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小さなハルバード  作者: ろっとん
第一章
2/4

落陽の王都2

***



「王、グロス王はいずこ!」


 複数人の部下を引き連れて、一人の騎士がグロス軍の中を騎馬で駆け抜けていた。


 今やこの平野のあちこちで衝突を見せた戦争は、そのほとんどが収束に向かっている。しかしグロス王のいる最後衛の部隊までもが戦闘に巻き込まれる程の大規模なものになってしまった。


 最終的に総司令官同士の一騎打ちで勝利し、こちらに戦局が傾いたという情報はグロス軍の多くの兵士の耳に届いていたが、それ故に焦る者もいた。


「王!」


 王家の紋章を掲げる旗印を見つけ、そこに駆けつけるとグロス王ロルフは兜を着けたまま休憩していた。


 この辺りの戦闘はほぼほぼ片付いたため全員を休めているのだろう、見回りや馬番等まだ役割の残っている兵士以外の者達は腰を落ち着かせて休んでいる。掃討戦に移行した今指揮はほとんどとることもないとロルフは護衛する兵士達に囲まれながら同じように地面に座っていた。


「ご無事でしたか……お怪我もないようで、安心しました」


 馬から降りて、男が兜を脱ぐ。若さが未だ残って見えるが端整な顔立ち。金髪が太陽に照らされて輝いて見えた。


 男は兜を小脇に抱えたまま片膝をついてロルフの前に跪いた。後ろに付き従っていた彼の部下らしき者達もそれに従う。


「俺が負けると思うか?」


「いえ、勝利の報は私の元にまで伝わってきましたが、万が一御身に怪我でもありましたら……なるべく無茶は避けてくださいとあれほど申しておりますのに」


「ええい、説教は抜きだ。アルバート。折角の飯が不味くなる」


 非常時用の携帯食料である固い干し肉に直接食らいつきながらロルフはそう言った。そしてアルバートという男に楽にするよう手で示す。それを受けたアルバートは徐に立ち上がった。


「申し訳ありませんでした。我々が不甲斐ないばかりに敵の突破を許してしまい、あまつさえ王の元まで敵の接近を許してしまいました」


「いや、良い。敵が予想以上の踏ん張りを見せたのはお前の失態ではない。おかげで俺も面白い奴とやりあえた。こちらの被害も大きくなってしまったのは、少々痛ましいがな。犠牲のない戦争などない。将軍達には、出来れば残る掃討戦くらいは損害を少なくして欲しいが」


「……私が任された左翼の敵は殲滅出来ております。右翼のダッハ将軍とデューラー将軍は多少手こずっているようですが、こちらも直に片が付くでしょう」


「やはりまだ青いか……両名とも使える奴ではあるのだが、お前と比べると見劣りするな」


「私もまだまだです。世間から言えば十分に若造です」


「お前は俺の右腕に足る十分な才覚を持っている」


 ロルフがそう言って褒めるがアルバートはにこりともしなかった。


「その二人の事はともかく、リーマン将軍の方は少々問題があるようです」


「ゲルトもか」


「奇襲による混乱は誘えたとはいえ、少数の騎兵部隊でまだ元気の余りある後方部隊へ強襲させましたから。それに後方までは敵総大将の撃破の報も伝わっていないようで、まだ兵士達の士気は保たれています」

 ふん、と鼻を鳴らしたロルフ。


「前線のヴァルターが戻ってきていない。左翼のお前の方が早く帰ってきたということは、どうせ動いているのだろう?」


「はっ、ご明察の通りです。ラーレンツ将軍が正面の部隊を纏め終えて、すでに後方へ掩護に回っています」


「一番損害の大きな部隊は自分の部隊だろうに……相変わらず手早く堅実に立ち回る奴だ。ヴァルターが向かっているのならば俺の出る幕はない。精々が後方で負傷兵の面倒を見るくらいだ」

 ロルフはそう言うと、残る干し肉を一気に口に放り込んだ。その後革の水筒を口につけると勢いよく立ち上がる。


「アルバート。一つ頼まれてくれるか?」


「はっ、なんなりと」


「先に王都へと入り、ルブレーにいるであろうテンシュテット国王と貴族共の身柄を確保しろ」

 敵はこの平野に兵を集めて布陣していたが、王都内にも少なくはない兵がいるだろう。それはアルバートも分かっていた。もちろんロルフも。


「抗戦されると思いますが」


「お前の部隊はもう戦闘を終えているのだろう? 必要ならば全員そちらに回してよい。こっちの事は他の将軍に任せておけ」


「はっ……しかし、野戦で完全勝利し王都にいる敵の戦意を挫き、そこに使者を送って降伏させる作戦ではなかったので?」


「そうだったが、気が変わった。向こうの将軍と戦ってみて感じた俺の勘なのだが、そう簡単に事は運びそうにないな。最終的に俺達が王都を占領するにしても、もう一戦くらい構えそうだと俺は踏んでいる。そうなれば籠城戦になる。いくら残る敵が少ないとはいえ、籠城戦は骨が折れる。だったら、まだ防衛の構えが出来ていない所を突いてやれ。上手く事が運べばそれこそ、敵は慌てて白旗を振るだろう」


