44話
俺達が視察に向かった場所は領地の東側にある5000人規模の村。
この領地の領民は大体20万人いるらしいからその2.5%の人口を占める事になる。
村の規模としてはまずまずと言ったところか。
「ルチーナ様ぁ、この辺りって魔王領なのですかぁ?」
村に辿り着いたサナリスが不思議そうに尋ねる。
それも無理はない。周囲を見渡す限り建物はぼろぼろ、地面は特に舗装されておらず歩くのも難しい。
畑もちらほらと見られるが、枯れている作物も多く水も不足しているのかもしれないと伺える。
収穫出来そうな果実も無きにしも非ずだがその量は少ない。
ここから更に領主が作物を巻き上げる訳だから、領民が生きていくのは厳しいのかもしれない。
それにしても、一目見ただけで荒廃している事がわかるのはある意味驚きを隠せない。
いや、現代でも国によってはスラム街があるのが当たり前と考えたらここも似た様なのか。
「いいえ、れっきとした人間の領土ですわ」
「え? そうなのですか? 竜の冒険の中にこんな滅茶苦茶に荒れた人間の村はありませんよ?」
竜の冒険は王道のRPGだからな、サナリスが知らないのも無理はない。
いや、砂漠化して廃墟になった街は存在したか。
水が枯渇しそれが原因で滅んだ街が確かあったな。
「あら? 竜の冒険の中にも荒廃した街はありましたわよ。サナリス、貴女が知らないだけじゃないかしら?」
「そ、そんな事無いですよっ! 私だって魔王の側近でしたから! 主流の街は沢山視察しました!」
「つまり、主流の街しか知らないのでしょう?」
俺に鋭い点を指摘されたのか、サナリスがうぐっと言うと顔を強張らせて、
「そ、そうとも言うかなぁ言うよねぇ、アハハハハ」
胸元で両指同士をつんつんしながら笑って誤魔化すサナリス。
その姿が意外に可愛い。
くそぅ、現代に居たら俺の……。
いや、研究所行きだろうな、頭に角も生えている訳だし。
「ねぇ、お姉ちゃん、僕お腹空いたの」
この村を暫く進んだところで、古着に身を纏った子供が俺に話掛ける。
俺の胸元位の背丈の子供は多分6-7歳くらいだろう。
眼はうつろでやせ細っており、満足に食事を取れたことすらないのかもしれないと想像がつく。
「これで良ければ差し上げますわ」
俺が口を開く前に、ステラ嬢が持っていたクッキーを目の前の子供に差し出した。
多分休憩時の間食として先日作ったモノと思うが食に困っている子を目の前に躊躇い無く提供するステラ嬢はやはり優しい。
「あ、ありがとう」
子供は目を輝かせ、ステラ嬢から受け取ったクッキーを1枚頬張る。
お菓子自体滅多に食べられないのだろうか、美味しそうに頬張るその姿からは幸せそうな空気を感じさせられた。
高々1枚のクッキー、俺達からしたら特に現代ならば猶更入手が簡単な代物であるが、食に困る日々を重ねた彼等からすれば大層なご馳走なのだろう。
「あら? 1枚だけでいいですの?」
ステラ嬢からもらったクッキーを1枚だけ食べた子供は、残りのクッキーが入った袋を大切に握り締めている。
「うん。お父さんお母さん、妹の分なの」
「あら? 偉いじゃない」
別にそれを隠してもこの子の家族が知る由もない。
独り占めすれば良いのにと考えてしまうのは俺が心の汚れたおっさんだからなのだろう。
この子供は心が綺麗であるのは、義気が無ければ貧困を越える事が出来ないのか。
義気と言う概念が薄れる現代と比較してしまうと、綺麗な心に対し少しばかり疑問が生じてしまうのはあまり良い事じゃないだろう。
「うん、僕偉いでしょえへへ」
俺から褒められ嬉しそうにほほ笑む子供。
しかし、そのあまりにもか細い腕を見ると痛々しい思いをさせられてしまう。
何とか出来る事は無いのか。
現代では子供食堂何て施設があったし、ボランティアに対する炊き出しも行われている。
しかし、それ等を行うには規模があまりにも大きすぎるだろう。
この領地では大人も食に苦しんでいるし、現代ならば食の支援をしなければならないのは少数でしかないから行政がそれ等の支援を実行できるだけで。
仮に、この領地で食事の支援をするとなれば、雑に考えても15万人分の食事を用意する必要があると思う。
