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第二十一話 死ぬな

早朝の横須賀、桟橋。


弦一郎が軍服を整え、長門へ戻ろうとしていたところへ、伝令が走ってきた。


「少佐、港にお客様がお見えです」


「俺に?」


少し意外に思いながら桟橋へ向かうと、内火艇が岸に着いており、何人かの水兵がそのそばに立っていた。


そして、その向こうに彼女がいた。


千代はきちんとした和服姿で、両手に弁当箱を抱えていた。


自分がここまで来てよかったのか、まだ迷っているような立ち方だった。


弦一郎が近づいてくるのを見ると、彼女の表情がわずかに変わった。


怯えているわけではない。


むしろ、ここに立つためにずいぶん勇気を使った――そんな顔だった。


弦一郎は彼女の前で足を止めた。


「どうしてここへ?」


千代は目を伏せ、手にしていた弁当箱を差し出した。


「あの……昨夜、お帰りにならなかったので」


声はとても小さかった。


「私……朝ご飯を作りました」


弦一郎は差し出された弁当箱を見て、しばらく言葉を失った。


昨夜は逗子へ帰っていない。


だが、彼女がそれを気にしているとは思っていなかった。


「開けても?」


千代が小さくうなずく。


蓋を開けると、おにぎり、玉子焼き、漬物がきれいに並んでいた。


どれも派手なものではない。


だが、以前彼が食べたもの、彼が好んで食べた味を、彼女なりに覚えていて作ったものだった。


弦一郎はしばらくそれを見てから蓋を閉じた。


「ありがとう」


弁当箱を脇に抱える。


千代は俯いたまま何も言わなかったが、耳の根だけが少し赤くなっていた。


弦一郎はそれ以上何も聞かず、内火艇の方へ向かおうとした。


「あの……」


足を止める。


振り返ると、千代はまだ俯いたまま、深く息を吸っていた。


「弦……」


そこで止まった。


弦一郎は黙って待った。


「弦……」


もう一度。


今度はさっきより長く止まった。


いつの間にか、桟橋にいた水兵たちまで何となくこちらを見ている。


そしてようやく、


「弦一郎……」


そこまで出た。


しかし最後の最後で、長年身につけた芸妓としての習慣が彼女を引き止めた。


「……様」


一瞬の間。


「弦一郎様……」


その「様」が一つ付いただけで、呼び方の意味が変わった。


名前を呼ぶのではなく、また仕事の中で男を呼ぶ声になった。


弦一郎はその呼び方を頭の中でもう一度繰り返した。


――弦一郎様。


そして千代を見る。


彼女の顔には、本人でもどうしていいか分からないような困惑が浮かんでいた。


逗子の家で、自分は言ったはずだった。


――弦一郎と呼んでくれ。


それだけでいい。


「弦一郎様って何だ……」


思わず心の中でそう呟いた。


それから、静かな声で言った。


「弦一郎」


千代が顔を上げる。


「様はいらない。弦一郎だけでいい」


千代はまた目を伏せた。


今度は耳の根どころか、自分でも分かるほど顔が熱くなっていた。


弦一郎はそれ以上深く考えることもなく、うなずいて内火艇へ向かった。


自分がどれほど大変なことを言っているのか、やはり分かっていなかった。


※  ※  ※


内火艇の発動機が回り始め、船体がゆっくりと岸を離れた。


弦一郎は甲板に立ち、早朝の横須賀湾を眺めながら、片手に弁当箱を持っていた。


桟橋との距離が少しずつ開いていく。


やがて、もう何も起きないだろうと思い始めた、そのときだった。


「弦一郎――!」


弦一郎は振り返った。


千代が桟橋に立っていた。


もう俯いてはいなかった。


和服の裾を早朝の海風に揺らしながら、離れていく内火艇をまっすぐ見ている。


その顔にあったのは、いつもの穏やかな芸妓の表情ではなかった。


