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小さなハルバード  作者: ろっとん
第一章
3/4

落陽の王都3

***



 王城前が赤い。


 グロス軍の兵士達が城門前の道を占拠するように待機している。


 城壁に囲まれたルブレーの街の中に、更に城壁で囲まれた城が建つ。そこが王城だった。


 城門前広場があったがそこに何千もの兵士が入るわけもなく、ロルフは大部分の兵士を街の外に置き、自身は信頼できる者と最低限の兵士を連れてここまで来ていた。


 傍には四人の将軍が後ろに付き従っている。全員、戦場では着用していた兜は脱いで素顔を晒している。


 ロルフは齢二十後半ほどの血気盛んそうな顔付きをしている。グロス王国王族に見られる黒の髪に金の瞳という特徴こそ備えているが、品性よりも野性味を感じてしまう顔付きは王族というよりは兵士や傭兵といった風に見えてしまう。決して整っていないわけではないのだが、アルバートを気品溢れる美と表現するならばロルフの美は獣や武具という言葉が似合うだろう。



 日がだいぶ傾いた頃、王城の城門を潜りグロス軍の集団が外へ出てきた。先頭に立アルバートがロルフの所へと真っ直ぐに向かってきた。


「ただいま戻りました」


「ご苦労。それで早速だが、どうだった?」


「テンシュテット王は城内の兵士達の武装解除に了承し、降伏を受け入れました。謁見の間に軟禁させてあります」


「よし、ドミニク! ノルベルト!」


「「はっ」」


 二人の将軍がロルフの前に出る。


 ドミニクは頭を短く刈り上げ真面目な雰囲気を持つ男だった。歳はロルフやアルバートよりも上に見えるがまだまだ年老いているというには若い外見をしていた。


 ノルベルトはドミニクと比べると派手な鎧を纏い、行動一つをとってもどこか高貴な出という印象を周りに与えている。その顔付きはロルフよりも更に若いように見えるが、鎧に着られているという風にも、そして周囲に物怖じしているという風にも見えない。


「二人は兵を連れ、先に城に入って中を見てこい。命令が伝わっていない奴らや、もしかしたらよからぬことを企んでいる奴らがどこかに兵を潜ませているやもしれんからな」


「分かりました」


「その場合城内で戦闘になるかもしれませんが、よろしいですか?」


 ドミニクの言葉にロルフは頷いた。


「投降の構えを見せない武装集団がいれば、まずはすでに国王が降伏を受け入れたことを伝え、それでも抵抗するなら武力行使もやむなしだ。仕事はなるべく早くしろ。俺もすぐに入城するのでな」


「御意」


「了解しました」


「ダッハ将軍、デューラー将軍。王城南の入り口周辺は私が事前に何度も見ているので、他を重点的にお願いします。特に王を軟禁している部屋付近は伏兵がいないよう念入りに。案内に私の兵を二名同行させましょう」


 アルバートは後ろにいた二名に手で指示し、ドミニクとノルベルトの元へと送る。二人の将はアルバートとロルフに礼をすると下がり、兵士達を連れて城門をくぐって行った。


「ヴァルター!」


「ここに」


 今度は四十を優に過ぎているだろう老年の将軍が重く深い声色で返事をする。その顔には皺が深々と刻まれており、頭には白いものが混じり始めている。姿、声、所作から人としても将軍としても一朝一夕では獲得しえない雰囲気を醸し出している。


「城外に待機させてある敵の敗残兵を纏め上げろ。負傷者の手当てもしっかりと頼む。後方の補給部隊をここまで連れてきて、なお足りないものはルブレー市街から調達させろ。こちらの戦力に成り得る貴重な人員だ、無駄にはするな」


「我が国の兵士達はどうしましょう。何の構えもない王都に兵を全て入れようとすれば問題が発生するのが目に見えています」


「明日までには場所だけは確保しておく。戦闘後の疲れもあるだろうが、今日は野営で我慢させろ。決して王都への刺激は許さぬと厳命しておけ。それさえ守らせれば多少はハメを外させても構わん。食事も多く振舞ってやれ。酒も許可する」


