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孤独の漢  作者: 中仙堂
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愈々始る戦局

1837年、彼は湖広総督(湖北省、湖南省辺り)の役目を負う。

当地での阿片対策に功を遂げたのが皇帝の目に止まったのであろう。

1838年、清国は林則徐を阿片禁輸の欽差大臣(は、清朝の官職名。特定の事柄について皇帝の

全権委任を得て対処する臨時の官を欽差官というが、その中でも特に三品以上のものを指す。)

に任命する事に成った。

若い頃の彼からすればとてつも無い出世だったかも知れない。


その頃日本では蛮社の獄が始った。

:江戸幕府が1839年(天保10)渡辺崋山・高野長英らの洋学者たちを断罪し

た大粛清事件。蛮社とは「蛮学社中」の略で、主としてシーボルト門下の蘭

学者を中心に洋学の研究・政治・経済・文化などを目的にあつまっていた。

幕府は人心をまどわし幕政を批判するのは不届きとし、目付に命じて崋山

ら26名を捕らえた。罪状を捏造し、崋山を国元謹慎、長英には終身刑の判

決をくだした。


極東では何処の国でも、欧米列強の様々な影響が反映されていたが、其れ等は、良いにつけ悪いにつけ、時代の趨勢で受け入れざる負えなかったのだろう。


1839年(天保10年)広東に着任した林は、英国人の保有する阿片を悉く取り上げた。

その膨大な阿片を職権により焼却し去った。

広東の大地に阿片の異臭が広がったそうである。

この事に対し、爆大な資産である阿片を失った英国人は林に抗議し、阿片戦争を勃発させる事となった。

今や世界に覇権を轟かす大英帝国としては、その英国人の権益損失を無視する事は出来なかったのであろう。

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