43話
最初の調査地点として領地の東側にある5000人規模の村へ向かった。
この領地の領民は大体20万人程で、5000人はその2.5%の人口を占める事になる。
村の規模としてはまずまずと言ったところだろう。
「ルチーナ様ぁ、この辺りって魔王領が近いのですかぁ?」
村に辿り着いた途端、サナリスが不思議そうに尋ねた。
彼女が言う通り、視界に入る建物は軒並み朽ちかけていてぼろぼろだで新しい建造物は特に見当たらない。
地面は特に舗装されておらず歩くのも難しい。
畑もちらほらと見られるが、枯れている作物も多く水も不足しているのかもしれないと伺える。
一応、収穫出来そうな果実も無きにしも非ずだがその量は少ない。
サナリスが言う通り、魔王軍により襲撃され荒廃された村と言われればそれに近いとも言える。
「いいえ、そんな事ありませんわ」
「ふぇ? そうなのですか? 竜の冒険の中に、魔王領から離れているのにこんな滅茶苦茶に荒れた人間の村はありませんよ?」
竜の冒険は王道のRPGだからな、サナリスが知らないのも無理はない。
いや、竜の冒険にも魔王城から遠く離れた地に砂漠化して廃墟になった街は存在したか。
確か水が枯渇しそれが原因で滅んだっけ。
「あら? 竜の冒険の中にも荒廃した街はありましたわよ。サナリス、貴女が知らないだけじゃないかしら?」
「そ、そんな事無いですよっ! 私だって魔王の側近でしたから! 主流の街は沢山視察しました!」
「つまり、主流の街しか知らないのでしょう?」
俺に鋭い点を指摘されたのか、サナリスがうぐっと言うと顔を強張らせて、
「そ、そうとも言うかなぁ言うよねぇ、アハハハハ」
胸元で両指同士をつんつんしながら笑って誤魔化すサナリス。
その姿が意外に可愛い。
くそぅ、現代に居たら俺の……。
俺の、何かになれたとは思えない。
悲しき非モテのサガだろう。
「ねぇ、お姉ちゃん、僕お腹空いたの」
この村を暫く進んだところで、古着に身を纏った子供が俺に話掛けて来た。
俺の胸元位の背丈の子供は多分6-7歳くらいだろう。
この子が言った事もあるし、眼はうつろでやせ細っている事から下手したら何日も何も食べられていないのかもしれない。
「これで良ければ差し上げますわ」
俺がこの子への対応を思案していると、ステラ嬢はクッキーが詰められた小袋を目の前の子供に差し出した。
これは間食として先日作ったと思うが、食に困っている子を目の前に躊躇い無く提供するステラ嬢はやはり優しい。
「お姉ちゃん、ありがとう」
子供は目を輝かせ、ステラ嬢から受け取ったクッキーを1枚取り出し頬張る。
お菓子自体滅多に食べられないのだろうか、美味しそうに頬張るその姿からは幸せそうな空気を感じさせられた。
「あら? 1枚だけでいいですの?」
ステラ嬢からもらったクッキーを1枚だけ食べた子供は、残りのクッキーが入った袋を大切に握り締めている。
「うん。お父さんお母さん、妹の分なの」
「あら? 偉いじゃない」
別にこの事を隠してもこの子の家族が知る由もない。
独り占めすれば良いのにと考えてしまうのは俺が心の汚れたおっさんだからなのだろう。
この子供は心が綺麗であるのは、義気が無ければ貧困を越える事が出来ないのか。
義気と言う概念が薄れる現代と比較してしまうと、綺麗な心に対し少しばかり疑問が生じてしまうのはあまり良い事じゃないだろう。
「うん、僕偉いでしょえへへ」
俺から褒められ嬉しそうにほほ笑む子供。
しかし、そのあまりにもか細い腕を見ると痛々しい思いをさせられてしまう。
今目の前にいる子供を助ける為に何とか出来る事は無いのか。
ステラ嬢では無いが俺もそう考えてしまう。
確か現代では子供食堂もあればボランティアに対する炊き出しも行われている。
この世界では、そんな話は聞いた事がない。
いやこの世界での文明レベルではそれ等を行うには規模があまりにも大きすぎるから実現は不可能か。
そもそもこの領地では大人も食に苦しんでいる。
日本の技術力があったとして、行政がそこまでの支援を実行するのは厳しいだろう。
仮にこの村だけ支援しようとしても、その話を聞いた他の村から支援要請されるだろう。
それを拒否した場合、新たな争いの種を生む事になってしまう。
だから出来ない。
勿論、この領に潤沢な予算があるなら話は変わるんだけど。
今の俺には目の前にいるやせ細った子供の頭を優しく撫でてあげる事しか出来なかった。
人間に下らない妬みの感情が無いのならば、俺に出会った運の良い人達だけでも救う事が出来る。
せめて、それさえなければ楽なのだけど。
「君は偉い子ね。なら家族以外には内緒にするのよ? お姉さんとの約束守ってくれるかしら?」
俺は少年に微笑みながら問いかける。
「うん!」
少年は無邪気な笑顔を見せながらありったけの元気を乗せた返事をする。
出来る事ならばこの笑顔を守りたい。
願う事ならばこの子が餓死とは無縁な人生を歩んで貰いたい。
けれど、恐らくきっとこの子が次の年を迎えられない。それ位に栄養状態が悪いとおぼろげながらも感じ取られた。
「わたくしの領地にいらっしゃればいいのに」
ステラ嬢も俺と同じ事を思ったのか、哀しそうな声でぽつりと呟いた。
「それは出来ません。多数の領民を養うだけの土地が無いのですから」
俺はステラ嬢に対し小さく返事をする。
ステラ嬢は、分かっていると言いたげに俯き拳を握り締め身体を小刻みに震わせていた。
俺と同じく、貴族令嬢でありながら目の前の子供すら満足に助けられない事に対し不甲斐なさを覚えているのだろう。
大局に対して一貴族令嬢なんて無力な存在と痛感させられる。
「ねぇねぇ、僕? お姉さんに家族を紹介してくれないかな?」
突然サナリスが男の子に語り掛ける。
「サナリス? 何をお望みなのですか?」
「ほらほら、情報が必要じゃないですか? だから、この子の家族にお話を聞くんですよ。情報収集は参謀の基本ですから!」
両手を腰に当て、えっへんと胸を張り得意気に言うサナリス。
俺は反射的にその胸元をチラ見し、誤魔化す為に一つ咳払いをした。
「参謀……ですか。しかしながら、情報を集めるのは大切でしょう」
サナリス、君は随分と随分と自己評価が高いと内心思う。
正直笑いをこらえるのが必死な位だ。
「うん! 良いよ! お家に来てよ」
無垢な子供は俺達の言葉に何の疑問も抱かずにサナリスの提案を承諾した。
これが現代ならば、誘拐犯かも知れないから知らない人についていくなと躾けられるのだけれどもこの世界では違うのだろうか?
人攫いなんて現代よりもあると思うけど、そんな事を考える余裕すらないのだろうか?




