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煙りと劣情  作者: 烏野 みどりさん
2/2

――遊猟

「いらっしゃいませ」

俺は、微笑みながら声を掛ける。

いつもながら、夜だと言うのに客が多い店だ。

……いや、夜だから多いのか、こういう店だし。

俺が働いているのは、小さい通りの角に建っている小さなBARだ。

高校、大学時代と良くしてくれた先輩が経営していて、偶然会った時に働き口を探してるならと誘ってくれた。

あれから早三年近くこの店で働いている。

「ちょっと司くん、聞いてよ〜」

「今日はどうしたんですか?」

彼女は久保 百合香さん。この店の常連だ。

この店に来て最初の頃は正直面倒そうな客だなと思っていたのだが、彼女の話を聞く内に段々と、この人はただ愛されたいだけの悲しい人なのだと分かった。

彼女がこうやって話を聞いて欲しいときは大抵が失恋した時のようで、

「また失恋したのよぉー!」

やはり読みは外れていなかったらしい。

彼女の話はいつもこれで始まり、最後には決まってこう言うのだ。


『人から愛されるのって、難しいわね』


俺には彼女の気持ちは分からないし恋愛なんて馬鹿らしいと思っているが、愛されたがっている彼女の話は何故か聞いてあげたいと思った。

「はぁ。本当に司くんってイイ男よね。私と付き合ってよ」

「いやいや、僕みたいな男に百合香さんは勿体無いです」

「相変わらず交わし上手なんだから……」

普段から猫被りで嘘つきな俺だけど、これは本心だ。

百合香さんはイイ女だ。きっと男運が悪いだけ。

俺みたいな男には、勿体無いし付き合ったとしても悲しませるだけだろう。

俺には彼女を――他人を、愛せないのだから。




営業時間を終え客の居なくなった店内で、一人酒を煽る。

「……愛、ね」

そんな感情、もう十年以上感じた事は無い。……当の昔に捨ててしまった。

恋愛感情なんてモノは簡単に人を裏切る、消えない傷を残すくせに。

厄介の種でしかない、永遠の愛だなんて笑わせるなよ。安っぽくてチンケなモノでしかないじゃないか。

それに引き換え快楽のなんと正直な事だろう。

快楽は人間にとって一番忠実なモノで嘘は付けない。

着飾った女も、清純ぶってる女も、真面目そうな男も、誠実そうな男だって、どいつもこいつも結局は快楽を追い求める欲望の塊でしかないのだから。

俺はそれを、良く知っている。

愛だとか恋だとかは、所詮快楽を得る為に並べ立てる上面だけの言葉に過ぎなくて――――

「はっ、くだらねぇ……」

同じ思考が頭の中を回っているのに気付き、残っていた酒を一気に飲み干す。

百合香さんの話を聞いた後は、いつもこんな思考に陥ってしまう。何故かは自分でも分からない。

ただ、心の奥の何かが顔を出しそうで、気持ちが悪い。

「…………煙草、吸ってくるか」

ついでに少し頭と体を冷ますつもりで外に出た。

冷たい風が気持ちいい。

ポケットから煙草とライターを取り出し、煙草を加えて火を点ける。

肺いっぱいに煙りを吸って吐き出す。ああ、落ち着く匂いだ。

ふと顔を上げると、人が歩いてくるのに気が付く。

遠目なのではっきりと見える訳ではないが、辛うじてスーツ姿の男だと分かった。

(もう深夜回ってんのに、ご苦労さんな事だな……)

紫煙を燻らせながらぼんやりと見ていると、その男と目が合いその途端、思わず咥えていた煙草を落としそうになり慌てて指で支えた。

向こうも驚いたような表情をしている。

何故だ、何故アイツがここに?

