第111話 獄怨の杖、最後の強化
イースト界を駆けずり回り、EP稼ぎの雑魚狩りを終えた深夜。
俺はスマホを地面に置き、画面越しに鈍い光を放つ『獄怨の杖』を見つめ、その前に胡坐をかいていた。
さきほどから眺めている『AnotherDimension』の鍛冶メニューだ。
【獄怨の杖 +4】
(被ダメ軽減無効、重量65、装備変更不可、ファイナルストライク解放済み)
「……よし。やるか」
俺は本日溜め込んだ、最後のEPを注ぎ込む。
かつての俺なら、これを日本円に換算して「ボーナス一回分……」なんて皮肉を言っていたかもしれない。だが今は、そんな端金はどうでもよかった。
ただ、この杖を一撃必殺の状態に引き上げること。
それだけが、俺の、いや、札幌の命運を分ける。
カン、カン、カン……。
スマホのスピーカーからハンマーの音が、そして虚空を叩く腕のスイング音が、静まり返った深夜の札幌に響く。
強化成功率は10%。失敗すれば杖のデータはロストし、俺の武器は初期装備の木の棒に逆戻りだ。
「失敗したら……その時はマスターに泣きついて、強い酒でも奢ってもらうか」
自分に言い聞かせ、俺は最後の一振りを下ろし終えた。
【SUCCESS!!】
【獄怨の杖 +5】
(被ダメ軽減無効、重量70、装備変更不可、ファイナルストライク)
スマホがこれまで以上に禍々しい紫電のエフェクトを画面いっぱいに放ち、俺の右腕に吸い付くように激しく振動していた。
「……はは、これじゃ魔法使いっていうより、スマホを振り回す戦士だな」
俺はやり終えて怠さを訴える右腕をさすり、空を見上げた。連続で鍛冶を行ったためか筋肉が強張っている。
向こうに見えるススキノの上空だけが、不自然なまでに暗い。
あそこには、界の主を自称する狼が潜んでいる。
「一応、見学しとくか」
南七条にある『玉宝禅寺祖院』。そこはかつて、ススキノがまだ遊郭街であり赤線地帯と呼ばれていた時代から、この街の裏側で水子たちの供養を密かに引き受けてきた怨念と悲哀の吹き溜まりのような場所だ。
そんな場所が、よりにもよって界の心臓部として選ばれたのは、システムの悪意なのか、それとも単なる偶然なのだろうか。
俺はスマホの電源を落とし、不気味に静まり返るススキノへと足を進めた。
ススキノの煌びやかなネオンを通り抜け、南へ。
忘れ去られたような静かな一角にそれはあった。
玉宝禅寺祖院。
「……ここが」
立ち並ぶ水子地蔵の物悲し気な姿が、暗闇の中で微かに浮かび上がっていた。
しばらくの間、俺はその場で立ち尽くしていた。
スマホの画面越しではない、剥き出しの静寂と、土地が抱える重圧。
ここが、俺が「最後の仕事」を完遂しなければならない場所だ。
ふと、堪らなく胃の辺りが冷え込んでくるのを感じた。
恐怖というよりは、あまりに重すぎる現実を直視したことによる、やりきれなさのようなものだ。
俺はきびすを返し、ススキノの喧騒の方へと戻り始めた。
このまま独りきりで夜を明かすには、今の俺の心は少しばかり摩耗しすぎている。
辿り着いたのは、以前訪れたことのあるあの寿司屋だ。
あの時は上司に連れられてプレッシャーを感じながらの食事だったが、今はただ、この胸の隙間を埋めるための温もりが欲しかった。
「いらっしゃい」
大将の落ち着いた声に、少しだけ肩の力が抜ける。
俺はカウンターに座ると、品書きの黒板に目をやった。
「日本酒。熱燗で頂けますか」
「はいよ。今日はいい太刀魚が入ってるよ」
「……塩焼きでお願いします」
しばらくして、香ばしい香りと共に、程よく脂の乗った太刀魚が運ばれてきた。炭で炙られた皮がぱちぱちと音を立てる。
箸で身を解し、口に運ぶ。ふわりと鼻腔をくすぐる繊細なる脂の香り。
上品ながらも芯のある旨味が、冷え切った身体にじわりと広がっていく。
それを、少し熱めの酒で追う。
喉を通る熱が、胸の奥に溜まった澱を溶かしてくれるような気がした。
「……Flush」
人生は、どうしようもなくクソゲーだ。
だが、こうして美味いもんを食って、不恰好に足掻いている瞬間だけは、悪くないと思える。
「……ごちそうさま。大将、お勘定」
店を出ると、冷たい夜風が火照った頬を撫でた。
俺は一度だけ、暗い空を仰ぎ、寝床へと歩き出した。
新作「支配域の管理論」始めました
あと「札幌クソゲー」もラストまでプロット書いたので頑張って完走したいと思っています。
リアル土地買いたいので評価協力お願いしまーす!




