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後編

(1)

 クラウスが一カ月振りに自分の元へ姿を現すと、ラプンツェルは大きな青い瞳に涙を溜めて、彼を出迎えた。

「おいおい、何も泣くことはないではないか」

「クラウス様がご無事でいるのか、このひと月ずっと心配しておりましたから……!」

「ラプンツェルよ、勝手に私を殺さないでおくれ。この通り、私は息災にしている」

 ラプンツェルのか細く頼りない肩を抱き寄せながら、クラウスは優しく宥める

「今日は、君に大事な話があってここに来た」

 いつになく神妙な様子のクラウスにただならぬものを感じたのか、ラプンツェルはいささか怯えながら、「お話とは……、一体、何でしょうか??」と返した。

「君に会わなかった一か月の間、ずっと考えていたことがある」

「はい……??」

 クラウスは少し間を置く。そして、深呼吸をしたのち、こう切り出した。

「ラプンツェル、私と共にこの国から逃げよう」

 ラプンツェルは、一瞬、自分が何を言われているのか理解できなかったのか、口をあんぐりと開けた少々間抜けな表情をして、クラウスの顔を凝視していた。

 そんな彼女の様子など構わず、クラウスは続ける。

「以前にも話したが、私には血族によって決められた婚約者がいるため、君とは結婚できない」

「……えぇ、存じております」

「だが、君は愛人でも構わない、と言っていた」

「……えぇ、確かに申し上げました」

「しかし、それでは私が嫌なのだ。私は君を愛人ではなく、歴とした妻として迎えたい。だが、父王を始めとする、血族一同が必ずや猛反対するだろう。だから、血族には秘密裏に、この国に隣接する×××国へ二人で渡ろう。あそこには私の昔からの友人が何人かい暮らしているから、そのつてを頼れば何とかなる。無事、×××国へと辿り着き、状況が落ち着き次第、改めて君に結婚を申し込もうと思っている」

「……!!……」

 ラプンツェルは両手を口に押し当てて、信じられないと言わんばかりに大きな瞳を更に丸く拡げて驚き、戸惑っている。

「驚くのも無理もないのは百も承知だ。だが、私達の障害となるもの全てを排除するにはもうこれしかないのだ。時間も余りないから、迷っている暇もない。ラプンツェル、私に付いて来るのか、来ないのか、今すぐ答えを聞かせておくれ」

 クラウスは、自分がひどく焦りを感じていることを嫌と言う程感じていて、少々情けなさを覚えたが、そんなつまらないことを気にしている場合ではない、とすぐにその考えを振り払った。ラプンツェルはというと、俯いたまま、返事に窮している。

「ラプンツェル、早く返事を……」

 クラウスは返事を急かすが、ラプンツェルは唇を真一文字に引き結び、開こうとしない。

「まだ迷っていると言うのか??ならば、質問を変えよう。君は私を愛しているのか、愛していないのか、どっちなんだ??」

「それは……、勿論、愛しております」

「ならば、答えは一つしかなかろうが。何を迷っているのだ」

 その言葉にラプンツェルはハッと顔色を変えると、俯かせていた顔を上げてクラウスの琥珀色の瞳から目を逸らさずにはっきりと言い切った。


「クラウス様と一緒ならば、私はどこまでもお供いたします!」

 

 ラプンツェルが出した答えを聞いたクラウスは満足そうに唇の端を上げて、微笑んだ。

「そうと決まれば、善は急げ、だ!」

 言うやいなや、クラウスは腰に下げていた短剣を引き抜き、空いている方の手でラプンツェルの肩口ら辺で彼女の編み込んだ長い髪を掴む。

 この、上質な金糸と見紛う程に美しい髪を無残に切ってしまうのは何とも忍びないけれど、目的を果たす為ならば致し方ない。

「ラプンツェル、すまない」

 クラウスは剣の切っ先をラプンツェルの髪に当て、少しずつ刃先を細かく動かしていく。

 刃が彼女の顔や耳や首、肩に当たって怪我をさせないように最大限の注意を払いながら、慎重に。

 これほどまでに神経を遣う作業を行うのはクラウスにとって生まれて初めてのことだったので、髪を完全に切り落とすと緊張の糸が切れ、思わず床にへたり込みそうになったが、そんな悠長なことをしていてはいけないと寸でのところで踏み止まった。

