見せつける
「いかがなさいましたか……?」
「いえ……」
まさか、ベニスがこんな怪しいセミナーに通っているとは、思いもしていなかった。
「誰か顔見知りでもおられましたか?」
どうしようか。
言った方が良いのかな?
いや、言わなくても良いかな。
ベニスだし……。
「全員知らない顔です。一人も知り合いはいません」
「……そ、そうですか?」
「はい。それにしても、これが隣国の諜報部隊による世論扇動の実態だと?」
「……如何ような手法を使ったのかは分かりませんが、参加者はこのように虚ろとなり、壇上に上がった人物を”神”と崇めるように洗脳されるそうです。人々は、”神”に認められ、そして、詳細は分かりかねていますが”使徒“になる為に参加しているとかなんとか……」
使徒になる……?
どういう意味なのだろうか。
世論扇動という前提を考えると、隣国ファストゥーバの為に動く使途になるとか、そういうことかな?
良く分からない。
しかしそれにしても……こんな怪しげな団体がこの学校都市に巣食っているのは、どうにも信じがたいものもある。
とはいえ、現実として、弐番寮に在籍しているベニスがセミナーに参加しているのであって。
団体の存在は確定だ。
「……ところで、参加者の精神状態がかなり怪しく見えますが、日常生活で周囲も異変に気付くのでは?」
「このセミナーに通っている者たちは、外ではいつも通りなようです。このような解脱症状に陥るのは、あくまで会場にいる時のみだそうです」
「部屋そのものに魔術が掛けられている、とかでしょうか。精神に作用するような」
「絶対とは言い切れませんが、恐らくは。……ひとまず、何か隠された別の目的もあるかも知れませんので、”神”と呼ばれる人物を捕え、尋問する必要があります」
どうやら、”神”なる人物を捕縛し、話を聞きだすまでが”頼み事”のようだ。
「……市井に混ざる為に私は学生の身分を得ましたが、しかし、それでも目立つようです。ですから、私自身は大々的な調査が出来ません。そこで、ジャンバ・アルドード、あなたに全てを一任することに決めます。状況が進展次第に連絡をください。これをお渡しいたします」
王女殿下は、僕に指輪の一つを渡して来た。
これには通信用の魔術式が刻まれているようで、指定された相手と、暗号化された連絡のやり取りが可能らしい。
値打ち物の補助具ではあるのだろうけれど、僕からすれば、一見しても分かるぐらいに粗い魔術式が刻まれている物だった。
ふと、改変して見ようかなと思ったけれど……、
「そういえばなのですが」
「はい?」
「対抗戦であなたがお使いになっていた魔術についても、お話を伺いたいのですが……。宜しければ……」
王女殿下は、小太陽に関してですら、こうも強い興味を示していた。
つまり、下手に改変を行うと、今度はそれについても余計な興味を抱かれるのは簡単に想像が出来た。
このまま使うことにしよう。
※※※※
「……もう遅いですので」
「ですが」
「……僕なりに、色々と”頼み事”の準備や計画立ても必要ですし、そちらのことで今は頭がいっぱいになりそうです。ひとまず魔術について横に置いて頂きたいのですが」
「そう言われると……。では、頼み事が終わった後にお願い致します」
「大事なのは魔術ではなく”頼み事”です。そちらにかまけていると、忘れてしまうかも知れません。なので、僕が忘れずに覚えていれば、ですね」
「……絶対に覚えておいて下さい」
魔術について何度も食い下がって来た王女殿下を、僕はなんとか避けつつ、壱番寮の入口まで送って行った。
そして、弐番寮の自室へと戻った。
すると、ベッドの上で寝転がる赤ずきんちゃんが、ちらり、と視線を寄越してくる。
『……どんな話をして来たの?』
そんなことを訊かれた。
特別に隠す必要がある事柄でもないので、僕は全てを話した。
すると、赤ずきんちゃんが顎に手を当てる。
思案する様子を見せるのは珍しい気がしないでもない。
『頼み事はどうこうは好きにすれば良いけど、ただ、精神に干渉する魔術、ね。……ジャンバ、ちょっとこっち来て』
「どうしたの?」
『いいから』
言われるがままに、赤ずきんちゃんに近づく。すると、額にキスをされた。
「……えっと」
『おまじない?』
一体何のだろうか?
よく分からない行動である。
あるいは、僕を誘っているのだろうか?
だとすれば応じる他には無い。
「分かったよ。それじゃあ、赤ずきんちゃんにおまじないのお返しをしないとね」
「うん? お返しってなぁに?」
きょとん、とした顔をしながらも、赤ずきんちゃんはすぐさまに実体化した。分からないフリをしつつも、雰囲気を察したようである。
少し嬉しそうな表情をしているのは、今日は僕から誘ったからかな。
いつも赤ずきんちゃんの方からだからね……。
「ところでジャンバ、その指輪は……」
「これ? 連絡用にって渡されたんだよ」
「ふぅん……」
赤ずきんちゃんは、眼を細めながら、僕の指に嵌っている指輪を一撫でした。
「……欲しいの?」
「違うよ。そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
「……少しだけ見せられるようにしようと思って」
「……?」
「ジャンバは気にしなくていいよ……」
そして、夜は更けていく……。
※※※※
翌朝、僕は早めに起きると、弐番寮の中をうろつくことにした。
ベニスの様子を窺いたかったからである。
すると、遠目にその姿が確認出来た――けれど、ベニスは僕の姿を見つけると同時に逃げ出した。
いつもと変わりがない様子だ。
あの会場にいない時は、本当に普段通りに戻るようだ。
と、そんなことを考えていると、ベニスの兄が僕の目の前を通り過ぎて行った。
「ベニスのやつ、夜遊びに出かけるようになりやがって。……昔からと言えば昔からだが、変なことしていなければ良いんだが」
現在進行形でしていますよ。
※※※※
身支度を整え、学校へと向かった僕は、いつも通りにティティとミアと一緒に講義を受けて過ごした。
本格的に”頼み事”を遂行するのは学校が終わってからである。
時間が過ぎ、本日分の講義が全て終わる。
僕は二人と分かれ、まずは情報収集から行おうとして――
「――ま、待ちなさい、ジャンバ・アルドード!」
校舎の奥から王女殿下が現れ、少し興奮した様子で、ずんずんとこちらへ寄って来た。
「どうかされましたか?」
「ど、どうかされましたかではありません! 昨夜……」
「昨夜? ……”頼み事”のことであれば、それは忘れていませんよ?」
「そうではなく、あの話が終わった後、あなたが部屋に戻った後っ……あんなことを……あ、あんなものを見せて……あんな機能なんて無いのに……いえそれよりも、どういうつもりかしら⁉」
急に、王女殿下が顔を真っ赤に染め上げた。
「いきなりそのような剣幕になられても……。本当にどうされたのですか?」
「それは……その……」
「ハッキリ言って貰わないと、僕も何の事を言われているのか分かりません」
「……えっ……ちというか……。そういえば、私をあんな格好にしたことも、ぐ、偶然かと思って、見逃すことにしていましたが、もしかしたらワザと……」
ごにょごにょと何かを呟かれる。ハッキリ言って欲しい、という僕の言葉は伝わらなかったようだ。
「――な、なんでもありません!」
王女殿下は、いきなりそう叫ぶと、勢い良く横を向いてそして去って行った。
なんだったんだろうか一体……。
困惑を抱いた僕は、ただただ立ち尽くした。
赤ずきんちゃん『少し術式をイジって一時的に一方的に映像と音声を送りつけてあげたの』