こちらが動揺している間に男は目の前まで来ており、真面目な面をしながら言う。

「お久し振りです、如月先輩。ずっと探してたんです」

相変わらず腹の立つ顔だと思いながら俺は、一服しに外へ出た事を後悔していた。

「…………店、入ろうか。立ち話もなんだから」

消して表情には出さないが苦い思いで店内に戻る。

取り敢えずカウンターに入り、何か飲むかと尋ねればオススメの物をと返された。

「君がこっちに来てたなんて知らなかったな」

「最近引っ越してきたんです。……まさか、こんなに早く会えるなんて思ってませんでした」

会えない方が良かったんだけどな、と思ったが口には出さない代わりに酒を出し、自分の分も用意しつつ目の前の男に問いかけた。

「僕を探してたって、どうして?」

何かを言い淀んでいる。

いつも、あの時からずっとそうだった。何かを言いかけるくせに決して言葉にはせず、ただ何か言いたげな目でこちらを見つめるだけ。

『映画研究会ってここで合ってますか?』

初めて会った日の事は今でもよく覚えている。

初対面でよく知らない相手なのに、俺はこの男が嫌いだった。それはもう誤魔化し用がないほど。

目の前の男を眺めつつ思い起こすのは、五年前のあの日―――――






***********************************






大学構内の端っこに位置する映画研究会。

俺は先輩の勧めでそこに所属していた。

「おはようございます」

「おはよーさん、ってもう昼やで」

この関西弁を喋っているのが俺の先輩で、猫を被らなくてもいい唯一の人だ。

久坂部 涼―くさかべ りょう―先輩。

高校時代から色々お世話になり、大学に入ることが出来るように手を貸してくれた本当に感謝してもしきれない恩人。

何でこんな俺にそこまで良くしてくれるのかは分からないが、とにかく先輩がいなければ俺の人生はとっくに破綻していただろう。

「今日来てんのは涼先輩だけ?」

「せやで。司が来てくれて良かったわー、暇しててん」

「へぇ。暇してるようには見えねえけど。つかむしろ、十分楽しんでんじゃん」

テーブルには酒やらツマミやらが散乱していて、壁に掛かったスクリーンにはアクション物らしい映画が映し出されていた。……何処が暇してるんだよ。

「この映画、面白いって聞いたから借りてきたんやけど、あんま面白くないわ」

「じゃあ何で見てんだよ」

「やから言うたやろ?暇してたんやって」

ああそうかよ。とぞんざいな返事をし、置いてあったビールを一缶貰って近くの椅子に座る。

いざ飲もうかと缶を開けようとした時、扉を叩く音が聞こえて缶をテーブルに戻した。

「開いてまっせー」

涼先輩が返事をすると、扉がまるでこちらを伺うかのようにゆっくりと開いていく。

「あの……、映画研究会ってここで合ってますか?」

新入生なのは一目で分かった。まだ幼さの残る顔に緊張したような雰囲気。

直ぐに笑顔を貼っつけ、半分酔っている先輩に変わり対応する。

「そうだよ。見学希望者かな?」

「あ…………」

「……えーと、大丈夫?」

何故か惚けた様子の新入生に、気遣いの言葉を掛けるが反応は無い。

……何だ、何惚けてんだ?人の顔ジロジロ見やがって。感じ悪いぞこの野郎。

見かねた先輩が声を掛ける。

「おぉい、新入生?どないしてん」

「あっ、いえあの、すみません、俺……」

「ははっ、大丈夫やから取り敢えず落ち着きぃ。自分、名前は何て言うん?」

新入生は固い声で、「弥吉、暁史です」と名乗った。

先輩の優しい言葉に少し落ち着きを取り戻したようで、年下の扱いになれている先輩に心の中で称賛を送る。流石だな、涼先輩。

「んで、何惚けとったん?……って、まあ大体予想はつくけどな」

ちらりと先輩は俺の方を見た。……何だよ、俺が悪いのか?普通に対応したじゃん。

俺の少し苛立った雰囲気を感じ取ったのか、先輩は苦笑して「司が悪いわけじゃないで」とフォローを入れられた。

「すみませんでした」

新入生が頭を下げる。俺は気にしてないよと言う風に笑い、緊張してたんだろうと言った。

すると弥吉は、その……と言いにくそうに口を開き、そして紡ぎ出された言葉は俺が予想もしなかった答え。

「俺が惚けていたのは、先輩が………あまりに綺麗だったので、つい、見蕩れてしまって」

視界の端で、先輩がやっぱりと言う顔をしているのが見える。訳が分からない。

何だ、こいつは。

息が止まった気がした。時間も。この空間だけが切り取られ、置き去りにされているようだ。

嫌悪感が露わになりそうなのを食い止め、上手く笑えているかはさて置き取り敢えず笑顔を作る。

「そ、れは……からかってるのかな?」

「いえ、そんなつもりは全然。本当にそう思ったんです」

真っ黒で、真っ直ぐな瞳が困惑に満ちているであろう俺の目をじっと見つめ、その瞳が自分の心の中までもを覗いているように見えて、目を逸らした。

『あまりに綺麗だったので――――』

心臓を直接掻き毟りたくなるような気持ち悪さが込み上げてきて、その衝動のまま吐き出しそうになった言葉

『俺が綺麗だって?馬鹿じゃねえのか、もうとっくの昔に汚れきってんだよっ!!』

を慌てて呑み込む。

必死にそれを胸の奥底に閉じ込め鍵をかけ、微笑みながら言う。

「……そう。じゃあ素直に褒められておくよ。ありがとう」

気持ち悪さが治まらない。気持ち悪い。真面目そうな面しやがって、この新入生がウザったくて、

―――――嫌いだ。

そんな、俺にとっては酷く最悪な出会いだった。





弥吉は結局、映画研究会に入会。

俺は卒業までのあと一年間こいつと顔を合わせなくてはいけないのかと思うと億劫な気持ちだったが、先輩が来る日を減らして良いと言ってくれたのでありがたくそれに甘える事にした。

