アフタースクール
『はい、みんなあつまれー』
ハスキーな呼び掛けとともに、「オ・レ」のリズムで手を二度パンパンと叩く音が聞こえると、ぶわっと周囲に赤ちゃんと母ちゃんたちが一瞬で現れた。ゼウスもいつの間にかすぐそこに立っている。主観的には周りが突然現れたように見えたが、自分も含めてみんながゼウスに召喚されたのかもしれない。じゃあ今までどこに居たのか、景色は変わらないのだが。……、まあ深く考えるのはよすか。
『みなさん授業はどうでしたか?これで一通り終わりです。これからすこしレクリエーションをしましょう。転生した後に関係はないのですが、せっかくなのでお母さんともう少し触れあいましょう』
「オ・レ」のリズムで手を二度パンパンと叩くと、赤ちゃんver. に。まあ、この感覚にもずいぶん慣れ親しんだ。あぐら座りからうつ伏せの態勢にすると、ずりばい(腹這い)に持ち込む。手のひらを体にひっぱるように動かして無駄のないスムーズな流れで一直線に母ちゃんの元へずりずり這い寄る。周りを見るとずりずり後退している赤ちゃんもいる。がんばれ!と心の中で声援を送る。
ふっ、みくびるなよ。動ける赤ちゃん最強!いざ母ちゃんのおっぱいへ!ーー。
母ちゃんの元へ寄ると、自力で来れた達成感とおっぱいまでもう一息という嬉しさでにこぉっと笑顔で見上げる。母ちゃんもにこりと手を伸ばすが、途中ではたと手を止めて、うふふと二歩三歩後退していってしまうではないか。
おい、どうした?赤ちゃんがずりばいで一生懸命這って来ているんですけどー?ーー。
キョトンと見詰めると、余所の母ちゃんたちもパタパタ走り回っているのが見える。
追いかけたくて、んっと両手に力を入れて四つん這いになる。なんと、はいはいができるではないか。ずりばいより速く進むのが嬉しくて、逃げる母ちゃんを追いかけ回す。気が付くと高速はいはいで追い抜いていた。
なんだこれ!!速っ!!赤ちゃん速っ!!!おし、ついてこい!母ちゃんついてこれるか?ーー。
ちらと振り返ると、母ちゃんが笑いながら両手を伸ばして走り迫ってくる。
「キャーキャー」
楽しくて興奮して高速はいはいで逃げまくる。周りの赤ちゃんたちもはいはいで動き回っていて、勢いよく目の前に飛び出してきた赤ちゃんを避けきれずに頭と頭でごっつんこしてしまった。
初めてのアクシデントに驚き、みるみる涙が滲んでくる。一呼吸置いて、じんじんする額の痛みに気付いたところで、
「ギャー」
母ちゃんを叫び呼ぶ。
「どした?おでこごっつんこしちゃったねー。大丈夫だよ!おいで」
母ちゃんに抱っこしてもらって多少溜飲が下がったものの、まだ額がじんじんする。ギャーギャーと加害者への涙の糾弾を続ける。
「大丈夫ですか?ごめんなさいね」
「いえいえこちらこそすいません。大丈夫です?」
母ちゃんが加害者たちに謝っている。いーのに。こっちは悪くないのに!!あっちがぶつかってきたのに!!!
痛いし腹立たしいしで、余計涙が溢れてくる。
「大丈夫大丈夫。落ち着いて」
言いながら、躊躇なくぺろんとおっぱいを見せてくれる。
潤んだ視界の中におっぱいを認識した途端、まんざらでもない気分になる。乳首に顔を寄せてくんくんはみはみ、みょーんと伸ばしたところで涙も完全に引っ込み気持ちが切り替わった。
「ほら、たっちしてみる?」
両脇を支えられて床に下ろされる。は?たっちて立てっつうこと?いやいや、母ちゃんて、笑わせないでよ。そんな立てるわけないじゃん、赤ちゃんを買い被るんじゃないよ。さっきはいはいが奇跡的に出来たけども。赤ちゃんver. でそんな急に立てるかっつうの。
しかしすんなりと、両足で着地する。ヨロヨロしながらもなんだか、バランスが取れる。ホントに赤ちゃんver. か?なんなら歩けるかも。
よたよたと、歩いて尻餅をつく。
うおぉ!!歩けた!!歩けたよ!!!母ちゃん!ーー。
この感動を伝えたい母ちゃんはしかし、てててと小走りに自分との距離を開けて行ってしまった。
「ほら、ここまでおいで!お母さんのとこまでおいで!」
立ち止まって振り向くと、両手を開いてカモン!の態勢。
少し歩いては尻餅、両手で床を突っ張りながらバランスを取って立ち上がって少し歩いては尻餅を付く。掴まるところもないから休み休み行けないし、尻餅を付かないと二足歩行のままバランスを保っていられない。母ちゃんまでの距離が遠い。尻餅を付く度に尻がちょっとじんじんするけど、さっきの額のじんじんとは違う。
自分の両足で歩いて母ちゃんのところへ行ける興奮。アドレナリンでもでてるのか?とにかく両足を踏ん張りつつ慎重に歩を進める。母ちゃんの元に早くたどり着きたい。
ずりばいが出来たときも嬉しかった、はいはいが出来たときも嬉しかった、歩いている今この瞬間も只ひたすらに嬉しい。母ちゃんの元へ行けるから。なんのために赤ちゃんが歩くのか、成長の段階なんかくそ食らえだ。ずりばいでもいい、はいはいでもいい、歩いても、大好きな母ちゃんの元へ行ければなんでも!もう母ちゃんしか見えないんです!
手を伸ばせばすぐそこなのに、くそう、またバランスを崩しそうだ。
そう思った刹那、ふわりと抱っこされる。
やっと世界一落ち着く胸に抱かれ嬉しさを噛み締めていると、
「一生懸命来てくれて、ありがとう」
母ちゃんの涙声が聞こえた。
見上げると、やっぱり泣いている。
どうした?泣くんじゃないよ。もうちょい練習して、そしたら走って飛び付いてやるよ。こんなに待たせないから、だから泣くんじゃないよーー。
「お母さんにしてくれてありがとう」