「仰せのままに」


 ヴァルターは敬礼をすると部下数名を引き連れて行ってしまった。


「次に……ゲルト」


「なんでしょう、陛下」


 名前を呼ばれて長い金髪をきざったらしく掻き上げてからそう応えて片膝をついたのは、眉目秀麗な男だった。


 ノルベルトのように貴族意識が見える仕草だったが、こちらはそれを一回り過度にしたようなものだが容姿端麗なこともあり、とても様になっている。


「王城と正規軍は押さえたが戦争に参加していない貴族もいる。そいつらは今でこそ領地に籠ったままだが、そのまま大人しくこちらに帰従するかは分からん。統治に時間をかけていると周辺諸国に領地領民ごと持っていかれるだろう。その前に特使として赴き、なるべく多くを王城へと来させろ」


「此度の戦の勢いを聞いて帰順する者もいるでしょうが、しかし素直に従わない者も多いと思いますが」


「だろうな。威圧にお前の軍を使うことを許す。その結果真正面から事を構えても良い。悪化した事態は俺がなんとかする。お前はなるべく多く、そして早くを心掛けろ」


「具体的には期間はいかがいたしましょう?」


「一月だ」


 指定された期間に、ゲルトは優雅に微笑みつつも呆れたように肩を竦めた。


「一月とは……相変わらず無茶を仰る」


「おや、閃光将軍なら十分に可能だと思ったが……弱音か?」


「何を馬鹿な事を……この戦いにおいても陛下には我が二つ名の意味するところを十分にお見せしたはず。見晴しの良い平原においても奇襲を難なく成功させた我が部隊の速さを侮っておられるので?」


「ならば可能だな?」


「勿論ですとも。一月以内に陛下の下に頭を垂れる領主達の姿をご覧に入れてみましょう。閃光の名にかけて」


「任せたぞ」


 立ち上がって優雅に腰を折り、礼をした後にゲルドはマントをたなびかせながら去って行った。


 最後に城内より戻ってきたロルフと同い年くらいの将軍に向けて、


「アルバート」


 そう名前を呼ぶ。


 アルバートは静かに目を閉じて命令を待つ。


「はい」


「少し待つ。その後、入城してテンシュテット王との交渉に入る。補佐は任した。護衛も」


「心得ました」


「最後までお前には苦労をさせるが、俺の右腕となってくれ」


「言われずともこの身朽ち果てるまで王と共に」


 アルバートはそう答える。


 影が少し斜めになった頃、アルバートを伴ってロルフは自身の部隊とともに城門をくぐった。勿論、入口にはグロス王国軍の兵士以外の人影はない。


 城内は静寂に包まれていた。入った所で家中が一人、兵士に両脇を固められて震えるようにして立っていた。


「ご、ご案内いたします。あ、玉座の間までご案内いたします」


 ロルフ達の到着を待って、女中はそう申し出る。


「頼んだ」


 ロルフは女中に向かって大仰に頷くと部屋まで先導させた。


 ロルフは案内役の家女中に連れられ静かな廊下を歩く。そのすぐ後ろにアルバートと兵士が二人、ロルフの後ろにも数人の兵士がロルフの守りを固めている。


 案内する家政婦は顔を強張らせ、ロルフ達の足音が時折大きく響いたときなど思わず声を漏らしてしまう程に怖がっていたが、それらの反応を見てもロルフは気にせずについていった。しかし、アルバートはともかく、ロルフに付き従っている兵士達はあからさまに怖がられているのを見て気分は良くないようで、複雑そうな面持ちでそれに付いて行っていた。


 アルバートはロルフの前に立ち、伏兵が潜んでいそうな場所へと注意して見ている。しかし、先に入った二人の将軍がしっかりと仕事を果たしているのか、時折通路の見張りをしているグロス兵以外には誰にも会わない。


