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幕間(第41話AFTER):任務の外側―休日二日目

「……ねえ、ほんとにいいわけ? 担当医から外出許可はもう出てるんでしょ?」


 ソフィアがエリアスの目の前のテーブルに、タブレット端末と小型キーボードを置いた。その表情は非常に訝しげで、眉を寄せている。

 エリアスの病室の窓にはブラインドが下ろされていた。その隙間からは陽気な空の青が刻まれた線になって覗いていた。


「ああ。良い機会だよ。こうやって落ち着いて『勉強』できる時間も、この先あるとも限らないからね」


 ベッドの上に座るエリアスはソフィアの置いた端末に手を伸ばした。その表情は、ソフィアとは対照的で、嬉々としている。貼り付けられた付箋に記載されたゲスト用IDと初期パスワードを画面の入力欄に打ち込む。フィオナの資料データベースのポータル画面が表示された。メニューページのリンクを適当にタップしてサイトを物色し始めた。

 ソフィアは窓際に寄ると、ブラインドに指をかけて、外を覗き込んだ。


「閲覧NGの資料はアクセス制御がかかって止められるから、見れるものなら好きに見てもらって構わないわ。そんな心配してないけど、間違っても他の人間に端末を渡さないでよ?」

「そのくらいは弁えているさ。安心して羽根を飛ばしてきなよ」


 ソフィアは振り返ってベッドの上のエリアスを見た。前のめりに端末を覗き込んでいる。もうすでに、何かの資料にのめり込み、集中して読み始めているようだった。


「私だったら、こんな天気の良い休日なら、外に飛び出したくなるけどね。……まぁ、なんかお土産くらいは買ってくるわ」


 ソフィアは病室の入口の扉に向かって歩き出した。エリアスは端末から視線を外さず「いってらっしゃい」と言って、右手をひらひらと振った。


 *


「いらっしゃい! 電話くれたオドネルさんだな?」


 ソフィアが店の中に入ると、カウンターの前に立っていた男が声をかけてきた。店の中にはどっしりとしたアメリカンスタイルのハーレーやBMWのアドベンチャーツアラーといった大型バイクが並べられている。

 その『レンタルバイクショップ』の店主と思しき男は、サングラスをかけ、派手な極彩色のアロハシャツを着ていた。


「直前連絡で悪いわね。大きいのでも、小さいのでもいいわ。適当に、空いてるマシンを夕方まで貸してもらえるかしら?」


 ソフィアがジャケットのポケットに手を突っ込みながら、サングラスを額の上にあげた。


「あんた、最高にラッキーだぜ。今なら、コイツが空いてる」


 男は一台のバイクの横に立ち、キーを回した。イグニッションに指をかけると、ブルンと音を立ててエンジンが目を覚ます。

 四角いフロントライトの若干レトロなレーサースタイルのマシン。カワサキのGPZ900――『Ninja』。男がスロットルを捻ると、グワンと威勢の良い音が一帯に響き渡った。黒ベースに太い真紅のラインが際立っていた。


「へぇ、いいじゃない。トム・クルーズが乗ってたやつみたい。……あいにく、私は戦闘機乗りじゃないけど」


 ソフィアがアイコンタクトを送ると、店主は親指を立てて応じた。ソフィアは車体左側から右足を大きく上げてシートに跨った。やや前傾姿勢でセパレートハンドルに手をかけ、スロットルを回す。エンジンが威勢唸り返した。


「決めた。これ、借りるわ!」


 *


 海岸沿いの道路を、マシンが唸りを上げて走り抜けていく。波に削られた岩礁の上に建造された道路は、カーブを描いて島をコンクリートの線で海との境界を縁取る。その境界線の上を、マシンを傾け、悠々と進んでいく。見通しの利く直線に差し掛かると、ちょうど前を走っていた車をサッと追い抜いた。


「風が気持ちいいわ! さいっこう!」


 誰に聞かせるわけでもなく、高揚感から、大声の独り言を放つ。声は颯爽と吹き抜ける風、そして景色と共に置き去りにされていく。左手でクラッチを握り込み、左足でギアを上げる。エンジンの唸りが少し落ち着いた。すぐさまスロットルを回して、再びエンジンを急き立てる。髪を揺らす風の勢いが増した。


 *


 ノースショアの田舎町の道路でソフィアはウィンカーを右に出し、一軒の店の前にマシンを停めた。道中で高回転の唸りを上げていたエンジンは、すっかり落ち着き、ブーンと低い唸りに変わっていた。ソフィアがキーを回すとその唸りもパタリと止まった。


