034_使者
女神ケミスマリアージよりドライゼン男爵領で起きた事件のことを聞いたラックたちは、地上へ戻った。
地上に戻るとすぐに支部長のダジムが現れ、三人が無事に帰還したことを喜んだ。
「知らせによりますと、明日には使者が到着するとのことです。お手数をおかけしますが、明日の午後、冒険者ギルドへお越しください」
帝都からくる使者と明日面会の予定となったので、三人は箱庭用の家具や食器などを購入することにした。
家具屋でタンスや鏡台、ソファーセットなどを大量に買い込むと、次は高級茶葉を扱っている店に向かった。
また女神ケミスマリアージが急にやってくるかもしれないので、安物のお茶ではさすがに憚られる。
あちらこちらで色々なものを購入したラックたち。
ラックとゴルドは買い物は戦闘よりも疲れると思い、シャナクは終始楽しそうに笑顔だった。
やはりシャナクも女の子なんだと、二人はシャナクの後について買い物をしたのである。
翌日、買い物疲れがあったためかラックとゴルドが遅めの時間に目を覚ます。
「ふわ~~~。おはよう、シャナク」
「シャナクは早いな」
二人がぼさぼさの頭でシャナクに挨拶をする。
「師匠、ゴルドさん、もうすぐお昼ですよ。使者と面会するのですから、身支度を整えてください」
「分かったよ、そんなに押さないで」
「分かった、分かった。押すな」
ラックとゴルドはシャナクに急かされて身支度を整える。
着替えた二人を見て、シャナクはため息をついた。
「師匠。帝国の使者ってことは、相手は貴族様ですよ。そんな服装では失礼になりますよ」
「ん? そんなことないと思うよ。僕たちは貴族じゃなく冒険者なんだから、貴族のような服装をする必要はないと思うんだ。それに、僕たちの服装を見て文句を言うような人物を使者にすることはないと思うよ」
頼みごとがあるのは帝国だし、引け目があるのも帝国だ。
ラックたちの服装に文句を言うようなら、すぐに席を立って旅に出るまでの話だとラックは考えている。
実際、皇帝もラックの気持ちを察して、傲慢な貴族を使者にすることはなかった。
「それじゃ、昼を食べてからギルドへいこうか」
昼と言っても、ギルドへ向かう道中にある露店で買い食いをするだけである。
ラックは爆走ボアの肉の串を一本とホットドックを買って食べる。
ゴルドはホットドックを二つとスープを買った。
シャナクは果物のナシと爆走ボアの串を一本だ。
「よし、腹も満たしたし、ギルドへいこう」
「「はい」」
三人がギルドの建物に入ると、すぐに職員が飛んできてダジムの部屋に通された。
「おお、ラック殿、ゴルド殿、シャナク殿、わざわざきてくれて、ありがとう」
「いえいえ、約束ですから」
ラックは約束は守る主義だ。
約束も守れない人間になりたいと思わない。
「すでに使者殿はお待ちだ。ラック殿らの準備がよければ案内するが、どうかな?」
「問題ありません。案内をお願いします」
ダジムは自ら使者が待つ応接室に三人を案内する。
応接室の扉をノックすると、中から「どうぞ」と聞こえたので扉を開ける。
ダジムに続いて応接室へ入っていくと、そこにはラックの見知った顔があった。
「聖女様、それに賢者様。お久しぶりです」
勇者と聖騎士の天職が変わってしまい逃走している今、勇者パーティーは瓦解したも同然だが、残った二人が共に使者としてやってきたのにはラックも驚いた。
「ラックさん、お久しぶりです。元気そうで何よりです」
「久しぶり、元気で何より」
聖女カトリナ・ジスカールの後に賢者ローザ・マルケイが言葉少なく挨拶をする。
ダジムは顔見知りなら話は早いと言って、応接室を出ていく。
正直言えば、面倒なことに首を突っ込みたくないというのが、ダジムの本音である。
「聖女様、賢者様、こっちはゴルド、こっちがシャナクです」
「ゴルドと申します」
「シャナクといいます。よろしくお願いします」
聖女カトリナ・ジスカールと賢者ローザ・マルケイが目を見開いてゴルドを見つめる。
ラックたちは何だろうと首を傾げる。
ゴルドは若返りの秘薬を飲んで、六十近い老人から二十歳くらいの若者へ変貌しているのだから、老人だったゴルドのことを多少は知っている二人が驚くのも無理はない。
「「あっ!」」
ラックとゴルドがそのことに気づいたのは同時だった。
二人は若返りの秘薬のことをどうやって誤魔化そうかと考え、シャナクは事情を知らないためどうしたのかと訝しげに二人を見る。
「えー……。ゴルドのことはいずれ……」
「「はい……」」
二人は納得していないが、あえて追及もしない。
そして、佇まいを正す。
「今回、ラック・ドライゼン殿には大変なご迷惑をおかけしたことを、皇帝陛下は謝罪したいと仰せにございます」
寡黙な賢者ローザ・マルケイではなく、聖女カトリナ・ジスカールが口火を切った。