もっと別のものだった。


彼女自身の顔。


千代ではない。


田村遙の顔だった。


彼女は大きく息を吸った。


そして叫んだ。


「私の名前は遙――田村遙!!」


早朝の横須賀湾に、その声が響いた。


開いていく距離を越えて、まっすぐ弦一郎のところまで届いた。


桟橋の水兵たちも聞いた。


内火艇に乗っている者たちも聞いた。


遠くの漁船からこちらを振り返る者までいた。


弦一郎は船の上に立ったまま、その名前を聞いた。


田村遙。


桟橋に立つ彼女を見る。


きっと顔は真っ赤だった。


それでも、今度は俯かなかった。


一番本当のものを、自分から、大きな声で伝えた。


弦一郎はしばらく黙っていた。


そして、手にしていた弁当箱を高く掲げた。


桟橋の彼女に向かって。


それだけだった。


言葉はなかった。


ただ、それだけでよかった。


※  ※  ※


田村遙は、桟橋から高く掲げられた弁当箱を見た。


その仕草が何を意味するのか、正確には分からなかった。


でも、届いた。


自分は言った。


ついに言えた。


遙は俯き、胸の中に湧き上がったものをそっとしまった。


その口元が、これまでで一番深く緩んだ。


隣にいた水兵たちは、誰も何も見なかったように、それぞれ別の方向を向いていた。


※  ※  ※


内火艇は長門へ向かって進み続けた。


早朝の横須賀湾は、朝だけに見せる淡い青色に包まれていた。


弦一郎は手の中の弁当箱を見ながら、今聞いた名前をもう一度頭の中で繰り返した。


田村遙。


ずっと「千代」と呼んでいた。


初めて会ったときからそうだった。


本当の名前を尋ねたことさえなかった。


千代というのは、あの世界で生きるための名前だった。


だが今、彼女は岸を離れていく船に向かって、自分の本当の名前を叫んだ。


田村遙。


あの世界に入る前から、彼女が彼女だったときの名前。


弦一郎はようやく、その意味を少しだけ理解し始めた。


彼女は一番本当のものを、自分に聞かせてくれたのだ。


しばらくその名前を胸の中に置いていたが、やがて顔を上げた。


今日、やらなければならないことがある。


長門。


東京湾。


東郷平八郎。


そして最後通牒。


弦一郎は深く息を吸い、「田村遙」という名前を心の静かな場所へしまった。


まずは、今日のことを終わらせる。


※  ※  ※


長門、艦橋。


艦へ戻った弦一郎が艦橋へ上がると、東郷平八郎はすでにそこにいた。


八十二歳。


正装姿で煙管を手にし、背筋を伸ばして艦橋の窓から横須賀湾を眺めている。


その隣には山本英輔が立っていた。


あの鷹のような目が、戻ってきた弦一郎を一度だけ見る。


「戻ったか?」


「はい」


山本はそれ以上何も言わず、再び前を向いた。


艦橋では伝令がひっきりなしに出入りし、各部署から報告が上がっていた。


長門全体が、いつもとはまるで違う空気に包まれている。


慌ただしいわけではない。


むしろ静かだった。


誰もが自分の持ち場にいて、今日何をするのかを知っている。


余計なことを言う者はいなかった。


ただ、大きな何かが始まる直前の、重い静けさが艦全体にあった。


弦一郎も自分の位置についた。


深く息を吸う。


東郷は煙管を一口吹かし、横須賀湾を眺めたまま訊いた。


「準備はよかか」


山本英輔が答える。


「はい」


東郷はしばらく黙っていた。


迷っているのではない。


これまで何度も見た、何かを最後に一度だけ確かめ、それを決定に変えるための沈黙だった。


やがて、東郷平八郎は言った。


「出港」


※  ※  ※


長門が動き始めた。


巨大な艦体がゆっくりと横須賀の錨地を離れ、東京湾へ向かって進んでいく。


弦一郎は甲板に立ち、横須賀が少しずつ遠ざかっていくのを見ていた。