「……失敗すれば犠牲が増えそうですね。相手にも、こちらにも」


「そうだな。だからお前に頼むんだ」


 ロルフはただ頷くだけだった。アルバートはほんの少しの間だけ瞼を閉じて、


「分かりました。王都城壁を攻略し、そのまま王都へと侵入。その後街を突っ切って王城へと向かいます。これでいいですか?」


「ああ。分かっているとは思うが、市民には手を出すなよ。末端に至るまでこれは厳命しろ。破った奴は厳罰に処すとな」


「承知しております」


 返事と同時に下がろうとするアルバートに、ロルフはあぁと呟いて引き止める。


「王や貴族は一室に閉じ込めておくだけでよい。逃げられなければそれでいい。武装解除は頼むが、厳重に拘束する必要はない」


「分かりました」


「ただし、抵抗してくる者には手加減する必要はない。血と剣を持って分からせろ。王さえ確保出来れば他は、まぁ……お前の無事の方が重要だ。迅速を心掛けつつ、慎重に当たれ」


「はっ。では行って参ります」


 アルバートは兜を被りなおすと、再び馬に跨って王城へと行ってしまった。


 姿が消えるまで見届けて、ロルフは側の者に続けて尋ねる。


「おい、捕らえた敵兵はどこにいる」


「聞いてまいります」


 男が走り出すのを確認して、ロルフは他の側の者を見つけて呼びかけた。


「ディム」


 その男は先程走って行った者とは違い、グロス軍の鎧を着けているものの着こなし方や装備からしてどこか雑であり、雇われの傭兵といった印象がある男だった。


「十分に気力を回復出来た者から再び纏めて軍勢を整えろ。それが終わり次第テンシュテット王国王都ルブレーへ向けて進軍する」


「へい。で、それは他の部隊にもそのように言っておいた方がいいですかね」


「ああ、頼んだ……いや、俺がやるか。おい、そこの」


 ロルフが少し遠くで馬に餌をやっていた者達に声を掛ける。王の姿を見て彼らは慌てるように近寄ってきた。


「はっ、なんでございましょう!」


「お前達を伝令に命ずる」


 ロルフのいきなりの命令に少し戸惑うが、そんなことは関係ないと言うようにロルフは続ける。


「他の部隊を纏めている将軍に、戦闘を終えて軍勢を立て直し次第王都に進軍させるように伝えろ。同時に、全ての部隊に自衛以外の民間人への攻撃は控えさせるように徹底させろとも言え」


「分かりました」


「伝える時はこの言葉を最後に加えろ。〈山羊の咆哮〉とな。もう一度言う必要はあるか?」


「いえ、大丈夫です」


「では行って来い」


 ロルフの命令を受けて彼らは動き出す。それからディムに目配せをする。


「じゃあ俺も行きます」


「頼んだ」


 丁度、ロルフの命令を受けてどこかへ行っていた側の者が帰ってきたのでロルフはその者へと歩み寄る。


「どうだった」


「捕虜はあちらに纏めているそうです」


「敵の負傷兵もか?」


「私が見た限りでは負傷兵も一緒にしていました」


「ご苦労。案内しろ。その後は持ち場に戻ってくれて構わん」


 ロルフが丈の短い草を踏みながら案内の後ろをついていく。ロルフの姿を見つけた者達はそれぞれの流儀に従った礼をするが、ロルフはそれらに特に反応はせずに進む。


「こちらになります」


 野戦を行った場所に施設などあるわけがない。捕らわれた者達は塊になってとある平地でグロス軍の見張り兵に囲まれていた。拘束は受けていないが武装解除は受けている。各々群れを作って座り込んでいたりうろうろと許された範囲内を歩き回っていたりしている。


 その場所に横になっている者達が集まっている場所があった。怪我をした者達が簡易ながらも治療を受けている。中にはすでに顔に布をかけられた者もいた。そういう者は指先一つ動くことなくその場所にただ横たわっていた。


「王、何の御用でしょうか?」


 ここの指揮を任されている兵士が、十名程の部下を連れて駆け寄ってくる。その兵士にロルフは徐な調子で尋ねた。


「ああ、まあ、フェルトハイムという敵の将軍をちょっと、探していてな」


「兵士に命じて捜索させましょうか?」


「いや、いい。ここにいる兵士の数はそう多くないしな。俺が直接出向こう」


 ロルフはそう言って捕虜達に向かって歩き始める。指揮官の兵士は慌てて部下達に王の護衛を命じながらその後を追った。


 ロルフが現れると、兵士達は何事かとざわつき始める。流石に敵兵の中に王一人を行かせるわけにはいかないと武装したグロス軍の兵士達二十名程がロルフの後ろについてきている。そんな目立つ集団を、例えロルフが王だと分かっていなくても、大半のテンシュテットの兵士達は興味深そうな目を向けざるをえなかった。


