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白く粘つく液体

 魔専学校においては、身分に囚われることのない権利を個々人が持つ、とされている。

 つまり、どのような相手同士であっても、対等である、という理念がある。

 だからこそ、応援団も『学生のうちは上の階級をこき下ろしても構わない』、という風に言っていたのだ。

 けれども、さすがに王女殿下が出張ってくるとは思っていなかっただろう。

 僕もだ。


「いつまで、そうして呆けているつもりでして?」

「そうは言われましても……」


 同学年に王族がいる、という状況は、良い意味でも悪い意味でもかなりレアだ。

 そもそも、絶対数が少ないという前提がある上で、王族は子弟を必ずしも魔専学校に入れるというわけでもないからである。


 このクラスになってくると、市井の学校に通わせるよりも、プライベートで学ばせたり、留学に出すようなケースの方が多い。

 だから、様々な年代の卒業生を集めて話を聞いても、自分が在学中には王族なんて一人も入って来なかった、という人の方が多いハズだ。


 会場が静まり返っているのがその証拠である。赤ずきんちゃんだけは、構わず、「ふれっ、ふれっ、ジャンバ」って踊っているけれど、それは赤ずきんちゃんが人間の事情などあまり関係が無いから。


 この場のほとんどの人の認識は、『え? なんで王女が魔専にいるの?』である。

 だからこそ、この静寂。


 もっとも、一部、ニヤニヤしている連中も見受けられる。

 恐らく壱番寮の人たちだ。

 王女殿下相手に喧嘩しかけられるもんならやってみな、というわけだ。


 なんというズル賢さ。

 しかし、効率的ではある。


 けれども、だ。

 王女相手なら容易く負けを選ぶと思っているのなら、それは誤算だ。

 相手が王女殿下であっても、引くに引けない事情というものが、僕にもある。

 僕の肩には、弐番寮以外の人たちの想いも乗っている……かも知れないからだ。


 ティティとミアの話を聞く限り、他寮も、壱番寮には良い感情を抱いてはいない。

 だから、この試合については、心の底では僕に勝って欲しい、と思っている人たちも一定数は間違いなくいると思われる。


「……王女殿下。ときに、先ほどの心配も忖度も無用というお言葉は真ですか?」

「愚問よ。二言はないわ。……やる気になったみたいね?」


 清々しいまでの即答であった。

 まぁともあれ、これで取り合えずは言質を取れた。

 後は変な逆恨みをされない事を祈ろう。


 僕は覚悟を決める。

 すると、王女殿下が右手を前に出す。その指全てに指輪が嵌められていた。

 どうやら全て補助具のようだ。

 王族ということも考えると、かなり高価で希少な補助具なことは想像に難くない。


 毎年壱番寮が1位であった、とされる理由が分かった気がする。

 魔専の理念に乗っ取り、対等に戦ったとしても、事前の準備段階で既に差がついている。

 今までの代表も、王女殿下ほどではなくとも、実家の金や権力を背景に多数の補助具を保持し、それでゴリ押して来たのだ。


 新入生は魔術に慣れていないものも多い。習っていても、そこまで熟達したものもいない。

 だからこそ、魔専に通うわけだから。

 そんな中でこんな道具を用意しまくったら、無双が出来てしまうのは当たり前である。


 しかし――それは去年までの話だ。

 今年はそうは行かない。

 僕は、小太陽を幾つか創り出すと、宙に浮かべる。


 僕が扱う小太陽を前に、王女殿下を含め、会場中の全ての視線が僕に集まる。

 最初に言葉を発したのは、王女殿下であった。


「な、何かしらそれ……」

「何って魔術ですよ」

「……魔術については、私はこの身分ということもあり、幼少の頃から第一線の一流の方々と知見を得ています。ですが、そのようなものは見たことも聞いたこともないのですけれど?」


