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”使徒”生誕1/2

 会場の中に入ると、天井や壁、それに床にも術式が刻まれているのが分かった。


 目視解析を行ってみると、精神に干渉する系の術式であることが確認出来る。


 仮面に施していた術式を、より強力にしたもののようだけれど……違う点もあった。

 例えば、魔力を別の場所から引っ張る構造らしく、そこで供給がまだ行われていないのか、まだ現在は未発動の状態。


 これらの術式を壊すかどうか、僕は少し迷う。


 部屋に掛かっている術式に関しては、仮面と違い、下手に壊してしまったらさすがに気づかれてしまう可能性が高いからである。


 とはいえ……そのうちに発動することを考えると、ノーガードでいるのは怖い。というところで、僕は新しい魔術を創る(・・・・・)事にした。


 今までに見た精神干渉系の術式と類似性の高い魔術、それを軒並み弾く魔術式を、数秒の間に作り、発動させる。


 周囲を見る。まだ人はそこまで集まっていない。ちらほらといる程度だ。みな、蝶仮面を着けている。


 なお、ここまで案内してくれた腰の曲がった翁は、先ほど会場の奥へと歩いて行った。

 スタッフなのだろうから、案内以外にもやることがあるようだ。



※※※※



 徐々に人が集まって来た。

 会場内の人口密度が高まっていく。


 ふと、そんな参加者の中にベニスを見つけた。

 蝶仮面をつけているけれど、なんとなく分かる。


 ベニスは、鼻息を荒くして、会場内の机にどんどん置かれていった食べ物に手を付けていた。涎を垂らしながらムシャムシャと頬張っている。


 美味しいから、というわけでなさそうである。

 部屋の魔術式はまだ発動していないので、恐らく、蝶仮面の方の魔術がだいぶ効いているのだ。


 本来ならば、今頃は寮で出される夕食を食べる時間だ。

 ベニスは僕と同じで食べずに来た様子で、つまり空腹であり、そこに正常な判断能力を鈍らせる蝶仮面の魔術が作用した結果こうなっている。


 最初に出会った頃は、鼻もちはならなかったけれど、それでも、どことなくプライドのようなものも見え隠れする男だった。

 それが、魔術のせいとはいえこんな姿になったのを見ると、不思議な同情すら覚えてしまった。


「はふっ! はぶぶぶっ!」


 ベニス……。

 君は……。


 一瞬だけ声を掛けようかと思った。

 けれど、結果的にそれはしなかった。

 僕がいまやるべきことは、ベニスを元に戻す事ではないからだ。


 だから、ただじっと壇上を見つめ、その時を待った。


※※※※



 まもなくして、壇上に白い背広を着た男が現れた。映像でも見た男だ。


「おぉ、神」

「神……」

「……神よ」


 周囲の人間が、口々に、白い背広の男を指して”神”と呼んだ。

 どうやらあの男が”神”のようだ。


 そして、この”神”の登場と同時に、部屋の術式も発動が始まった。そのせいもあって、人々の顔つきや目つきが完全に虚ろそのものになり、この場は異様に不気味な光景となっている。


「今宵もお集まり頂きまして、ありがとうございます」


 ”神”が簡易な挨拶を済ませると、降り注ぐ雨のような勢いで拍手が起こった。参加者が全員拍手したのだ。一斉に一糸乱れずに同じに。


「さてはて、本日は”使徒”生誕の日。待ちにまったその日にございます。――さぁ、選ばれし者よ、上がってくるのです。ベニス・フォンボーくん!」


 ぴくり、と僕の眉が動く。

 まさか”使徒”に選ばれたのがベニスだとは……。

 僕はベニスに視線を移す。すると、ベニスは、虚ろな眼のまま壇上にあがり、”神”の前にひざまずいた。


「ベニス・フォンボーくんは魔専生であり、そして貴族です。……まぁ、魔専生であることは、この街には大量にいますからそう注目すべき点ではありませんね。ベニスくんについて注目すべき点は、この国の貴族である、という一点です。貴族とあれば、本来であれば国へ忠誠を誓い、そして矜持を持ち、国家繁栄の為に邁進すべき未来を選ぶ存在でありましょう。……ですが、君はその道を選ばず、むしろ国を裏切る決断を致しました。――国ではなく”神”にっ! この私にっ! 忠誠を誓うとしたのです! ねぇベニスくん」


「ばぃ」


「あぁ素晴らしい! 君は尊い! ……ところでベニスくん、君は”使徒”になったら、何がしたいのかな?」


「むがつく、やつ、ぶっ殺したい」


「うんうん。それもまた立派な志だ。――ははっ、この国の人間を一人でも多く殺して下さいな!」


 ”神”は、ベニスの肩を柔らかく叩くと指を鳴らした。

 すると、あの腰の曲がった翁が壇上脇の垂れ幕を割いて現れた。滑車のついた机をころころと押して持って来た。


 机の上にあったのは小ぶりの剣が一つと……それと、幾つもの心臓であった。

 並んでいる心臓は、そのどれもが人間のものではない。

 一見しただけで分かる、歪な形と色合いのものであり、全てがドクンドクンと脈うっている。


 なんだこれは、と僕の顔がどんどん引き攣った。

 次の瞬間。

 小ぶりの剣を取った”神”が、ベニスの胸に刃を突き立てた。



「あ゛あ゛あ゛! いだっ、痛ぃ゛っ! 痛い゛痛い゛痛い゛痛い゛!」

「この痛みを乗り越え、そして生まれ変わるのです! ”転生”を経て! 君はっ! ”使徒”になるのです!」


 妙な術式を”神”は発動させた。僕はすぐさまに解析を行う。そして、その正体を看破した。


 いま”神”は”転生”という言葉を使った。だが、それは違う。本物の”転生”を経た僕だから分かる。

 これは転生ではない。

 用意した心臓と、突き立てられたベニスの心臓とを繋げる術式(・・・・・)だ。


 ――”使徒”、それは、人造生命体を現す言葉であったようだ。


 なんとおぞましいことを行うのだろうか。この光景を見た僕は、”神”と呼ばれるこの男が、ただの悪魔にしか見えなかった。

ベニス「俺は人間をやめるぞ! ジャンバァ――ッ!」

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