 髪の長さが丁度肩までになったラプンツェルは、年齢より少し幼く見えたが、却って可憐な雰囲気が更に増し、余りの愛らしさにクラウスは彼女を抱きたいと言う衝動に駆られたが、その気持ちも何とか押しとどめたのだった。

 ラプンツェルが刃物に怯えないよう、短剣をバルコニーから外へ投げ捨てたクラウスは、今し方切り落としたラプンツェルの髪をバルコニーの柵にきつく、きつく縛りつける。

「二人同時に下りると、もしかしたら途中で髪が切れてしまう危険性があるかもしれない。だから、一人ずつになって下りて行こう」

 最初に、クラウスが下へ下りていくことになった。

 不安そうに顔を強張らせているラプンツェルを安心させるために額に軽く口付けると、クラウスは髪をしっかりと掴み、ゆっくり塔の上から地上へ下りて行く。

 こうして命がけでこの塔を上り下りするのも、今日で最後だ。

「ラプンツェル!!次は君が下りる番だ!!」

 地上に下り立ったと同時に、クラウスは塔の上のラプンツェルに地上に下りてくるよう促す。

 塔から地上までの高さを考えると目が眩み、手足がガクガクと震えだす。だが、地上に辿り着きさえすれば、もう怖いものなど何もなくなる。

 怖気づく気持ちを必死で奮い立たせて、ラプンツェルは自身の髪を掴むと腰を引かせながらも、クラウス以上にゆっくり、を通り越して、ひどく緩慢ともとれる動きで地上を目指す。


 ようやく地上に辿り着くとホッとしたからか、髪から手を放した瞬間、ラプンツェルは腰が砕けて地面に座り込む。

「ラプンツェル、大丈夫か??」

 座り込んでいるラプンツェルの背後から、クラウスが声を掛ける。

 その声に少し安心を覚え、「はい、何とか……」と微笑みながら振り向く。直後、ラプンツェルの笑顔が一瞬にして消え失せた。

「クラウス様……」


 クラウスは整った美しい顔に冷笑を浮かべて、ラプンツェルに短銃の銃口を向けている。


「これは……、一体……」

「ラプンツェル、悪く思わないでくれ。君はここで死んでもらう」

「……えっ……」

 ラプンツェルの顔色が見る見るうちに青ざめていく。

「この国から共に逃げよう、というお言葉は……」

「嘘だ」

「で、では、私を妻に迎えたいというお言葉は……」

「それも嘘だ」

「……そんな……、酷い……!」

 ラプンツェルの大きな青い瞳から涙が溢れ出す。

 その姿にクラウスの胸はひどく痛んだが、すぐに罪悪感を打ち消すようにわざときつい口調で言葉を吐き出す。

「そうだ、私は君が思うよりもずっと酷い男だよ。だけど、君は私以上に酷い女じゃないか。私が何も知らないとでも思っていたのか」

「…………」

 クラウスの言葉を聞いた途端、ラプンツェルの涙がぴたりと止まる。

「……魔女様の差し金ですか??」

「…………」

「……そうなんでしょう??……」

「………………」

 ラプンツェルはそれ以上は何も言わず、口を閉ざしてしまったのだった。


(2)

 ヘドウィグの身体の上に覆い被さりながら、クラウスはたった今、自分が発した言葉に愕然としていた。そんな彼に、ヘドウィグは勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、言った、

「王子様、賭けは私の勝ちみたいだね」


 ヘドウィグがクラウスに持ち掛けた賭けとはーー。


 それは房事の最中、例え本心ではなく、その場の勢いであったとしても、愛の言葉やそれに準ずる言葉を口に出したら負け、というものだった。


 結果から言うと、クラウスは賭けに負けのだ。


「今まで、散々女を弄んできたツケが回って来たんだよ。言い訳は聞かない。私の言う事を聞いてもらおうじゃないか。ねぇ、王子様」

「……くっ……」

「そうそう、こんな言葉を知っているかい??『人は一番愛したものによって、その身を破滅させられる』例えば、酒を一番愛していたなら、酒によって身体を壊して死ぬ。あんたの場合は、間違いなく女によって破滅させられるだろうよ」