一九三〇年の早朝。


歴史のどの本にも書かれていない光景だった。


本来の時間軸で、長門が今日のような目的で東京湾へ向かったことはない。


これは別の可能性だ。


二〇二六年から来た自分が、この三か月で少しずつ積み上げ、ようやく形にした可能性だった。


航路上の漁船が、長門の巨大な影を見て道を譲る。


商船も同じだった。


一隻、また一隻。


誰も何も言わない。


ただ静かに航路を空けていく。


その無言の動きが、どんな宣言よりもはっきりと一つのことを示していた。


――帝国海軍は今日、この道を進んでいる。


同じ頃、横須賀では山本英輔の三個連隊が東京へ向けて動き始めていた。


その知らせは、帝国の政界と軍部に、池へ石を投げ込んだような波紋を広げていった。


大臣公邸では、報告を受けた誰かが手を止めた。


参謀本部では電話が鳴り、受話器を取った将校が低い声で何かを確認している。


弦一郎は甲板から東京の方向を見た。


遠い海面の向こうに、都市の輪郭が霞んでいる。


幣原を思った。


高橋是清を思った。


経団連を思った。


この三か月で作ってきたものを思った。


根は十分に張られているか。


分からない。


だが今日は、十分かどうかを確かめてから動く日ではなかった。


踏み出さなければならない日だった。


※  ※  ※


その頃、東郷平八郎の手紙はすでに陸軍省へ届いていた。


白い封筒。


毛筆で書かれた文字は、端正で力強かった。


伝令が机の上に置き、静かに退室する。


陸軍大臣・宇垣一成は、その封筒をしばらく見ていた。


すぐには手を伸ばさなかった。


ただの手紙ではないことは、差出人を見た瞬間に分かった。


やがて封を切る。


中には、五人の名前があった。


板垣征四郎。


石原莞爾。


南次郎。


本庄繁。


土肥原賢二。


そして三行。


「四十八時間以内に、以上の人員を引き渡せ」


「理由――謀乱」


「東郷平八郎」


宇垣一成は、その文面を長い間見つめていた。


最後にある「東郷平八郎」という四文字が、ただの署名ではなかった。


山本英輔なら、まだ言いようはあった。


聯合艦隊司令長官による政治的介入だと批判できる。


海軍の越権行為だと言うこともできる。


しかし、東郷平八郎は違った。


その名前には日本海海戦があった。


対馬沖があった。


Z旗があった。


帝国があの勝利から二十五年もの間、積み重ねてきた象徴があった。


宇垣は手紙を机へ置き、窓辺へ歩いた。


外には海軍陸戦隊の一大隊が整然と並んでいた。


誰も動かない。


誰も叫ばない。


ただそこに立っている。


その静けさの方が、銃声よりも不気味だった。


やがて扉が開き、永田鉄山が入ってきた。


机の上の手紙を一瞥すると、何も訊かずにもう一つの窓辺へ向かう。


外の海軍陸戦隊を見た。


そしてその向こう、東京湾の方角を見る。


遠く、水面の向こうに長門の姿がかすかに見えていた。


永田は長い間その影を見つめた。


それから、ぽつりと言った。


「……ただ一杯、酒に誘っただけなのに」


宇垣が横を見る。


永田は窓の外を向いたまま続けた。


「海軍は、ずいぶん器が小さい」


宇垣はしばらく黙ってから言った。


「……そんなことを言っている場合か」


永田の口元が、ほんのわずかに動いた。


だが笑わなかった。


「あの算数」


静かな声だった。


「反論できますか?」


宇垣は答えなかった。


永田はまた遠くの長門を見る。


そして、九年庵で弦一郎に言ったのと同じ言葉を、今度は自分自身へ向けるように呟いた。


「……あなたが正しければいいが」


それは、ずっと計算に入れることを避けてきた問いへ向けた言葉でもあった。


――それから?


満洲を取る。


それから?


