2 一人目との出会い
「なあ少年。何でおまえ、毎日毎日こんな大雨の日まで薪割りなんてやってやがる?」
そんな声がかけられたのは、いつも通りに薪割りをして、そろそろ寝床へ帰ろうかという時間だった。
内心では飛び上がるほどびっくりしつつも、ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには一人の男がこちらを見据えて佇んでいた。
「雨だからって休んだら、食うものが買えない」
質問の意図が全く見えないが、律儀に答えるのは相手に逆らう理由がないからだ。
「ガキは親が食わせるもんだろう。親はどうした。死んだのか?」
役割演技者には親はいません。そもそも俺、生まれた時もう13歳だったし。
つい余計な事を考えて返事をしそびれた俺を見てどう思ったのか、男はバツの悪そうな顔をして頭を掻いた。
「ちっ。お前もかよ。最近多いんだよな、親ってナンデスカって顔する奴」
「それは、おかしなことなのか?」
その言葉を聞いて思わず訊ねる。
この世界には役割演技者が俺以外にも数多くいる筈だ。彼らの唯一と言っても良い共通点は、産んだ親がいない、という事。
当然、役割演技者ではない人々もその事に疑問を持つ事は無いと思いこんでいたのだが…。
「親の顔を知らないって事ならおかしくはねえんだけどな。初めから親が存在しないなんてあるわけねえだろ」
なるほど。一つ、隠すべき事を学んだよ。本来なら感謝の言葉の一つも伝えるべきなんだろうが、この時俺はどうしてもそんな気分になれなかった。
自分でも気づかないうちに体が強張っていく。
この男は決して悪人ではないのだろう、とは思う。根拠の無いカンだ。
でも何でだか、こいつ、嫌いだ。もしかしてこれは、
「なあ、兄さん。あんた、身分とか、地位とか、高い人、か?」
劣等感を感じてるんじゃないだろうか。
「あ?あー、まあ。一応な」
…大当たりだ。
何でだよ!直感的に良いヤツっぽいと思ってんのに!
出来るものならここで顔見知りになっておいて後々の布石を作っておきたいさ!
それでも俺は、そうすることが出来なかった。
自分の野心や自信が、劣等感に追いつかないからのようだ。
「何で俺になんか声をかけてきたのかは分からないけど、仕事以外の話をしたのは兄さんが初めてなんだ。そのことはすごく嬉しかった」
何故かムカムカとする気分を何とか抑えつけて、必死に言葉にする俺へ、男は輝くばかりの笑顔を向けてきた。
「そうなのか?なら思い切って声をかけてみたのは正解だったな。毎月辺境警備に来ると絶対に一人で薪を割ってるからかれこれ一年、ずっと気になって…」
「だけど!俺、ダメなんだ。貴族とか、将校とか。理由もなく体が震えるくらいに」
主にイライラ感で。
「…そうか」
叫ぶように告げた俺に、それでも彼は微笑んだ。
「強くなる道はいくらでもある。今日一日ずっと見てたが、お前全く休まずに薪割ってたろ。そんだけ体力があれば後は腕を磨けばいい。まあ頑張れや」
何で鍛えるために薪を割ってるのがバレるんだ。
「お前が幸福になれることを祈ってるよ。じゃあな」
くっそ!なんかめちゃくちゃカッコいいじゃねえかよ!名前知らねーけど。俺だったら話を遮ってケンカ売ってくるガキに微笑むとかムリ。絶対ムリ。ソンナヒトニ、ワタシハナリタイ…じゃなかった。グロース皇帝も人格者だって噂だけど蹴落として反乱を達成しないといけないんだよな。
なんだか心が寒い。本当にこの人生はツラいことばっかりだ。
悲しみを上塗りするかのような大雨に打たれながら、俺は今度こそ寝床へ帰るために歩を進めた。