黒縄龍
「善は急げです!」
モブ子ちゃんが静かに、だが迷いなく言い放った。
その言葉に、私は気圧されるように頷く。
彼女は、自信満々に進み始める。
私も、ついていくことにした。
先頭はモブ子ちゃん。次が私。
その後ろには、黒縄地獄の蜘蛛娘たち、衆合地獄の女の子たち。
誰もしゃべらないのに、背中に感じる視線が痛い。
肌をなぞるような……いや、絡みつくような熱視線だ。
(……こわ……)
「主様、ここは足場が悪いので、手をお貸しします」
そんな恐怖を吹き飛ばすように、モブ子ちゃんは差し出してくれた。
うーん、紳士だ。
その手は女の子のものとは思えないほど、しっかりしていた。
剣の柄を握り続けていた人の、鍛えられた手。
なんだか少し、胸があたたかくなる。
(この子と生前に出会ってたら……)
そう思った瞬間、前方に大きな岩山が見えてきた。
「……登るの、あれ?」
どこまでも高く、鋭く、突き刺さるような形状。
とても徒歩で登れるものではない。そんな岩の前で。
「てい」
モブ子ちゃんが、唐突に刀を岩に突き立てた。
ずぶ、と刃が半ばまで吸い込まれた瞬間、黒い液体のようなものが岩の割れ目から噴き出した。
これって血か?
「勝負だ!黒縄龍!」
「え?」
ポカンとする私の目の前で、岩が動いた。
ぐらり、と世界が傾く。
地面がうねり、空が歪む。
足元の大地すら、すべてがその動きに従っていた。
「な、なにごと……!」
地面に手をついて、私は呆然と震える。
それでもモブ子ちゃんは一歩も動じなかった。
「ご安心を。こやつこそ、黒縄地獄の守り神」
「この地獄全体に縄のごとく巻き付き、縛り上げている龍」
「その名も、黒縄龍!」
「その身は山となり、谷となり、足場となって我らを閉じ込めていたのです」
モブ子ちゃんの言葉に、私は唖然とする。
つまり、今まで私たちが歩いてきたこの地獄の地形そのものが、
龍の身体の一部だったと?
「……で、その龍を倒すの?」
「はい。こやつの体は遥か上、等活地獄にまで届いていると言われております。」
「……つまり、倒せば……?」
「等活地獄まで、登っていけるという事です!」
なんという理屈。
でも、この地獄ではそれが一番わかりやすい道だ。
岩山が、ゆっくりと“起立”した。
いいや、もう岩山じゃない。
その正体は、果ての見えぬ長躯を持つ龍の背。
巻きついていた黒縄が解かれ、巨大な体が天へ向かって立ち上がっていく。
その身を空にさらしながら、果てしなく伸びていく。
「……大きすぎない……?」
私がそう呟いた瞬間、
天を貫くような高さの彼方で、黒縄龍の頭部が、吠えた。
その声は、雷のように空を割り、私たちの鼓膜を揺さぶった。