「まるで廃墟か……洒落た幽霊屋敷だな」


 ロルフが呟いた。その言葉すらやけに大きく廊下に響いた。


「人の住まぬ城程無意味な物もあるまい。気味が悪い」


 アルバートがその言葉に深く頷き返す。


「同感です。しかし、今はこの方が好都合なので勘弁願います」


「分かっている。ただのぼやきだ」


 中央階段を四つ程上がると、そこには一本の大きな通路があった。その通路は奥まで壁と窓だけが続いていて、一番奥には一際大きな扉が存在している。扉の前には複数人のグロス軍の兵士達が待機している姿が見えた。


 ロルフ達がその扉の前まで歩くと、兵士達に混ざってそこを守備していたドミニクがロルフの前に立ち、報告を始めた。


「お待ちしておりました。城内全てを制圧し切れてはございませんが、謁見の間近辺の防備は完全に固めております。中もこちらの兵士で囲み、誰の入室も許していません」


「そのまま任務を続行しろ。今日中には城の全域で安全を確保しておけ」


「はっ」


 ドミニクが下がっていき、ロルフは家政婦に扉を開けるように命じる。


 重厚な造りの扉の先の視界にまず飛び込んできたのは、王城にいた領主貴族達が成す列だ。広間には大きな長机が二つあり、部屋の中央を空けるようにしながら奥へ延びるように配置されている。三十程の椅子が壁を背に規則正しく並べられていたが、この場では誰も座っておらず、椅子の後ろに起立し整列していた。


 その一番奥、一段高い場所に設置されている玉座の上で、白髪を蓄えたテンシュテット王がロルフ達を待ち構えていた。


 壁際にはグロスの兵隊の姿があり、有事の際には彼らをどうとでも出来るように槍を持って立っている。部屋は完全にグロス軍によって制圧されつくしていた。。


「五年だ」


 ロルフは部屋に入るなり全体に聞こえるように大きくそう言った。


 距離はそれなりに離れていたからだったが、静かな広間にはやけに大きく響いた。だからか、次の言葉は普段の会話くらいに音量を落としていた。


「貴公らのテンシュテットにアクレイア、ヴァルディンゲンの三王国と開戦し早五年。ようやく全てを片付けることが出来たことを俺は心から喜ばしく思うぞ、テンシュテット王」


「……前置きは良い。悪戯に圧をかけぬとも、我らの命運、すでに貴殿らの手の上にある。そのような話は貴殿の臣下と酒でも酌み交わしながらされるとよかろう」


「グロスの隣国三つの最後を落とせたのだ。勝利の余韻に浸りたくなる気持ちを察してくれてもいいだろう……まぁいい、そちらが望むのなら手短に行こう」


 貴族が両側に控える広間の中央を歩いていく。


 貴族達の視線がロルフに突き刺さる。恐怖を持って見る目。悲観を持って見る目。憤怒を持って見る目。怨嗟を持って見る目。


 それらの全てを受けても、ロルフは臆した様子を見せない。最後まで歩幅は一足分も変わらず長机の脇を通り玉座の前まで歩みを進めた。


 玉座にいる王だけは、しかしそれらの目をしていなかった。ここにきて覚悟が決まったかのように超然としている。


「それで、どうするおつもりかな? 我らを……この国を」


「決まっている。テンシュテット王国は現時刻をもってグロス王国の支配下に入ってもらう。王家は解散、テンシュテットという国は消滅する」


「……横暴だな」


「それが戦争をいうものだろう。それに、貴公らがやろうとしたことと何か違いがあるか?」


 黙するテンシュテット王に意地の悪い笑みを投げかけるロルフ。


「これ以降、この土地はグロス王国テンシュテット州……ということになるかな。異議のある者はここで俺に剣を向けるか、自分の領地に帰って戦争の準備をするんだな。勿論、その時点で俺の敵と見做し容赦はしない。すでに敗れている貴公らがどのくらい余剰兵力を残しているのかこの目で見てみよう」