「……お前の御託なんか聞きたくない。さっさと望みを申せ」

「その前に、さっさと終わらせてくれないかい??じゃなきゃ、話したくても話せやしない」

 クラウスはこれ以上ない位の恥辱にまみれながらも動き続け、ほどなくして行為を終え、すぐさま二人は黙り込んだまま、それぞれ身支度を整えた。


「王子様よ、お前さんの手でラプンツェルを殺してほしい」

 ヘドウィグがやや切迫したような様子で切り出した言葉にクラウスは耳を疑った。

「以前も話したが……。この五年間、私はあの娘が改心してくれるのをずっと願っていた。が、おそらく一生変わることがないだろう」

「ヘドウィグ、お前がやればいいじゃないか。何故、私がやらねばならぬのだ」

「それは、私があの娘に愛情を持っていないからさ。あるのは『責任』だけ。あの娘を愛している人間でなければ、きっと自分がしでかした過ちを最期まで理解できない」

「元はと言えば、お前の責任だろうが!お前が、妙な薬を作ろうとしなければ、ラプンツェルがそんな女にはならなかった!!あの娘こそ、お前の被害者だ!!」

「そんなことは充分分かっているさ!!!!だから、一度は私が罪を被ってやった!!それだけじゃなく、足がつかないように簡単に足を踏み入れることが出来ない場所――、塔の上に匿ってやっていた!!もしも、あの娘が罪を悔い改め、改心したのであれば、私はいつでも解放してやった!!でも、結果は何も変わっちゃいなかった……!!……ラプンツェルは私が作り出してしまった悪魔だ。だったら、私自身が壊さなければ、とずっと思っていた。だが……、その前に『愛する者によって裏切られ、恐怖の底へと突き落とされる苦しみ』を教えてやりたいんだ。自分がしてきたことがどれだけ惨いことだったのか、理解させたいんだ……」

 ヘドウィグはいつになく必死になってクラウスに訴えかける。いつもの傲慢でふてぶてしい態度はつゆほどにもない。

 クラウス自身もまた、ラプンツェルを愛しているはずなのに、抱き合ったせいか、ヘドウィグにも惹かれつつあった。だからか、自分に訴えかけてくるヘドウィグの姿に心が激しく揺さぶられ、どうするべきか心の中で葛藤が巻き起こっていたのだった。

 実のところ、クラウスは人を殺めた経験が何度かあった。

 いずれも痴情のもつれが原因で、相手の女だったり、女の恋人だったりと、その時々の状況によって殺めた人間は変わったし、自分の立場を利用して上手く揉み消してきた。なので、今更手を汚すことに対して抵抗はない。だが、今回はいつもと違い、殺意の欠片も持っていないどころか愛してやまない女だ。


 しかし、クラウスの口から出たのはとんでもない言葉だった。


「ヘドウィグよ。賭けに負けたことだし、お前の願い通り、ラプンツェルを殺す。その代わり……、お前は私の愛人になれ」

 まさか自分を愛人に請うとは思っていなかったからか、ヘドウィグは青紫色の瞳に僅かに動揺の色を浮かべる。

「……考えておくよ、王子様」

「これは命令だ。最愛の女をこの手に掛けるんだ。そのくらいの見返りを求めたって構わないだろう??」

 ヘドウィグは横目でクラウスをちらりと見てから、ふっと鼻を鳴らしてわざと恭しい口調で答えた。

「承知いたしましたわ、クラウス様。貴方様のお望み通りに致します」


(3)

 