しかも、いつもラックさんと呼んでいるが、今回は殿になっている。
「それは僕の家族をベルナルド・ファイナスが殺したことに対する謝罪ですね?」
二人はラックの言葉に頷く。
「ベルナルド・ファイナスはアナスターシャ・モーリスに唆されて、ドライゼン男爵暗殺を企みました。結果はラック殿が知っている通りです。私たちがそばにいたのに止めることができず、申しわけありません」
聖女カトリナ・ジスカールが立ち上がると賢者ローザ・マルケイも立ち上がり、二人で頭を下げた。
「悪いのはベルナルド・ファイナスとアナスターシャ・モーリスの二人です。聖女様と賢者様が頭を下げる必要はありません」
「ですが、私たち二人は、あの二人を止めることができる数少ない者でした。それなのに、ラック殿への暴行を放置し、あまつさえドライゼン男爵暗殺を止めることができなかったのは、私たちにも罪があると思っています」
言葉ではなんとでも言えると、ラックがどれだけ酷い扱いを受けていたか知っているゴルドは握った拳に力が入る。
「今回のことで、ファイナス侯爵家とモーリス公爵家は取り潰しになることが決まっています。陛下はラック殿を侯爵として迎え入れたいと仰せです」
侯爵と言えば、皇室の一員である公爵を除いた貴族の最高峰の爵位だ。
貧乏男爵家の五男だったラックを侯爵にするのは、帝国始まって以来の珍事、異例中の異例だろう。
「ありがたい話です」
「では!」
「しかし、僕は帝国に帰るつもりはありません。陛下の謝罪は受け入れますが、僕には貴族の堅苦しい生活は性に合わないのです」
聖女カトリナ・ジスカールと賢者ローザ・マルケイは困った表情で顔を見合う。
ラックはここまでは、伏線にすぎないと知っている。
女神ケミスマリアージからラックの重要性を聞かされているため、二人に少し意地悪をしているのだ。
これくらいの意趣返しはしてもいいはずである。
「ラック殿……。その言いにくいことですが」
「なんでしょうか?」
「魔王が復活しました」
「はい」
「……驚かないのですか?」
「魔王のことを聞いた時は驚きました」
「……誰かから魔王のことをお聞きになったのですね」
「はい、ある方から」
聖女カトリナ・ジスカールと賢者ローザ・マルケイは冒険者ギルドの支部長であるダジムが漏らしたのかと勘繰った。
「ああ、冒険者ギルドとは関係ないところで聞きましたので、勘違いなさらないでください」
「そ、そうですか……」
民衆がパニックになることを恐れて、帝国貴族や教会関係者、それに各国には情報の取り扱いに気をつける必要があると通達がいっている。もちろん、冒険者ギルドにもだ。
誰が情報を漏らしたのかは、この際置いていて聖女カトリナ・ジスカールは本題に入る。
「魔王を倒すためには、勇者、聖騎士、賢者、聖者(聖女)が力を合わせる必要があります」
「しかし、勇者と聖騎士が犯罪者では、勇者パーティーが成立しないのでは?」
「その通りです。ラック殿」
聖女カトリナ・ジスカールはラックを見つめる。
「今回の魔王は非常に強く、勇者、聖騎士、賢者、聖者(聖女)が揃っていても勝てる見込みはありません」
「それは大変ですね」
「「………」」
ここにきて聖女カトリナ・ジスカールと賢者ローザ・マルケイは気づいた。
ラックは全てを知っているのではないかと。
「ラック殿」
「はい」
「正直にお答えいただきたい。ラック殿は、私たち二人がここへやってきた理由をご存じではありませんか?」
ラックはゴルドとシャナク、両サイドに座る二人の顔を見る。
ゴルドはまだお仕置きが足りないという目をし、シャナクは気の毒ですという目をしている。
「ある方から大体のことは聞いています。神降ろしがあったこと、僕が勇者パーティーを支援しなければ魔王に勝てないこと、新しい勇者と聖騎士を僕が育てることなどですかね」
「「勇者と聖騎士を育てることまで!?」」
この情報は帝国の上層部のほんの一握りの者しか知らない最重要機密だ。
それが遠く異国の地にいるラックの耳に入っているということは、帝国上層部の中に情報を漏洩させた者がいるということである。
聖女や賢者という立場に関係なく、二人は帝国の機密取り扱いについて改善しなければと考えた。
「ああ、これは神降ろしをした張本人からお聞きしましたので、情報漏洩とかではないですよ」
「「はい?」」
女神ケミスマリアージが、神降ろしをした張本人である。
ラックたちがケミスマリアージから直接聞いたと二人に教えると、二人は悲鳴のような声を発してしまった。
その声は冒険者ギルドの建物の中にも響き、ダジムが応接室に飛び込んでくるという一幕もあったりする。
もちろん、ダジムは人騒がせな声を出すなと、二人とラックたちに小言を言って出ていく。
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