中国へ進む。


それから?


英国は。


米国は。


ソ連は。


永田は答えを出せないまま、長門を見ていた。


部屋の隅には東條英機も立っていた。


彼も何も言わず、この光景を見ていた。


※  ※  ※


長門の甲板。


弦一郎は前部主砲のそばまで歩いていった。


四十センチ砲。


巨大な砲身には、まだ砲衣が掛けられている。


弦一郎はその前で立ち止まり、しばらく見上げた。


そして手を伸ばした。


砲衣を外す。


重い布の下から、巨大な砲身が一九三〇年の朝の光の中へ姿を現した。


砲口は東京の方向を向いていた。


弦一郎は、それを見つめた。


日露戦争から帝国海軍へ。


帝国海軍から敗戦へ。


その敗戦から海上自衛隊へ。


自分が受け継いできた線を思った。


そして、静かに目を閉じた。


※  ※  ※


東京大空襲。


一九四五年三月十日、深夜。


三百機を超えるB-29。


ルメイの焼夷弾攻撃。


教科書では「十万人」という数字で読んだ。


だが、今まぶたの裏に浮かんでいるものは数字ではなかった。


火だった。


本来なら家であるはずの場所が、一つ、また一つと燃えていく。


下町の木造家屋が炎に呑まれ、東京の夜空そのものが別の色へ変わっていく。


沖縄。


一九四五年。


鉄の暴風。


軍人だけではない。


一般市民。


女性。


子供。


老人。


壕の中で身を寄せ合った人々。


子供を抱いたまま崖の縁に立った人々。


あの島。


あの海。


硫黄島。


二〇二六年までに、あの有名な写真を何度見ただろう。


しかし写真の裏側には、二万を超える日本軍守備隊がいた。


そのほとんどが、島から帰ることはなかった。


広島。


一九四五年八月六日、午前八時十五分。


光。


爆風。


キノコ雲。


石や壁に残った影。


そこに人がいたという、最後の痕跡。


長崎。


三日後。


また別の光。


それらはもう、弦一郎にとって教科書の記述でも記録映像でもなかった。


まだ起きていない。


しかし、起きることを知っている死だった。


二〇二六年から持ってきた知識。


海上自衛官として受け継いだもの。


そのすべての背後にあった代償だった。


けれど今は。


まだ、みんな生きている。


一九三〇年。


南雲忠一は生きている。


宇垣纏も生きている。


小澤治三郎も生きている。


長門の大講堂で見たあの顔も、まだそこにいる。


東京下町の家々は、まだ燃えていない。


沖縄の人々は、まだ崖から飛び降りていない。


硫黄島には、まだあの旗は立っていない。


広島には、まだあの光は落ちていない。


長崎にも、まだあの光はない。


自分だけが知っている死。


そのどれもが、今はまだ起きていない。


※  ※  ※


弦一郎は目を開けた。


朝の東京湾。


長門の甲板。


巨大な主砲。


砲口の金属が朝日を受け、鈍く光っている。


海風を大きく吸い込んだ。


そして、誰にも聞こえないほど小さな声で言った。


「俺が来たからには……」


少し間を置いた。


「死ぬな」


誰も答えない。


それでよかった。


まだ生きている人間へ向けた言葉だった。


南雲忠一へ。


宇垣纏へ。


長門で働いている水兵たちへ。


東京下町の人々へ。


沖縄へ。


硫黄島へ。


広島へ。


長崎へ。


一九三〇年の、この国全体へ。


そして、ふと。


もっと小さな一人の顔が浮かんだ。


田村遙。


手の中の弁当箱。


早朝の桟橋。


「私の名前は遙――田村遙!!」


彼女にも。


同じ言葉を向けた。


――死ぬな。


弦一郎は主砲から離れ、艦橋へ戻った。


※  ※  ※


「閣下」


弦一郎が艦橋へ入る。


「主砲、位置につきました」


東郷平八郎は煙管を一口吸った。


振り返らないまま言う。


「空包弾。一斉射、一回」


「はい」


弦一郎は砲術長のところへ向かった。