 ――――パンッ――――


 銃声が空に響き渡り、硝煙が宙に舞った。


「…………うっ…………」


 弾は、頭を抱えて身を竦めているラプンツェルの足先を僅かに逸れていた。


 恐る恐る顔を上げると、クラウスは銃口をラプンツェルに向けたまま、今にも泣き出しそうなのを堪え、表情を歪めている。よく見ると、銃を持つ手が震えている。

「やはり……、私には……、お前を撃つなんて……。出来る訳がない!!」

 クラウスは悲痛な叫び声を上げながら、短銃を地面に叩きつけてその場に崩れ落ちる。

 ラプンツェルは銃を拾い、ゆっくりと立ち上がると、ふらつく足取りでクラウスの元へ近づいて行く。

「……クラウス様……」

 尚も突っ伏し続けるクラウスの手に銃を握らせようとするも、クラウスはそれを振り払い、拒絶の意を示す。が、ラプンツェルも懲りずに銃を再び彼の手に渡そうとする。

「クラウス様、どうぞ、私を撃って下さいませ」

「嫌だ、私には無理だ」

「どのみちきっと、私は魔女様に殺されてしまいます。ならばいっそのこと、クラウス様の手に掛けていただきたいのです」

「私には出来ない」

 クラウスを見下ろす形で、ラプンツェルは困ったように眉尻を下げて微かに微笑む。

「左様ですか……。では、仕方ありませんね」

 ラプンツェルは銃を固く握ると、銃口を自身のこめかみに押し当てる。

「……ラプンツェル??何をする気だ……。やめろ……!」

「私は、クラウス様と出会い、愛していただけたことがとても嬉しゅうございました」

 にこりと控えめに笑ったラプンツェルの笑顔は、クラウスが塔に登ってくる度に毎回必ず見せてくれていたものと同じものだった。


(4)

 二発目の銃声が聞こえてきた。


 と言うことは、クラウスがラプンツェルを撃ったことが確定される。


 塔の周りを囲む森の中で待機していたエミールは、急いで塔の下へ向かう。が、そこで彼は信じられない光景を目の当たりにしたのだった。


 エミールが目にしたもの――、それは、こめかみから血を流し、すでにこと切れているクラウスの変わり果てた姿だったーー。


「…………ク、クラウス王子…………」

 クラウスの亡骸を抱きかかえると琥珀色の瞳と目が合ったが、その瞳はもはや何も映していない。

 エミールはクラウスの頬を何度も何度もパチパチと叩いてみせるが、「何をする!無礼者め!!」と言う怒鳴り声すらも返ってこない。


「王子!目を覚ましてくださいよ!!趣味の悪いご冗談は程々にしてください、と、いつも忠告しているではありませんか!!」

 エミールは泣きながら、クラウスに懇願する。生き返るなんて絶対に有り得ないことだと頭では理解しているはずなのに。


「何をしても無駄だと思いますよ。クラウス様はもうお亡くなりになっています」


 声が聞こえた方向に顔を向けると、銃を握りしめたラプンツェルが微笑んでいた。


「……なぜ、貴女は人を、それも、愛する人を撃ち殺しておきながら、そんな風に笑っていられるのですか……」

 ラプンツェルは小首をかしげながら少し考えていたが、「何故なんでしょうね??私にもよく分かりません」と答え、益々エミールを混乱させた。

「ただ、私、物心ついた頃から、私を愛してくれたり、大切にしてくれる人を裏切った時の、絶望の底に突き落とされたような表情を見るのが、とても好きなのです」

「……では、貴女は王子のそんな表情を見たいがためにこんなことを……。分かっていますか?!貴女は人を殺したんですよ?!」

「だって、愛する者によって理不尽な裏切りにあって殺される時の表情を見ると、ゾクゾクと気分が高揚してきて、とても気持ち良いんですもの。あの高揚感に勝るものなんて他にはないわ」

「…………なっ…………」


 目の前で穏やかに微笑み続けるラプンツェルの姿は、エミールの目には人の形をした、不気味で恐ろしい悪魔にしか映らない。

 今すぐこの場から逃げ出すべきか、それとも討ち取るべきかーー、答えはとうに出ているはずなのに、思っている以上にラプンツェルに対して恐怖心を抱いているせいか、膝が震えて動くことが出来ない。


 突然、エミールの左胸から火が燃え始めたように熱くなり、一気に気が遠くなる。


 数秒後、地面に倒れ込んでいることと、胸から真っ赤な血が大量に流れだしたことにより、エミールは自分もラプンツェルに撃たれたことにようやく気付く。

 けれど、気付いたところで、流血を止め、遠のいていく意識を押し留めることなど、最早出来る訳がなかったーー。


(5)

