桜色の栞
『桜色の栞』
僕が彼女に出会ったのは高校に入学してすぐだった。
僕は本が大好きで、入学してすぐに図書室に向かった。
図書室は閑散としていて司書のおばあさんが一人いるだけだった。
『すごい…。中学と全然違う…。』
高校の図書室は中学に比べてすごく広かった。
埃に塗れながらも名作の輝きを失わない夏目漱石
古めかしいのに赴きある江戸川乱歩。
たくさんの本達が僕に語りかけるようだった。
僕が本を選んでいると、窓から柔らかい春風が入ってきた。
僕は、風を遮るために窓を閉めようと振り返った。
『こんにちは。』
窓際の椅子には美少女が座っていた。
『さっきまではいなかったのに…。』
「挨拶はないの?後輩君?」
鈴を転がしたみたいな優しい声に、僕は心奪われた。
―次の日。
僕は図書室にいた。
先輩もいた。
先輩は相変わらず窓際の椅子に腰掛けて本を読んでいた。
「先輩は、何を読んでいるんですか?」
そう聞くと、先輩は少し渋い顔をして、唇に人差し指を当てて
「な・い・しょ。」
と可愛らしく言った。
よく見ると、背表紙にはタイトルが無かった。
入学して、しばらくしたらクラスで妙な噂を聞いた。
『図書室には、死んだ女の幽霊が出るらしい。』『その女はタイトルのない本を持っていて、見つけた人の名前を取って喰うらしい。』
まさか…
僕は、図書室へ走った。先輩は生きてる…。
絶対に生きてる…。
祈るように走った。
図書室には、やっぱり先輩が窓際の椅子に腰掛けていた。
「いらっしゃい。」
「先輩…先輩は何年生…ですか。在校生…ですよね…。」
息を直す間もない。
先輩は、驚いた顔で僕を見つめてゆっくりと唇を動かした。
お願いだ…生きてるって言ってくれ…。
そうじゃないと僕は…
「私は…」
僕は…
「生きて…」
僕は…
「いないのよ…。」
死んだ人に恋をしてしまうじゃないか…。
「正確には生きてるかわからないの。
死んだのか…生き霊なのか…。
だから、幽霊って呼ばれるようになったのね。
私が覚えているのは、この桜色の栞のことだけなの。」
先輩は、知らない内に頬に流れていた一筋の涙を優しく拭って、柔らかく微笑んだ。
どうして…
僕は、先輩が胸元で握る栞を恨めしく睨んでいる事しかできなかった…。