 この場で異議を唱える者はいなかった。テンシュテット王国の多くの領主が束になっても敵わなかった相手に少ない兵力で戦おうという者は一人もいない。


 それに、全員が結託しても勝てるかどうか分からないというのに、ここにいる者達は決して一枚岩ではないのだ。


 今も多くの者が保身のために頭の中で画策していることだろう。探り合いをするような視線が交錯している沈黙の時間をロルフは鼻で笑う。


「了承と受け取って構わないな?」


「固よりそのつもりだ。貴殿が来るまでにこちらも意思を固めている。最早無駄な血を流すべきではない、とな」


「賢明な判断だ。では次に貴公らの処遇についてだが……」


 周囲をぐるりと見回す。視線を受けた貴族達は固唾を飲んで言葉の続きを待つ。


 ざっと全員、貴族達の顔を眺め終え、ロルフが一呼吸置いた後にこう告げる。


「先も言った通り、俺の統治に不満がある者はここで剣を向けるか戦争の準備をしにいけ。だが、俺に従うという者は旗下に入る事を認めよう」


 おぉ、と小さな声や安堵の溜め息が部屋のあちこちから漏れて聞こえてくる。


 最後の最後まで歯向かっていたのだ。処刑される可能性は十分にあった。生をまだ味わえる。そのことに多くの者が歓喜を抱いていた。


「付け加えまさせていただきますが」


 そこにアルバートがすかさず補足を加える。


「あなた方をそのままグロス王国の一員とするわけにはいきません。勝者と敗者、そこはきっちりと線引きさせていただきます」


 アルバートの言葉を聞いて、恐る恐るという風に一人が口を開いて尋ねる。


「それは、金の話か?」


「戦勝国である我が国への賠償などの細かなことは会議を重ねつつ決めていきますのでここでは省かせてもらいます。そうではなく、政治的な話でございます。我が国の政治体制は隣国だった諸侯もご存知のはず」


「封建制度の撤廃か」


「そうです。国の財産とも言えるあなた方の領地や兵士、領民を一度、王の元へと献上してもらいます。その後、それぞれの役職についてもらいます」


「しかしそれでは国は豊かになっても我々は……」


「あなた方には身分に基づいた俸給はしっかりとお支払いいたします。また、一度接収した土地をあなた方の富を持って買い戻す事は禁止致しません。兵にしても、私兵を禁止するわけではありません。ただ、これといった理由もなく反乱を起こせる程の兵を持つのは、よろしくない事なので発覚次第問いただされる事になりましょうが」


「そのようにテンシュテットとは違う点は多いが、権力者が持つ特権的な扱いは変わらん。また敗戦国出身だからといって殊更不遇に扱うつもりもない」


 ロルフは掌を二度打ち合わせた。パンパン、と乾いた音が広間に鳴り響く。


「これ以上は話すと長くなる。さっさと決めてもらおう。剣を抜くか、渡すかを」


「死を覚悟するか強制的な服従か……乱暴過ぎはしないか、グロス王よ。それでは確かな忠誠を得られまい。よもや戦う気もないが仕えるつもりもない者全員を粛清するというわけでもあるまい?」


「ふん……死か忠誠、そのどちらも取らぬという道、か」


 ロルフはテンシュテット王を直視し、その後貴族達を横目で見てから口を開いた。


「それも認めよう。ただし、その場合でもテンシュテット王国内の領地は全て我が国のものに、更に財貨も接収させてもらう」


「馬鹿な!」


「そんな事、出来るものか!」


「死罪と変わらないではないか!」


 職と土地、更に金も奪われてしまっては生きていけるはずがない。これには貴族も耐えかねて一斉に不平に不満、非難の嵐を浴びせかけてきた。


「諸兄には落ち着いてもらいたい。財貨全てを没収するわけではございません。そうですね……先の賠償金とは別に私有している財貨の半分、といたしましょうか」


「は、半分……しかしそれでも」


「そもそも、戦争で負けこうして囚われた貴公らは最早首を刎ねられてもおかしくないのだ。それをこうして生きる機会を与えてやっていると言うのに……それも道は複数与えている。その上で貴公らはまだ金が惜しいとほざく。図々しいにも程があるのではないか?」