 それはそうでしょうね。

 これ創れるのは僕だけだから。


「一流の魔術士であっても、研究者であっても、決して知ることが出来ない”魔術”があると、そういうことなのだと思いますよ」

「……貴殿は、確か、アルドード家と解説が言っておりましたね。アルドード家は承知しております。私が唯一家名を覚えている男爵です。変わり者で有名ですから、望まずとも耳に入って来るのです。……ですが、”狼男爵”がそのような魔術を使って戦うとは、聞き及んでおりません」


 変わり者として、ではあるものの、父上は王族にも名前知られているようだ。

 この事を本人が知ったら、どんな表情になるのだろうか。

 後で手紙のネタにしよう。


「あるいは、世間に知られぬように、アルドード家で秘匿していた魔術の類でしょうか? 魔術士としての研究では名を全く聞きはしませんが……」

「家で隠していた魔術というわけでもないですよ」

「興味があります。この試合が終わったら、お話をお願いしても?」

「それはちょっと……」


 王族と話なんて息が詰まりそうで嫌だ。


 と、そんな会話をしながら、改めて僕は王女殿下を見やる。

 艶のある黒髪、ほっそりとした体躯、清涼さを感じさせる青竹色の瞳。

 傾向は違うけれど、赤ずきんちゃんに、僅かに肉薄しているかも知れない。恐らく、人間としては最高峰に近い美貌だろうか。


 しかし。

 いくら美人だとしても、この王女殿下も壱番寮なのだ。


「……それにしても、あの落書き、王女殿下もよもや賛成とは」

「……落書き? 一体何の話を――」


 ――先手必勝。

 僕は小太陽を同時に幾つも創り出すと、そこから更に、術式に改変を施すことにした。

 このままを当てると殺傷になってしまうからだ。


 僕が行った改変はどのようなものか。

 それは、小太陽を連結(・・)出来るようにする改変である。


 ぽこぽこと音を立て、小太陽から熱色の鎖が生え、お互いにお互いと繋がっていく。すっかりと繋がった小太陽は、円形に王女殿下を囲う。


「こ、これは……」


 急に姿を変えた小太陽に、王女殿下が目を剥いた。

 けれども、僕は気にせず徐々に火力を上げて行く。


「あ、熱い……息が……ほ、補助具があっても、魔術を、使う余裕が……」


 熱さに耐え切れず、降参するのを待つ。 

 つもり、だったのだけれど。


 どうにも、小太陽の火力を僕はミスってしまったらしい。

 その事が分かったのは、王女殿下が膝をついてすぐだった。

 どろり、と王女殿下の制服が溶けだしたのだ。


「……あっ、やばいっ」


 慌てて僕は小太陽を消す。しかし、時すでに遅しであった。

 そこにいたのは、制服がすっかりと溶け、下着も半失状態で気絶する王女殿下であった。

 溶けた魔専の制服が白を基調としている事もあって、王女殿下の裸体の随所に、白く粘つくべっとりした液体がこびりついている。


 こ、これは……。


 ぶもわ、と僕の額に冷や汗が噴出する。

 勝つ気はしていたけれど、僕は、相手をこんなにえっちぃ格好にさせるつもりは無かった。

 しかし結果的にそうなってしまった。

 それも王女殿下に対してだ。


 僕の流す冷や汗の量が増え、滝のようになったところで、会場が一斉に沸き立った。



『な、なんという大番狂わせ! 王女殿下に何一つの魔術を使う事すら許さず! 完封だぁあああっ! 解説である私も魔専の学生としては長く、今年が最後の年となっておりますが、壱番寮が何も出来ずに初戦で敗退など見た事がありません! そして、ジャンバ・アルドード弐番寮代表が使ったその魔術! こんな魔術も見た事も聞いた事もありません! 本当に新入生なのでしょうか⁉ ――その秘めたる才覚と連なる将来性を称して、彼に贈りたい【麒麟児】の名を! ……ところで……そ、それにしても……勝つだけならまだしも、王女殿下をこのような、とてつもなく男性の本能を刺激するような格好にさせたジャンバ代表ですが、これはやりすぎではないでしょうか。相手も相手ですので、彼の今後の人生が少しばかり心配になります』

この液体は服が溶けたものなんだからね! セーフなんだから!

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