第112話 前夜:餃子バーにて
作戦前夜。
餃子バーは珍しく静かだった。
討伐イベントの受付も終わり、明日の役割分担も決まり、後は寝るだけ……なのだが、そういう時ほど寝つけないのが社会人というものだ。
結局、俺はカウンターの端でハイボールを舐めていた。
「さいとーさん」
隣のルイさんが、小皿のザーサイをつまみながら俺を見る。
「ほんとに一人で入るの?」
「そういう作戦ですし」
「いや、そうじゃなくて」
そりゃそうだ。
作戦の説明をしているのではない。
「怖いですよ」
誤魔化すのもだるくなって、正直に言った。
「スマホ切って、モンスターがうろついてるはずの街を歩いて、寺まで行って、そこでようやく起動。失敗したらその場で終了。冷静に考えると頭おかしいですね」
「でしょうね」
ルイさんはそう言って、少しだけ笑った。
笑ってくれた方がこちらも助かる。
「でもまぁ、他に手がないですから。こういうの、前の仕事でもよくありましたよ。誰もやりたがらない深夜作業を、結局いちばん暇そうなおっさんがやるやつ」
「さいとーさんの場合、暇そうなんじゃなくて引き受けちゃうのよ」
「否定できないな……」
マスターが無言で皿を置いた。
焼きたての餃子だ。漂う香りから今日はニンニク強めである。
「食っとけ。死なれると縁起が悪い」
「ありがとうございます」
「死ぬ前提で話さないでよ」
ルイさんが睨むと、マスターは肩をすくめた。
「縁起担ぎだ。俺は昔から負け戦の前に美味いもんを食う主義でな」
「餃子で勝てるようになる気はしないですが」
餃子を頬張る。
口の中で弾ける肉汁が熱い。ニンニクからガツンと感じるパンチ、美味い。
こういう時でも腹は減るらしい。
「炎嵐って、使えそうなの?」
ルイさんが小声で聞いてきた。
「分かりません。詠唱二十小節ですよ。独りぶつぶつ練習してても唱えきれるか分からない長さです」
「使う気あったんだ」
「一応、保険です。使えたらラッキー、使う羽目になったら地獄」
その地獄の可能性が高いから困るのだが。
しばらく黙って飲んでいると、店の奥で片付けをしていたマスターが振り返った。
「さいとーさん」
「はい」
「帰ってきたら、一番高いの開けてやる」
「それ、フラグじゃないですかね」
「知らん。とにかく帰ってこい」
それだけ言って、マスターは洗い場に戻った。
相変わらず不器用な人だ。
日付が変わる少し前、俺は会計を済ませて立ち上がった。
「じゃ、そろそろ帰って寝ます」
「寝られる?」
「たぶん無理ですね」
「私も」
ルイさんはグラスの氷を鳴らしてから、真顔で言った。
「さいとーさん。ススキノ、取り返してきて」
「了解です」
「あと、ちゃんと帰ってきて」
「そっちも了解で」
店を出ると、札幌の夜気はもうだいぶ冷たかった。
スマホの待ち受けには、創成イースト界のマップと、黒く濁ったススキノ界。
俺の仕事は、結局いつも同じだ。
壊れたものを見つけて、直せるなら直す。
明日は、その一番面倒で、一番でかい案件だった。
しかも、失敗したらやり直しが利かない類の。