 そう言われてしまえばぐうの音も出ない。ここにいる領主貴族達はテンシュテットでも上流階級に当たる者達だ。彼らが溜め込んだ私財は、半分もあれば通常慎ましく暮らせば人一人が余裕で何十年も生きていけるだけの額になるのだから。


 家族や使用人も合わせ、さらに逃亡用の費用やらを計算に入れても、十分御釣りが来る。


 勿論、今までのように貴族の生活を続けることは出来ないが、命を天秤にかけてどちらを取るかと言われてしまえば比ぶるに値しないだろう。


「さて、俺は貴公らに三つの選択肢を用意した。我が国の傘下に入り俺に忠誠を誓うか、死を覚悟した上で牙を剥いて戦争か、はたまた財を投げ出しての逃亡か。選ぶがよい」


「ほ、他の道を詮索する時間をお与え願いたいのだが……」


 声は震えていたが少ない勇気を振り絞り一人の貴族がそう発言した。ギロリ、とロルフがその男を睨みつけるが、


「いいだろう。貴公らから生産性のある意見が生まれるのなら俺は歓迎する。ただし、三日だ。その間に代替案が見付からねば先に挙げたどれかを選んでもらう。良いな?」


 しかしその口から発せられた言葉は優しいものだった。汗を拭う所作をしながら、貴族の男は二、三頷いた。


「は、はっ……承知しました」


「他の者達も、三日与えよう。無論、この場で決めても良い。ただし決定するまで王都からは出られん。外に逃亡されても困るからな。俺に逆らうのは堂々と宣告してからにしてもらおう」


 貴族達がざわつく。すでにどの道を選ぶか、はたまた新たな道はないかという会議で彼らの頭は満たされているようだった。


 ひそひそと他には内容が伝わらない程度の声量の会話が飛び交う。小さな声でも集まればそれなりに大きな雑音に変わる。ロルフはそれらの音に負けないだけの声量を出して、この場にいる皆に尋ねる。


「一つ聞きたい。ハイルマン卿もこの場にいるはずだが、どなたかな?」


 唐突な質問に貴族達の視線が少し乱れ、やがて一箇所に集まる。ロルフもそちらへと目をやる。


「見覚えのある顔だ。貴公がそうだな?」


「う、うむ……私以外にハイルマンの姓を持つ者はいないはずだ」


「貴公には特別な待遇がある。近くに寄れ」


 ロルフが手招きをし、ハイルマン卿が恐る恐るといった風に足取り重くロルフの近くへと歩み寄る。ロルフの後ろでアルバートが少し顔を歪めた。しかし誰もそれには気が付かない。


 ハイルマンとの距離があと十歩程になった時、ロルフは突然鞘を払って抜剣した。


「ひっ!」


 突然の出来事にハイルマンが身を竦めるが、ロルフはその剣を地面に突き刺した。大理石の床が割れ、先端が床に刺さり手を放しても立ったままになる。


 空気が一瞬にして凍り付いた。先程まで広間を支配していたざわつきが霧消し、誰もが小さな物音一つ立てずに成り行きを見守る。剣の放つ金属音がすっと部屋に消え入るのを皆が確認する。ロルフはハイルマンをその音が消えるまで睨みつけて、それからアルバートの方に向く。


「アルバート、お前の剣を貸せ」


「王……どうか自重してください」


「ならん」


 ロルフの険しい視線がアルバートの両目を貫く。溜め息とともにアルバートも抜剣すると、剣の刃を持ち柄の方をロルフに差し出した。ロルフはそれを受け取るとアルバートは手を放す。


