第43話:博物館再訪、そして理力の『残滓』
――パン! と乾いた音が大きく響く。薬莢が床に落ちカランと音を立てた。
ガンサイト越しに見据えたはずの的は、反動で最初とずれた位置に見えた。すぐさま跳ね上がった銃を抑え込むようにして照準を補正すると、再びトリガーにかかる右人差し指を引いた
パン! パン! パン! と音の数と同じだけ薬莢が床に落ちる。
銃声が空気に溶けて消えた。与作はグリップを握りしめる腕の力を抜き、銃を下ろした。花火とは異なる火薬の匂い、金属か何かが焦げたようなツンとする匂いが鼻をつついた。
「……まぁ、とりあえず当たるようにはなったわね」
与作の横に立ったソフィアが、手元のボタンを押して、ターゲットを取り寄せた。レールを滑るように手元にやって来た的を、ソフィアはまじまじと見た。中央から離れた部分にいくつか穴が空いている。
「実戦じゃ、そんなにゆったり構えてられない。撃ち方の型を、数こなして体に染みつけるしかないわね」
「……その辺は剣術と同じだな」
与作は手に握ったベレッタのセーフティに指をかけた。
「しかし……、銃の稽古を付けてくれって言うから、ちょっと意外だったわ」
ソフィアが的を手元の台に置いた。
与作は眼鏡の上にかぶせるように装着していた防護ゴーグルを額に上げた。
「この前の風の理素暴走で思い知ったけど……今の俺じゃ、理術戦闘になったら近接干渉しかできない。何か、飛び道具がいるよなって考えてたんだ」
与作が手に握るベレッタに視線を下ろした。ずしりとした重みが包むようにグリップを握った指にかかるのを感じる。
「そしたらさ、街中で射撃場を見かけて、イチかバチかやってみるかって思ったんよ」
与作が視線を上げてソフィアの顔に向けた。ソフィアは、どこか穏やかに笑うような表情で、腰に手を当て、片足に重心をかけるように立っていた。
「理素暴走に銃なんて全く役に立たないから組織の教育カリキュラムとしても全く意識してなかったけど……。確かに、あんたみたいに、物に理力を乗せる技術があったら、話は変わるわね」
「ただ、ちゃんと理力が弾に乗るかは……実戦じゃなきゃわかんねえよ」
「そうね……。ま、調査活動中はお守り代わりに持っときなさい。ただし、使い所は絶対に私の指示に従うこと。いいわね?」
与作はこくりと頷いた。
*
「さて、段取りのおさらいよ」
ソフィアの運転するジープはビショップ博物館の駐車場に停車した。
車のサイドブレーキを入れながらソフィアは車内の他の三人に聞こえるように話を始めた。
「エリアスはポリネシア文化の研究者。神話から見る災害史の研究ってお題目で、アンダートから私も研究参加してる体裁で同行。与作と時子は、エリアスが指導する見学の学生」
「例のお守りに接触した際に僕達が学芸員の気を引きつけて、ソフィアがダミーとすり替える……だね」
助手席に座るエリアスが言った。ソフィアは「そ」と言って一つ頷いた。ソフィアが後ろに座る与作と時子の顔を見ると、二人は頷いて同意の意思を示した。
「よし。じゃあ、行きましょう」
ソフィアのその言葉を合図に、全員が同時に車のドアを開いた。
*
「やあ! よく来てくれた! 俺が学芸員のデイビッド・ステイサムだ。よろしく頼むぜ」
体格のいい男がにこやかに笑いながら、エリアスに向かって手を差し出した。エリアスが応じて手を出すと、男は力強くエリアスの手を握った。
「急なご連絡にも関わらずありがとうございます。星央大学のエリアス・フェルナーです」
「アンダートのソフィア・オドネルです。同席許可いただき感謝します」
「よろしく! んで、お二人が、見学の学生さんたちだな? ラッキーじゃねえか! たっぷり勉強してってくれ!」
ソフィアと握手を終えたデイビッドが、時子、そして与作と立て続けに力強い握手を交わし、与作の背中をバンバンと叩いた。
この陽気な学芸員と同じ名前の、オーストラリアで出会った陽気なアボリジニ出身の観光ガイドの姿が、与作の頭の中では、はっきりと浮かび上がり、振り払うことが出来なかった。
「……なんだろうな。俺、この人と初対面のハズなのに、めちゃくちゃ会ったことある気がするんだけど。」
小声でささやく与作に、時子は頷いた。
「事前に連絡もらってたからよ、件の収蔵物は裏に準備してあるんだ。案内するよ」
デイビッドは一歩踏み出すと、手を大きく仰ぐ振って、一同を先導して歩き始めた。
*
「航海術なくしてポリネシア圏の人類活動域の拡大はありませんでした。その意味で、こちらの収蔵物に触れられるのは非常に意義深いです」
「俺は生まれがこの島でさ、海と共に育ったようなものなんだ。先祖代々そうやって過ごしてきたって、ロマン溢れていると思わんかい?」
歩きながらも、デイビッドは身振り手振りを大きく、体全体を使って話をするような様子を見せていた。
「なんやかんや、本土にも渡って勉強して、今こうやって故郷で先祖代々の文化の一端を世間につなぐ仕事ができてるわけ」
エントランスから二階に伸びる階段を上がる。収蔵物の陳列されているガラスケースを両脇に並べた通路を進み、デイビッドは「関係者のみ」と書かれた扉の前にたどり着くと、太い腕で扉を押し、一同をその先へと招き入れた。