 ラプンツェルがクラウスを殺害し、そのまま姿を消し去った後、ヘドウィグは別の国へと移り住んでいた。


 一国の王子が何者かによって殺害された事件は瞬く間に国の内外の人々に衝撃と不安を与え、国を挙げてクラウス殺害犯の捜索が開始された。

 そのため、自分に足がつくことを恐れたヘドウィグは混乱に乗じて逃げ出したのだった。


「坊や、入りな」

「お邪魔致します」

 街頭でエミールと睨み合いをしていたヘドウィグは、いつまでも食い下がろうとしない彼にとうとう根負けし、現在の棲家へと案内した。

 ヘドウィグが運んできたお茶に手を伸ばすのを躊躇っていると、「これはどこにでも売っている普通の茶葉を使っているから、安心して飲みな」と勧められ、エミールは遠慮がちにカップに口をつける。

「エミール……、とか言ったな。あんたもあの時、ラプンツェルに撃たれて瀕死の重傷を負っていたようだが……」

「はい。けれど、僕は奇跡的に一命を取り止めました。貴女が助けてくれたからです」

「何のことだか……」

「弾は心臓を僅かに外れてはいたものの肺の中に埋もれていて、間違いなく失血死していたはずなのに致死量に至る前に血は止まっていたし、肺の機能にも全く異常がありませんでした。こうして異国まで出向くことが出来るのは奇跡としか言いようがない、まるで魔術にでも掛けられたようだ、と医者が言っていました。本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げてお礼を述べるエミールにやや照れ臭さを感じたのか、「……そりゃ、どういたしまして」と素っ気ない口調でヘドウィグは返す。

「……そろそろ本題に移ろう。でも、その前に質問がある。ラプンツェルについて話すことは別に構わないが、それを知ってどうするんだい??」


 エミールはすぐには質問に答えなかった。


 全体的に大造りで派手な顔立ちだったクラウスとは対照的に、エミールはすっきりとし過ぎた、やや地味な顔立ちではあるものの、人の好さが滲み出た爽やかな雰囲気を持っている。

 しかし、クラウスを守れなかったことや自身の怪我に加え、旅疲れなどで心身が疲れ切っているせいか、爽やかさはすっかり影を潜めていた。

「実は……、僕は王から、ラプンツェルの捜索及び、殺害を命じられています。本来ならば、主君を守れなかった家臣は自害をして後を追う決まりになっていますが、ラプンツェルの首を持ち帰ることを条件に自害は免除されたのです。ですから、本当のラプンツェルの話を聞くことで、何か捜索の手掛かりが掴めれば……と」

「……分かった。そういうことならば話そう。ただし、手掛かりになるのかどうかまでは知らないよ??」

「はい、構いません!!」

 そして、ヘドウィグはエミールに語り出したーー。


(6)

 「悪魔の薬」の原材料である、特殊なサラダ菜を母親が口にしたことで腹の中にいたラプンツェルへの悪影響を危惧したヘドウィグは、彼女が善悪の分別がつくであろう十二歳までに何らかの異常が生じなければ、あるいはーー、髪が伸びるのが異様なまでに早いだけならば、そのまま両親の元で暮らさせようと思っていた。


 しかし、いつの頃からか、ラプンツェルは成長するに従い、少しずつ残虐性を見せる様になっていったのだ。


 最初は、蟻を足で踏みつぶす、トンボの羽を千切る、蜘蛛の足を一本ずつむしる、と言った、幼い子供特有の出来心程度だった。


 だがそのうち、飼っていた子犬や懐いていた野良猫、学校で世話をしていた鶏や兎などを人知れず殺すようになり、挙句、慕っていた年下の女の子に後遺症が残る程の怪我をさせたり、可愛がってくれていた近所の老婆を意識不明の昏睡状態に陥らせたりするようになったのだった。


 しかし、表向きのラプンツェルは「ちょっと内気だけれど、素直で可愛らしい女の子」として通っていたため、彼女の残虐な本性はヘドウィグ以外、誰も気づいておらず、ヘドウィグが恐れていた通り、悲劇が起こった。