「空包弾、一斉射、一回。待機」


砲術長の顔には緊張があった。


だが声は揺れなかった。


「はい!」


弦一郎は甲板の端へ下がった。


両手で耳を塞ぐ。


東京を見る。


主砲を見る。


誰も動かない。


命令を待っている。


そして。


声が飛んだ。


「撃て!!」


※  ※  ※


轟音が東京湾を震わせた。


長門の主砲、一斉射。


弦一郎の足元から甲板全体が震えた。


振動は靴底から脚へ上がり、胸を突き抜け、骨の一本一本まで響いた。


音は東京湾の水面を走った。


海から陸へ。


そして東京へ。


大臣公邸の窓ガラスがかすかに震えた。


誰かが手を止め、東京湾の方角を見た。


陸軍省にも届いた。


宇垣一成は窓辺に立ったまま、何も言わなかった。


永田鉄山も動かなかった。


東條英機だけが一歩窓へ近づき、遠い東京湾を見る。


参謀本部へ。


新橋の料亭へ。


銀座の洋食屋へ。


街の人々へ。


音は広がっていった。


それは、


――お前たちを撃つ。


という音ではなかった。


もっと簡単だった。


帝国海軍は、ここにいる。


今日は黙っていない。


その意思だけを、東京中へ叩きつける音だった。


※  ※  ※


逗子。


田村遙は海に面した窓のそばに立っていた。


突然、横須賀湾の方角から重く低い轟音が届いた。


距離を隔てていても、空気がわずかに震えるのが分かった。


何の音なのかは知らない。


ただ。


今朝の桟橋を思い出した。


勇気を振り絞って叫んだ名前。


「田村遙」


そして、離れていく船の上で、高く掲げられた弁当箱。


あの光景と、この轟音が、同じ朝の中にあった。


遙は窓枠へそっと手を置き、横須賀の方角を見た。


やがて音の余韻が消えていく。


彼女は小さく目を伏せた。


本名は遙。


田村遙。


言えた。


今日、ようやく言えた。


※  ※  ※


長門の甲板。


一斉射の余韻は、まだ弦一郎の耳に残っていた。


ゆっくり両手を耳から離す。


東京の方向を見ながら、音が消えていくのを待った。


一九三一年九月十八日。


柳条湖。


あと十か月。


今日の轟音。


東郷の手紙。


五人の名前。


四十八時間。


これで十分なのか。


分からない。


だが一つだけ、確かなことがあった。


今日まで。


弦一郎の中には、変えられないと思っていた終点があった。


一九三一年九月十八日。


そこから先へ続いていく、知っている歴史。


けれど今日。


その終点が初めて揺れた。


必ずそうなる。


そう言い切れなくなった。


その「分からない」が、二〇二六年から来て、この三か月で積み上げてきたすべての結果だった。


弦一郎は深く息を吸った。


東京湾には朝の陽光が広がり、海面の青が少しずつ深くなっていた。


ふと、早朝の桟橋から届いた声が蘇る。


「私の名前は遙――田村遙!!」


田村遙。


その名前は、今も胸の中に重く、温かく残っていた。


これから何が起きるのかは分からない。


歴史が最後にどこへ向かうのかも分からない。


自分が張ってきた根が、本当に十分なのかも分からない。


それでも。


一つだけは分かっている。


自分は来た。


来てしまった。


なら。


死ぬな。


弦一郎は東京湾を見た。


長門はまだそこにいた。


主砲も、まだ東京の方向を向いている。


これから待つ。


四十八時間。


その四十八時間が何を生むのか、誰にも分からない。


弦一郎は甲板に立ったまま、朝の東京湾を見つめ続けた。


もう俯かなかった。


※  ※  ※


――第二十一話 了

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弦一郎ってさん付けもせず呼び捨ては驚いた
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