実現しようにもまず、人員が足りない、食材も足りない。
では、この村だけ支援をするか? となればそれは俺達から支援されない村の人達のヘイトを買ってしまう。
そのヘイトが俺達にぶつけられればまだしも、この村にぶつけられたら面倒だ。
食料の奪い合いが発生しても可笑しくないし、それが悪い方向にエスカレートすれば殺し合いだって有り得る。
今の私には、目の前にいるやせ細った子供の頭を優しく撫でてあげる事しか出来なかった。
自分の不甲斐なさが情けないし悔しい。
勿論目の前の子供、その家族を助けるだけならば簡単な事で後先考えずに彼等だけを助ける事は難しくないが、間違い無く与えられなかったモノとの争いが生じてしまう。
彼等が懸命に働いたならまだマシだが、偶々運良く俺達が通りがかったから施されただけだ。
人は幸運により富を得たモノを妬む傾向が強い、だから猶更目先のだけを考えて手を打つわけにはいかない。
これが、個人ならまだしも俺はこの領地を治める領主であるからこそ何もしてはならないのだ。
厳しく言えば、ステラ嬢の施しも良くない。けれど隠し通せば済む話だ。
「君は偉い子ね。なら家族以外には内緒にするのよ? お姉さんとの約束守ってくれるかしら?」
俺は少年に微笑みながら問いかける。
「うん!」
無邪気な顔を見せながら少年から、ありったけの元気を乗せた返事をもらえた。
出来る事ならばこの笑顔を守りたい。
願う事ならばこの子が餓死する事無く人生を歩んで貰いたい。
けれど、恐らくきっとこの子が次の年を迎えられない。それ位に栄養状態が悪いとおぼろげながらも感じ取る事が出来る。
「わたくしの領地にいらっしゃればいいのに」
ステラ嬢も俺と同じ事を思ったのか、哀しそうな声でぽつりと呟いた。
「それは出来ません。多数の領民を養うだけの土地が無いのですから」
俺はステラ嬢に対し小さく返事をする。
ステラ嬢は、分かっていると言いたげに俯き拳を握り締め身体を小刻みに震わせていた。
俺と同じく、貴族令嬢でありながら目の前の子供すら満足に助けられない事に対し不甲斐なさを覚えているのだろう。
大局に対して一貴族令嬢なんて無力な存在なのだろう。
悪役令嬢が悪役令嬢として自己中心的に振舞えるのはゲームや漫画の世界だけなのかもしれない。
少なくとも俺には、他の令嬢を出し抜くだけの事に対して偽造工作を施すなんてそんな余裕なんてない。
高々自分の目に留まった貴族の男を射止める為だけに他者を罠に嵌めるなんて面倒な真似をする暇なんてない。
そもそも、己を高めれば男の方がやって来るじゃないか。
結局彼女達は自分の力を誇示したいから、だからそうやってライバルを蹴落とし叩き潰した上で男を手にしたいのかもしれない。
いや、日本に居た時もそんな人間達は沢山居たっけ。
努力や積み重ねが出来ない癖に、それ等を出来る人間が手にした自分より良い物、それが気に入らなくて奪い取ったり壊したりぐちゃぐちゃな事をする輩は見てきたっけ。
「ねぇねぇ、僕? 良かったらお姉さんに家族を紹介してくれないかな?」
サナリスが、子供に手を差し伸べながら言った言葉はナンパ師の文句に聞こえた。
いや、冷静に考えたらこの子供で無く両親と妹にも手を出すのだからもっと危険な奴か。
「サナリス? 何をお望みなのですか?」
「ほらほら、情報が必要じゃないですか? だから、この子の家族にお話を聞くんですよ。情報収集は参謀の基本ですから!」
両手を腰に当て、えっへんと胸を張り得意気に言うサナリス。
悲しいかな、根っこが男である以上どうしてもその豊満な胸に目が行ってしまうのは悲しい性なのだろう。
「参謀、ですか。しかしながら、情報を集めるのは大切でしょう」
「うん! 良いよ! お家に来てよ」
無垢な子供は俺達の言葉に何の疑問も抱かずにサナリスの提案を了承をした。
これが現代ならば、誘拐犯かも知れないから知らない人についていくなと躾けられるのだけれどもこの世界では違うのだろうか?
人攫いなんて現代よりもあると思うんだけど。
いや、その手口が皆に伝達されないから子供に躾けたくても躾けられないのかもしれない。