「その日はラプンツェルの十二歳の誕生日だった。約束を果たしてもらおうと、ラプンツェルを渡してもらうためにあの娘の家に足を踏み入れたら……、血の海と化した居間の床で両親が死んでいて、包丁を手にして返り血を浴びたラプンツェルが立ち尽くしていたのさ。エミール、あの娘が私に気付いた時、どんな顔をしたと思う??……笑ったんだよ、とても穏やかな微笑みを浮かべていたんだ」

「…………」

「今でも後悔しているよ。何故、あの時、ラプンツェルを殺さなかったんだと……」

「……そうでしたか。だから、ラプンツェルを……」

「あぁ。ラプンツェルと共にその国から離れ、あんたとクラウス王子の国へと訪れ、魔術であの塔を作り出し、彼女を幽閉した。これ以上、犠牲を出してはいけないと思ったし、ラプンツェルに罪を悔い改めて欲しかったからだ。だが、あいつは何一つ変わっちゃいなかった……!」

 ヘドウィグはぎりぎりと音を立てて、忌々しげに歯を噛みしめる。

「ラプンツェルが十五歳の時、塔の上に一人の男が現れた。その男は二、三度訪れただけで、ぱったりと来なくなったが、あの娘は子を身籠ってしまい、男と女の双子を産んだ。私は生まれた赤ん坊達をすぐに引き離そうとしたが、涙ながらに子供達への愛情を切々と訴える姿に、彼女は改心したのだと思った。事実、ラプンツェルは子供達を目に入れても痛くないとばかりに可愛がり、大事に育てていたよ」

「ヘドウィグさん。クラウス王子がラプンツェルと出会った時には、彼女は一人でしたよ??……ま、まさか……」


 エミールの顔から血の気がサーと引いていく。


「そのまさかだよ!」

 ヘドウィグはその時の怒りを思い出して、思わず声を荒げる。

「ラプンツェルは、我が子すらも自らの手で殺したんだ!!全く悪びれもせずにな!!私は悟ったさ!!この娘は生まれながらの悪魔だってね!!ラプンツェルには、今までしてきたことへの報いを受けて欲しかった。だから、どうせならば、愛する者に裏切られる絶望と、殺される恐怖を味わうべきだと……」

「ちょっと待ってください、貴女の考えはその間違っています」

「……何だって?!」

 激昂するヘドウィグとは対照的に、エミールは落ち着いた口調で言葉を続ける。

「確かに、ラプンツェルが犯してきた罪は許しがたいですし、相応の罰を受けさせたいというのも当然だと思います。しかしながら、それで本当に彼女は改心し、罪を悔い改めるのでしょうか??」

「…………」

「ラプンツェルは人や動物を傷つけ、殺めることがどうしてやってはいけないのか、ということが本当に分からないのかも知れません。それが例え、『悪魔の薬』の影響によるものだとしても。彼女を殺すことよりも、もう二度とやらないように導くことの方が大事なのではないでしょうか??」

「随分と簡単に言ってくれるね。そう言うからには、お前さんは導くことが出来るって言うのかい??」

「正直言って分かりません。だけど貴女の話を聞いて、僕は彼女の首よりも、生きた彼女を故国へ連れ戻したい、と、思いました」

 エミールは真っ直ぐな視線でヘドウィグの瞳をしっかりと見据える。

 始めはきつく睨んでいたヘドウィグだったが、「やれやれ。お前さんは死んだ主と違い、馬鹿が付きそうなくらい、どこまでも真っ直ぐな男だ。気に入ったよ」と、肩を竦めて微かに笑った。

「お前さん一人に任せるのは、正直心許なくて仕方ないから、私も協力しよう」

「……えっ……」

「ラプンツェルを探す旅に付き合ってやる、と言っているのさ」、

「あっ……」

 予想外なヘドウィグの言葉に驚き、呆気に取られるエミールに「何をぼさっとしてるんだい、坊や。さっさと行くよ」と、ヘドウィグは声を掛けて扉を開けたのだった。



(終わり)

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