歩きながら速いテンポでエリアスとデイビッドはやり取りをしながら歩みを進めていく。
職員のオフィスと思われる部屋が並ぶ通路を進む。デイビッドは部屋の並びの中、ある一室の扉のドアノブに手をかけた。
「ここが俺の部屋なんだ。狭いが適当に腰掛けてくれ」
開いた扉の中に手を伸ばし、客人たちを招き入れた。
部屋の奥には、専門書の収められた棚、そしてハワイの神々を模したミニチュアの像が並べられていた。その棚の前にはデスクが置いてあり、その上に、件のお守りがケースに収められたまま安置されていた。
エリアスとソフィアが、机に近づき、与作はそのすぐ後ろに立った。時子は入口の扉から入ってすぐ前のポジションを位置どり、外からの出入りを警戒した。
「早速ですみませんが、手に取って拝見してもよろしいでしょうか」
エリアスが尋ねると、デイビッドは「おうよ」と一言応じて、机近くにやって来た。エリアスは手に持っていたカバンを床におろすと、口を広げ、中から白い手袋とルーペを取り出した。そして、全体をまず眺めると、側面に小さく刻まれた紋様、ルーペで拡大して確かめ始めた。
「これ、記録じゃ、個人の寄贈品ってなってるんだが、妙な話も一緒にあってな」
「といいますと?」
エリアスがデイビッドの目を見た。興味を持っていることを強くアピールするべく、すぐさま頭を上げたのが功を奏したのか、デイビッドはにやりと笑みを浮かべ、饒舌に話を続けはじめた。
「あるネイティブ・ハワイアンの爺さんが持ってたらしいんだ。『これは、かつて先祖が海の神から賜ったものだ』とか言ってたらしい。前任から、そんな話を伝え聞いたが、まぁ真偽の程は確かめようが無いわなぁ」
エリアスがソフィアを見て合図を送る。そして、机の多くの棚の前――ちょうど目線の高さに並べられているミニチュア像の前に立った。
「デイビッドさん、ハワイ神話にお詳しいようでしたら、ぜひ聞きたいのですが、いくつか有名な神の名がありますよね? カーネ、ペレ、クー、そしてカナロア。あ、ちょうど棚にあるミニチュアはそれら神々を象った像ですか?」
エリアスが指を差して、棚に置かれている像へデイビッドの視線を誘導する。
「ああ、そうだ。そいつらはその辺の土産物屋で売っている様な代物なんだが、比較的よくできてるなと思っててな……」
デイビッドがエリアスの横に並び、棚の方を向いて立った。――本物のお守りは、今、デイビッドの死角に入った。
ソフィアがジャケットの懐から、用意しておいたダミーの首飾りを取り出した。そして、すり替えるべく、机の上の実物に手を伸ばす。
「そういえば、小さいが、このカナロア像の模様! 同じような模様が、そのお守りの表面にも見られてな……」
――デイビッドの足が動き、体の向きが棚から机の方へ向き直り始めた。
「あ! そういや、この像みたいなデザインのサーフボード持った連中がビーチにもいた気がするな! それだけ、ハワイの文化に根を下ろした存在ってことなんすかね!?」
与作が、あからさまに大きな声を上げ、棚のミニチュア像を大げさに何度も指さしてアピールした。デイビッドの体の向きは、再び棚の方へと向き直った。
ソフィアは伸ばした手に持っていたダミーをケースの中に滑らせ、本物の方のお守りを布にくるみ、静かに懐へ引き寄せた。――そして、ダミーを隠し持っていたジャケットの内ポケットに、収めた。与作は、視界の隅でその瞬間を見届けると、エリアスに目配せをして、作戦の終了を合図した。
ソフィアが問答を繰り返すエリアスとデイビッドに加担した。
*
「……何とか任務達成だね」
駐車場に戻り、車に乗り込んだエリアスが助手席の座席に深く背中を沈めて息を吐いた。
「上出来よ。お疲れ様、フェルナー先生」
運転席に乗り込んだソフィアはポンとエリアスの肩を叩いた。ジャケットの内側に手を差しこんだ。戦利品を取り出し、後ろに座る時子に渡した。
「時子、早速だけど、ちょっと見てくれない?」
時子がお守りをくるんでいる布を手の上で広げ、木でできた円形のお守りの全容を視界に収めた。
「……なんだろう。このお守り、誰かの理力が残ってる気がする」
時子が左手でお守りを布越しに持ったまま、右の人差し指と中指の腹でやさしく触れた。
――一瞬で音が消えた。時子は波の上に立っていた。
辺りは、世界から光が消えたように暗転して、ただ黒い空間が広がっている。足元いっぱいに、見渡す限りに広がる底しれない深さの海だけがはっきりと見えた。
「みんなは? ソフィア? エリアス? 与作?」
あたりを見るが誰の姿も見えない。
『来て。……待ってるから』
声が頭の中に響いた。
足元の海がうねり始め、渦を巻き始めた。
『助けて』
うねる海流は大きな波となり、時子を飲み込まんとして襲いかかった。
「おい! 時子!」
――時子はハッとしたように息を吐いた。
目の前にはソフィアの座る運転席のヘッドレストがあった。
横をみると与作が眉をひそめ、――不安げな表情で見ていて、手が背中に置かれていた。
「……大丈夫、ありがとう」
時子は息を大きく吸って吐いた。
「このお守り、多分『海の意思』、……カナロアと繋がってる。ここからそう遠くない海の上……」