「ハイルマン卿、その剣を使うと良い」


「は?」


「ここで、俺と斬り合え」


 再びざわつく広間。ロルフの言動をその場にいる誰もが理解出来ず、困惑するようにそれぞれがハイルマンとロルフを交互に見た。グロス王国軍の兵士さえもだ。ロルフの事を理解出来ているのは、アルバートただ一人だった。


「な、何故だ! 何故ここで私が斬り合わねばならんのだ!」


「……心当たりがないと言うのか」


 ギリッと歯を食いしばりロルフは身を震わす。あまりの視線の鋭さにハイルマンだけでなく周囲の者、アルバートまでもがたじろいだ。


「剣を与えたのはせめてもの慈悲だ。出来ることならば戦って死にたいだろうという武人の情けだ。生き延びたいのなら力を持って勝て。出来ないのであれば死ね」


 流石にこの空気は危険だと察したのか、テンシュテット王がロルフを呼び止めようと立ち上がる。


「グロス王、これは一体――」


「口出しするな!」


 ロルフの叫びがこだました。制止するには遅すぎた。


「剣を手に取れ! そして戦え! 俺の父は、それすら出来なかったのだぞ!」


 ロルフの剣幕に押され、ハイルマン卿は顔を青ざめながらゆっくりと剣の前まで歩き柄に手を掛ける。両手を使って精一杯の力をかけてそれを引き抜く。


「構えろ」


「ま、待ってくれ」


「いや、待てない。もう八年も待った」


 相手が剣を構えたと見るや、ロルフは一気に飛びかかった。


「ひぃっ!」


 ハイルマンが一撃目を受け止められたのは、神が与えた偶然か、それとも無意識のうちにロルフが手を抜いていたのか。ロルフが放った上段の斬りはハイルマンの構えていた剣に当たった。ロルフの剣が弾かれるというよりは逸らされるようにして横に流れていく。


 体を硬直させていたにも関わらず剣はハイルマンの手から離れることもなく、むしろ衝撃から来る痺れがこの状況を現実のものであることをハイルマンにこれ以上なくはっきりと分からせた。


「う――」


 ハイルマンが目の前に立つロルフに剣の切っ先を向ける。


「――ああああ!」


 腰の辺りに構えられた突きは、ロルフの胸元目掛けて繰り出された。


「王!」


 冷や汗を掻いているアルバートが叫ぶが、ロルフはそちらには反応しない。彼の目はただ一点、その突きに向けられている。


 右足を後ろに回す。そして少し遅れて右半身がその動きに連動する。ハイルマンの突きはロルフがその一歩の回転で狙いをずらされ虚空の上を斬り裂いた。


 ロルフの目が流れる。剣の切っ先から、目標の首筋へ。


「――シッ!」


 ハイルマン卿に防御どころか反応する間も与えず、ロルフが振り抜いた剣はすれ違いざまのハイルマンの頭を胴体から両断してしまった。


 断頭され勢いよく転がった頭が、謁見の間を転がりとある貴族の前で止まる。短い悲鳴とともに何名かの貴族が意識を失って倒れた。


「ひゃああああ!」


 貴族の何名かが扉の方へと逃げ出したが、武装したグロス王国の兵士達が扉の前に立ちはだかる。


 血の臭いが広間に漂い始めた頃、顔を青ざめてはいたが玉座から腰を上げずにとどまっていたテンシュテット王が口を開いた。


「もし貴公が悪逆非道な人物でないと申すのなら説明を頂けるだろうな、グロス王。我が臣下の者の首を刎ね飛ばした理由を」


「勿論だ」


 ロルフは剣を振って血を飛ばした。床にはハイルマンの死体から鮮血が溢れて赤い河が出来上がりつつある。


「まずは初めに言っておこう。これ以上この場で血を流すつもりはない」


 そうは言っても目の前で人を殺されたのだ。貴族達が安心できるわけもない。信じられるか、といった目を皆がロルフに向ける。しかしロルフは冷静な表情を浮かべてこうも続けて言った。