 キーを抜いて、店の入口へと向かっていく。オレンジ色のパラソルの刺さったテラス席の横を通る。店内に入り、注文カウンターの前へ立った。


「いらっしゃい。表のカワサキ、お姉さん?」


 カウンターに立つ体格の良い男性店員が目で外を示した。ソフィアがその先を辿って振り返ると、窓から自分が乗ってきたマシンが見えた。


「ええ、借り物だけどね。いいでしょう」

「ああ! 最高にクールだな! さて、そんなクールマシンを駆るあんたは、どんなイカした品をご所望だ?」


 ソフィアはメニューを眺めつつ、腕を組んだ。


「おすすめは何かしら?」


 店員はにやりと笑った。


「アボカドバーガーのセットが一番出てる。一気にかぶりついたのをグァバドリンクで腹に流し込むのが、ここの作法ってもんよ」


 ソフィアは組んでいた腕を下ろした。


「なるほど。じゃあ、それ頂戴。もちろんグァバドリンクも付けてね」


 オーダーを済ませると、ソフィアは店の前にあった、パラソル付きのテラス席を陣取った。肉の焼ける匂いが店内から香って来る。

 香りが空腹感を焚き付け、ピークになったところで店員が注文の品を運んできた。ソフィアはチップを渡すと、目の前で、存在感を放つ色とりどりの具材を眺めた。バンズが上下セパレートされた状態で皿に並べられている。極厚のビーフパティ、みずみずしさを残すレタスとトマト、そして分厚くスライスされたアボカドがずらりと並ぶ。

 両手で押し込むようにそれらを組み立てると、オーダー時に言われたとおりに、まずは一気にかぶりついた。


「日本の店よりも、ずいぶん食べ応えあるじゃない。ワイキキのサーファーがわざわざ島半周してやってくるのも頷けるわ」


 ドリンクのストローを咥え込む。ギュッと吸い込むと、甘い果汁の香りが鼻を抜けた。

 風がヤシの葉を揺らした。パラソルが作り出した影の中は、陽気な日の光を和らげ、さらりとした空気が流れているのを感じる。

 頬についたアボカドを親指で拭い取り、ぺろりと舐めた。


「突然やってきた休日にしちゃあ、上出来ね」


 バンズでパティとアボカドをぐっと抑えるように押し込んで、もう一口、口の中に詰め込んだ。


 *


「ただいま。お勉強は捗ってる?」


 病室の扉を開けると、エリアスの前には与作と時子が座っていた。


「なんだ。アンタ達もお見舞い来てたの」

「そのはずだったんだが、気づいたら勉強会になっちまったな」


 与作が椅子の上で足を組みながら、ソフィアに答えた。エリアスと時子が静かに笑って、同意を示した。


「アンタ達、揃いも揃ってワーカホリック予備軍じゃない。……ま、私も人のこと言えないけどさ」


 ソフィアが手にぶら下げていた紙バッグを持ち上げて、これみよがしに見せた。


「お土産にマラサダ買ってきたから、一息入れなさい。ちゃんと全員分あるわ」

「お! さっすが俺達のリーダー! ちょうど小腹が空いてたんだよ」


 与作が調子よく囃し立てた。


 病室のブラインドは朝と変わらず降ろされたままだった。しかし、切り取った空の色は、青色から、オレンジ色と紫がかった赤色のグラデーションに変わっていた。



 ◆◇◆あとがき◆◇◆


 完全に作者の趣味回です。


 私はYAMAHA乗りなので、最初はYZF-R7とかR1とか、YAMAHAブルーな機体を出そうかと思ったのですが、やっぱりKAWASAKIがいいかなって、某探偵アニメの劇場版を見ていて思い至りました。KAWASAKIとなれば、名作『トップガン』で、トム・クルーズが乗っていたNinjaを出さないわけにはいきません。近年公開された続編で出てきたのが、川崎重工の総力を結集して開発されたNinja H2。……ただ、このマシン、拙作の時代設定上、リリース時期がちょろっと矛盾するというのが、個人的に気になってしまい……。結果、第一作に登場した方のNinjaにご登場いただく運びとなりました。


 それから、ソフィアが立ち寄ったバーガーショップのモデルは、『クアアイナ』という店です。第一号店がハワイのノースショアにあり、今や日本にも出店しております。しっかり肉感のあるパティは、食べ応え抜群! アボカドバーガーも美味いが、チェダーチーズのコクのあるチーズバーガーも捨てがたい……。ちなみに、チーズは三種類から選べます。ここに来たら、コーラじゃなくてグァバジュースを飲みたい。二十歳を越したあなたなら、ハワイアン・コナ・ビールっていう選択肢もありますね。


 最近、食べてないから行きたいなぁ~!


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