第113話 攻略開始:潜入
木曜日、午前二時。
作戦開始時刻ぴったりに、インカムの向こうが一気に騒がしくなった。
氷結音。爆音。悲鳴。通知音。
今日の騒ぎは、全部こちらの都合だ。
「第一陣、接敵しました!」
インカム越しに、佐藤女史のよく通る声が聞こえる。
「カイザー班、右へ寄せて下さい! 雑魚は無視、レプリカボス優先ですわ!」
「了解しました」
田辺さんの返答は相変わらず落ち着いていた。
こういう時、声が静かな人は助かる。
俺は創成川沿いの境界線で、スマホの電源を切った。
画面が真っ黒になる。
これで俺はただのおっさんだ。
夜中に一人でススキノへ向かう、どう見ても不審者だが、少なくともシステム上は「プレイヤー」ではなくなる。
「モモカ、境界は」
「い、維持してますぅ……! でも、すごい勢いで押されてます!」
「無理はするな。抜かれそうになったら退いていい」
「は、はいっ」
さて、行くか。
息を整えて境界線を越える。
スマホを切っている今の俺に見えるのは、普段より人通りの少ない夜のススキノだけだ。
ただ、周囲の店から漏れてくる「スマホが繋がらない」「電気が落ちた」といった苛立った声で、界の異常がまだ街に居座っていることだけは分かる。
作戦は上手く回っている。
問題は、ここからだ。
俺はネオンの消えた路地を南へ進んだ。
普段なら酔っ払いと客引きでごった返している辺りも、今夜は妙に静かだ。
足が重い。正直怖い。
だが、スマホを点ける方がもっと怖い。
インカムから断続的に報告が入る。
「北西ブロック制圧!」
「第二湧き、来ますわよ!」
「っ、まだ持ちます、たぶん!」
みんなが騒がしく命を張ってくれているおかげで、俺は一人で黙々と歩けている。
ありがたい話だ。
南七条。
玉宝禅寺祖院の山門が見えた。
先日に一度見た場所なのに、今夜は別物だった。
寺の周辺だけが妙に人気がなく、電子看板の表示もところどころ崩れている。
「……社長、そちらは」
佐藤女史の声が割り込んだ。
「着きました。今から起動します」
「了解。死なないで」
「努力します」
俺は山門の陰にしゃがみ込み、スマホの電源を入れた。
起動画面の読み込みがやけに遅い。
やがてAR画面が立ち上がり、警告が赤く点滅した。
『WARNING: System Overheat. Force close in 00:58』
そして、AR画面の境内中央にいた。
馬鹿でかい狼が、ゆっくりこちらを向いた。
白銀というより、ノイズの塊みたいな毛並み。
目だけが妙に澄んでいて、嫌な感じに賢そうだ。
「……いたな」
右腕に『獄怨の杖+5』の重さが乗る。
行くしかない。
この一分を落としたら、札幌ごと詰む。