ただ、予定も無いのに休むのも気が引けるので、今まで夜にだけ入れていたバイトを調整し、夜にバイトの時は顔を出して、夕方にバイトの時はそれを口実に顔を出さない。それで何とかやり過ごす。

弥吉と顔を合わすのは通常の半分位で済んでほっとしているが、あの研究会は殆ど俺と涼先輩で成り立っていた様なものなので、やはり去年に比べるとストレスが倍増しているのは明白だ。

次第に溜まったストレスを発散する為に、夜のバイトが無い日はその辺で良さそうな相手を引っ掛け、その辺のラブホテルへ行き何回か体を重ね、相手が寝ている間に帰ると言った日が続いていた。

今までも誰かを引っ掛けて一夜限りの体の関係を持った事は何度も有ったが、短期間でこんなにも頻繁に、と言うのはこれが初めてだ。

……何故、こんなにも心が乱れているのだろうか。

分からない。でもどうしようもなく気持ちが悪い。

我ながら、荒んでいると思ったが、どうしようもなかった。

そんなある日。厄介な事になったかも知れない、と頭の片隅で思ったことを覚えている。

見られてしまった。男とホテルに入る所を、弥吉に。

別段慌てはしなかったが、大学で噂になるのも時間の問題だろうなとは思った。

大学では比較的、平和に過ごしていたのだがそれも終わりかもしれない。

まあどんな噂を立てられたところであと一年で卒業するし、知られて困る人も居ないからどうでもいいのだけれど。それにそういった事には慣れている。

目はあったけれど俺はそのまま知らない振りをして、ホテルへと入って行った。

そしてその翌日。

俺が研究会に顔を出すと、そこには弥吉しか居なかった。

「あれ、涼先輩は来てないの?」

「あ、えぇと、一度こっちに来てから、教授に呼ばれたとかでまた……」

弥吉は、俺と目が合うとバツが悪そうに視線を逸らす。

(そりゃ、そうだろうな。昨日あんな所を見たばかりなんだし)

だがその割には視線を感じる。何か言いたそうな、鬱陶しい視線。

俺は耐えかね、荷物を置くと先輩が置いていったであろう映画のDVDを引っ掴んで再生の準備をする。

「あの……」

「ん?何かな?」

「その、俺――――」






************************************







それに続く言葉を聞くより先に先輩が来てしまい、それから間もなく俺は大学に居られなくなり中退してしまって寮も出たので、聞けずじまいになっていた。

最も、俺が大学を追われた原因は弥吉暁史にあるのだが。

酒を片手に追憶していると、急に弥吉が立ち上がる。

「先輩、俺……」

何を言うつもりなのだろう。あの時の懺悔……とか。

弥吉が話した事で、あんな事になってしまってすみませんでしたって?

もし謝られたらぶん殴ってやろうと思っていたのだが、弥吉が言った言葉は俺の予想を裏切った。もっと悪い方向に。

「俺…………先輩が好きです」

投げられた言葉を上手く処理出来ない。どう言う事だ、何でそうなる。

「ずっと、好きだったんです。忘れようとも思ったけど、忘れられなくて……。どうしても会いたくて、探してたんです」

巫山戯るな、巫山戯るなよ!

「俺と、付き合ってもらえませんか」

お前のせいで大学を追われたって言うのに、そのお前が、俺の事を好きだと言うのか?

最低だ。全く持って最低な気分だ喚き散らしたい程に!!

こいつのいつでもスカした様な顔が大嫌いだった、初めて会った時からずっと。

真面目な、何でも分かっているような……。

こっ酷く断ってやろうとして、気付く。

これはいい機会かもしれない。この男の化けの皮を剥いでやるチャンスだ。

(……決めた)

うんと楽しませてやろうじゃないか。体も言葉も、使える物を使ってコイツの本性を引きずり出してやる。

そして俺は、微笑んで―――――

「いいよ。付き合おうか」

目の前の男に、甘い、甘い罠を張った。

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