなって侯爵令嬢がこの世に存在するんですね」
「いるよ! 今、ここにいるよ!! あと、領地で色々開発? とかするの楽しくて……!! お友達はできたし、社交は……そのうち必要に駆られてからでいいかなって」
「その結果が今でてるわけですね」
「そうだねぇ……」
ふふふふ……と遠い目をしながら笑ってしまう。
まさかの怠惰のツケがこんなところに!! 社交って本当に大事なんだな。
断罪されたくないから、領地に引きこもろう。そんなことを考えていた時期もあったけど、勝手に悪女に仕立て上げられていたら意味がない。
まさかライル殿下が入学もしてない現時点で悪女説が浮上しているとは……!
そりゃあね、ゲームの中のアリシアはライル殿下の婚約者だったから横柄な部分もあった。高位貴族のプライドもあるだろうけど。
だから悪女、と呼ばれてもみんな納得したのだろう。
でも今の私はルティア様とただのんびりと授業を受けて、おしゃべりして、たまにポーションを作るお手伝いをして、とちょっとしたスローライフ状態だ。
それなのに悪女だなんて……!!
私という存在をよく知らなければ、きっと信じてしまうはず。なにせうちはファティシア王国に五つしかない侯爵家。その一人娘だもの。
最上位貴族の一角だもの。傲慢でもおかしくないって先入観があるよね……
先入観よくないよ、なんて心の中で思ったところでどうにもならない。
「キャスちゃん、教えてくれてありがとう……今後はもう少し積極的に話しかけたいです」
「まあ、そんなに信じてる人はいないと思う、ます」
「いいの。私の無精が原因だもの」
「でもなんで急にバラバラに行動しだしたんです?」
「それはね、私たち……お友達がいないなって気がついたからデス」
「な、なるほど?」
「カレッジに入れば、自然とできると思っていたの。でもできなかったの」
「王女様と侯爵令嬢、伯爵子息が固まってたらねぇ……」
話しかけづらい、といわれ私は大いに反省する。そうだよね。まずは私たちが個別に動いて、ルティア様に紹介しても大丈夫そうな子を見つけないといけなかった。
普通はワンクッション挟むものだものね。まあ、そのワンクッション挟む、をスルーしてルティア様は自分から話しかけに行ってるけど。
そこはルティア様だから! と思ってしまう。
そしてずっと私に合わせてもらっていたんだなって……
甘えていた、といえばそう。精神年齢アラフォーなのに!! いくら肉体に精神が引っ張られるからといって、ルティア様に甘えすぎなのはダメかもしれない!!
明日からはもう少し頼れるアリシア・ファーマンになろう!
今日はもう諦める!!
心の中でグッと握り拳を作り、その手始めとしてキャスちゃんに流行りを聞くことにした。流行って大事だよね。社交をする上で。ものすごく……
「……今って、どんな流行があるかわかるかな?」
「そりゃあうちは商家ですから。大体のことは?」
「……ちなみに得意分野は?」
「カナンは手広く扱ってるけど、うちは布製品ですね。ほら、こういうリボンとか」
キャスちゃんは自分の髪を結わいているリボンを軽く摘まんで見せた。
繊細な刺繍が施されていて、凄く可愛い。色合いも角度でちょっと違って見える。
「え、凄い可愛い。刺繍が細かい!」
「柔らかいから、本当は結ぶのに向いてないんですけどね。基本はドレスの飾りです」
「柔らかくても髪と一緒に編み込めばいいと思う。そうすれば角度で色味が変わるし、華やかになるよ!」
私がそう告げると、キャスちゃんはちょっと考え込む仕草をした。
そしてスケッチノート? のようなものを取りだすと、どうやるのか聞いてくる。
「えっとリボンがあれば再現できるけど……」
「ある。手持ちのだから、あまり本数はないけど」
「平気。私も髪を結ぶ紐を持ってるから、これを使ってやってみよう」
自分の手持ちのリボンと借りたリボン。この二つを使いながら、ゆるっとした編み込みをしてみせる。
ここぞばかりに前世知識の髪型を披露! となれば良かったんだけど、そこまで目立つ髪型はしたことがない。でも私の伝えたいことはちゃんと伝わったので良しとしよう。
このリボンが広まる手伝いをできるなら万々歳だ。
それからキャスちゃんとはよく話す仲になり、キャスちゃんの商家仲間……というのだろうか? 商家友達?? と運良く仲良くなることができた。
派閥的にはフィルタード派ともいえる、カナン家の子たちだけどね。
それでも貴族に対してちょっと思うところがある、という子たちが多いから敵対心を向けられるかな? と思ったけど、そんなことはなかった。
これはきっとキャスちゃんが予め言っておいてくれていたのだと思う。
優しい心遣いに私は心の中で手を合わせる。
おかげで友達と呼べる子が増えてきた。
そんな中、私は聞き捨てならない言葉を耳にする。
ファティシア王国を支える人たちを蔑む言葉を。そしてトラット帝国こそ、至上の国なのだと褒めそやす。
フィルタード派の貴族家子息子女。
彼らは何もわかっていない。この国がいかに恵まれているかを、そしてどれだけ沢山の人の努力で平和で豊かな国を運営できているかを……!
「――――その言葉は、聞き捨てならないですね」
いつもなら、眉を顰めるだけだった。
でも今は違う。私は、高位貴族の一人として彼らにもの申さねばならないのだ!
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