「むしろ、このまま騒ぎ立てるというのであれば、我が兵士達が矛先を貴公らに向けてしまうかもしれない。暴動には武力を持って制圧せよと命令してあるからな」


 ロルフの言葉に、扉にまで駆け寄っていた貴族達が、出入り口を塞ぐ兵士から距離を取るように数歩下がる。


 それを見て、そして少し静まり返った広間をぐるりと見回して、ロルフは口を大きく開いた。


「知っての通りこの戦争で俺が掲げる大義は、復讐だ」


「……そなたの父上の」


「先代のグロス王、ディーター・デル・グロスは心労と過労により病気を患って死んだ。周辺諸国と自国の貴族達が結託して無理な政策を取らされ、嫌がらせと呼ぶには過激で非道な悪意を受け、心身共にやつれさせ、やせ細り、最後にはベッドの上で悪夢に苦しみ幻聴と幻覚に苛まれながら、怨嗟の言葉を吐きながら死んでいった。貴様らのおかげでな!」


 そう言い切ったロルフに慌ててテンシュテット王が弁解をする。


「しかし妨害、策謀なら貴国もこちらにやってきただろう。お父上の件については残念だったが、権謀術数塗れたこの世では一つの習いというものではないか」


「それが言い訳になると? ならば戦争という暴力の世界で勝った俺が、ここで全員の首をたたっ切っても文句は言えないだろう!」


 ロルフの言葉にテンシュテット王は口を閉ざす。ロルフの怒りは言葉だけでなくその体にまで表れている。先程までの冷静な王の姿はなく、今は怒りに身を委ねて全身を震わせている。


 ロルフは手に持っている剣をハイルマンの死体に向けた。


「このハイルマンは、アクレイアやヴァルディンゲンの協力者と共に我が国の裏切り者と結託して父上を苦しめた。いわば首謀者の一人だ。ずっとこの手で討ち取ることを夢見てきた。それが今日ようやく叶ったというわけだ」


 そうだハイルマンが悪いのだと誰かが言った。それに頷き返す者が多数現れた。


「しかし、テンシュテット王、特に貴公はこの国の王だ。いや、王だったというべきか。部下の不始末を背負うのは上の者の務め。違うか?」


「それは……」


「王がハイルマンの企てた謀略をどこまで知っていたのかは知らん。もしかするとハイルマンが領地を少しでも多く手に入れるために何も知らせていなかったかもしれない。だが、忠誠を誓っていた王にも知らせていたかもしれない」


「……」


 ロルフの追及に対してテンシュテット王は思わず視線を逸らす。


 冷や汗が額に滲んでいる事にも気が付いてなさそうな程に動揺しているのが傍から見ても分かった。しかしロルフはゆっくりと歩くと手に持つ血に塗れた剣をアルバートへと渡した。


「言ったであろう、これ以上この場で殺すつもりはないと。貴公らは罪には問わん。実は小耳にぐらいは挟んでいた、という理由で全員の首を刎ねていてはキリがないからな。俺は乱暴であることは自覚しているが、暴虐であろうとは思わない」


「私を許すというのか?」


「国益を重視するのは王として至極当然の事。そのために俺の父を死に追いやったこと、ひどく恨み申し上げるがその行動が利に基づいたことを理解出来ないのであれば王たりえん。ハイルマン卿を最後に、三国を攻略し首謀者全員を討ち取ることが出来た。もう復讐は終わりだ」


「そうか……それは助かる」


 テンシュテット王が安堵した所にロルフはわざとらしく咳払いをした。


「しかし、だ。そのような私怨を除いたとしても、先程も申した通り王ならば王らしく部下の不始末と敗戦の責を取るべきではないか? それに敵国の王族だったものを生き残らせるというのもよろしくない。歴史を紐解けばそういった因子を生き残らせたが故に衰退・滅亡していった国というものもある。俺は危険を取り除いておくべきだろうか?」