「フェルトハイムという将軍はいるか?」


 ロルフは横になっている者やその周囲にいる者達にそう声をかけた。返ってくる答えは大抵首を横に振るか、短い否定だけだった。しかしそれを何度も繰り返していると、そうでない者がやがて現れる。


「あそこに」


 大きな怪我をしていない兵士が指をさす方向にフェルトハイムは横になっていた。彼は割いた布を巻いて怪我をした部分の止血をされた状態で荷車の上に横たわっていた。傷を覆っているのは綺麗な絹布ではなく汚い綿布だったが、それでももらえるだけましである。一人だけ扱いが明らかに違ったので大勢の捕虜の中でも目について分かりやすかった。


「よう」


 ロルフが近付いた時彼は目を閉じていたが、その声を聴いて徐に瞼を開いた。


「……私に何の用だ」


 声に力がない。まともな治療を受けているわけではない上に、ベッドというには固い木だけの車の上に横になっているのだ。休めるわけもない。


「水は与えているのか?」


「は?」


 指揮官の兵士は怪訝そうにロルフを見つめ返した。


「休憩を言い与えた時に、全ての兵士に水を与えるように伝令に言い聞かせたはずなんだが」


「しかし彼らは捕虜であって――」


 ロルフの射抜くような視線を受けて、兵士は途中で言葉を詰まらせた。


「兵も国なり。戦争で得るのは領土と富だけではない。捕らえた兵士も貴重な資源として見ることが出来る。怪我をした捕虜を癒せずに死んでしまったとしても、それは俺が十分な数の治療師を連れてきていないからであり、それは俺の落ち度であるが、俺が十分な休憩を取るように命じたにも関わらずそれを実行させずに死なせたとしたら、それはお前の落ち度だ。俺の国の資源を、お前は無駄に消費した事になる」


「それは……」


 それでも口答えしようとする兵士を黙らせるように、ロルフは強い調子で言った。


「どうやらお前にはこれが命令ではなく質問に聞こえるらしいな」


 それを聞いて兵士は飛び上がらんばかりに身を竦ませると、一礼の後に慌てて走って行った。


「戦場で、敵兵の扱いが悪くて、怒られている兵士の姿など、あまり見んものだな」


「少なくとも俺はお前に関して死ぬな死なせるなと言っていた。それを、どうやら冗談か何かだと勘違いしている奴がいるようだ」


 フェルトハイムは身を起こす。裂傷が痛みくぐもった声を漏らすが、表情を歪めながらも彼は誰の手も借りずに上半身を起こすことが出来た。


「それで、如何様な用件あって私を探しているのか。初めに断っておくが、私の武人としての心は最早死んだも同然だぞ」


 フェルトハイムは笑った。皮肉するように嘲笑うように、彼は表情に影を落としながら笑った。


「祖国を守れない将軍など価値がない……恥と知って打ち明けよう。私は貴公の姿を見た時、矢を射かけるように命令した。おそらくグロス王であると分かっていてだ。武の高みを目指すことよりも戦争の勝ちを取ることを優先させた。そんな男に何の価値があろうか」


「俺はそうは思わないがな……勝利を優先させるのは将軍としては当たり前のことだ。しかし、そんな事を論じにきたわけでも、ましてや消沈しているお前を勧誘しにきたわけでもない」


 ロルフの言葉に落としていた視線を上げる。フェルトハイムの視界にロルフの、険しい表情でこちらを睨んでいる顔が見えた。


「総大将だったお前ならば把握しているはずだ。今、王都の中にあるあの城にはハイルマンという貴族はいるか?」


「……」


「答えろ」


 今にも胸倉を掴みかかりそうなロルフの勢いに、フェルトハイムは少し戸惑いながらも頷いた。


「あ、ああ……ハイルマン卿ならば今回の戦いで一軍を率いてやってきていた。戦闘中は城で待機しているはずだ」


 答えてしまっても問題はない。そうフェルトハイムは判断した。


 何故ならばどうせこの後ロルフは城に向かって進軍するはずだ。その時にハイルマンが城にいるのかどうかはフェルトハイムも知らないが、いなかったとしても残った者がどうせ喋ってしまうだろう。生き残った兵士の所属を調べていってもどうせ分かることだ。それに敗者が勝者に搾取されるのは当たり前の事。ならばこの程度の情報ならば喋ってしまおうとフェルトハイムは思ったのだった。


「そうか」


 ロルフは笑った。


 フェルトハイムが先程したような皮肉気なものではない。貼りつけられた笑みの仮面では隠し得ない憤怒の炎がめらめらと燃え上がっているのを、フェルトハイムはロルフの目から読み取ったのだった。



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