 怒りから一転、悪人のような面でロルフは意地の悪い笑みを浮かべて王へと歩み寄る。テンシュテット王は拳を握りしめながら尋ねる。


「どうするつもりか、聞かせてもらおう」


「まず反乱の可能性を潰すために、貴公の領地領民私兵は全てこちらの下に吸収させてもらう。まぁこれは貴族の者達と変わらんな。ただし、貴公に反抗の道を用意すれば、もう一度貴公の元に集結しテンシュテット王国の再興を許してしまう。故にそれはなしだ。貴公には他の二つの道を用意した」


 まず一つ、と右手を広げてロルフは語る。


「家財も何もかもを捨てての国外逃亡……頑張ればどこかの国に仕えることも出来るだろう」


「馬鹿な……領地も財も奪われてどうやって家族と生き延びろと言うのだ」


「他国が受け入れてくれるはずが……」


 貴族の間から言葉が漏れる。ロルフは何も言わず左手を広げた。


「もう一つは、貴公が死ぬことだ。貴公を処刑することで反乱の可能性は潰えたとする。残った一族には手を出さん」


 突き付けられた理不尽な要求に、王は目を見開いて口を半開きにさせたまま動かなくなってしまった。


「どちらにせよ、死しかないではないか」


「むごい……むごすぎる」


 貴族の側からそんな感想が漏れてきた。しかしロルフは顔を向けずに彼らに声だけをかける。


「ならばどうする? 主君を助けるために一緒に死ねる勇を持つ者は出てくるが良い」


 ロルフの言葉にテンシュテット側の全員が顔を背ける。テンシュテット王に忠誠を誓ったといっても、所詮は我が身が惜しい程度の者しかこの場にはいなかった。


 それを見せつけられたテンシュテット王は、恐怖と怒りで震える指先を膝に痛々しい程につきたてながらも震える声でこう言った。


「わ、私が死ねば一族は許してもらえるのだな?」


「約束する」


「その約束に嘘偽りはないな?」


「武人としての誇りと名誉を、それに王としての体面にかけて」


「ならばなにを迷うことがあろうか――だが一つ聞かせてくれ。我が家族の処遇はどうするおつもりか」


「希望がなければどこかに居を構え、そこで隠遁してもらう。この国にいたくないというのであればどこかの国へと受け渡そう。仮にも元王族だ、悪い扱いは受けまい。支度金でも付けて送れば受け取らないということはないだろう。これでは不満か?」


「いや、感謝する」


 本来であればロルフの言う通り、敗残国の王族など一族郎党死刑にされてもおかしくはない。中途半端な情けをかけて、反乱を起こされた例も数多くある。本人に意思はなくとも周囲の者が担ぎ上げる可能性もある。


 負けた側が扱いを口汚く罵ろうとそれは負け犬の遠吠え以外の何物でもない。史実を紐解けば有無を言わさず全ての財貨を没収され、そのまま野に放り捨てられるか、全員死刑にされるという事も珍しくない。


 これでもグロス王ロルフは甘いと言える。ただし過去は過去、今に生きる彼らにとってロルフはまさしく死神である。


「では三日だ。それまでに貴族の諸兄は身の振り方を考えておけ。王はそれを終えた後に処刑する。それまでは全員……そうだな、王宮に軟禁させてもらう。十分な広さはあるだろう?」


「ああ、部屋を全て開放すればここにいる者全員が寝泊まり出来るくらいの広さはある」


「ならばそうしてもらおう。連れていけ」


「皆の者、貴族の方々を王宮までお送りする」


 アルバートが部屋を取り囲んでいた兵士に命令し、貴族達を退室させる。最後に続いた王に対し、ロルフはすれ違いざまに、


「テンシュテット王。残り僅かな命、家族と過ごすのだな――俺の父は出来なかった事だ」


 そう囁いて、ロルフ自身も謁見の間より立ち去った。



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