第5話 情報屋
「あ、情報屋の前に……朝ごはん食べたい」
ミロに手を引かれたアルテアは、もう一方の手でお腹をさすった。
ミロが振り返り、「食いしん坊だなぁ」とでも言いたげな目を向ける。
「パンの屋台ならあるよ」
「うん、それでいいよ」
「じゃあ、こっち。少し寄り道になるけど」
「ミロとお散歩できるなら、喜んで」
ミロの耳がほんのり赤くなった。
握られた手のぬくもりが、少しだけ増した気がする。
アルテアは目を細め、口を緩ませた。
「あのお店。マムのパンに比べたら硬いけど」
ミロが指差す。
「十分だよ。じゃあ買いに行こう」
屋台には、形の揃わないパンがいくつも並んでいた。
それでも、焼けた小麦の香ばしい匂いが漂っている。
盗まれぬようにと、パンは木の囲いの中に並べられていた。
アルテアは老夫婦に二つ分の代金を支払い、まだほの温かいパンを受け取る。
「はい」
ひとつをミロに手渡すと、少年がぱちりと目を瞬いた。
「え? くれるの?」
「うん。一緒に食べようよ。一人で食べるの、寂しくてさ」
アルテアがふふっと笑いかけると、ミロは照れくさそうに肩をすくめた。
「もう、仕方ないなぁ」
アルテアがふとミロとの位置を入れ替える。
——バッ。
彼女の手のパンが、青年の腕にさらわれた。
犯人は振り返りもせず、狭い路地を駆け抜けていく。
「パンどろぼうだ!」
ミロが叫んだ。
「うん、やられちゃったね。見事な逃げ足だ」
「追わなくていいの?」
「うーん……お腹空いてるから無理かな。あ、もう一個ください」
アルテアはおばあさんから新しいパンを受け取ると、そのままかぶりついた。
ところどころ焦げた香ばしさが、鼻に抜けた。
パンを齧りながら、二人は並んで歩いた。
「そういえば、ミロはスリが上手だね。誰かに教わったの?」
ミロは一瞬、ぎくりとしたように目を丸くする。
「も、もうやらないよ!」
「ふふ、わかってるって」
アルテアは笑って首を振った。
「教わったわけじゃないよ。ただ……やってるうちに、なんとなく」
「へぇ。ミロは手先が器用なんだね。活かし方次第で、いろんな才能になりそう」
自分から盗れるほどだから、とは彼女の口にしなかった。
もしひとかけらでも殺意のような気配があれば気付けただろうが——。
ミロは盗みの気配すら感じさせない天賦の才があるのだろう。しかしそれを活かして欲しいとはアルテアは思わなかった。
道はいろいろあるはずだ。
技工士や優秀な斥候にもなれるだろう。
そう思いながら、アルテアはパンの最後のひとかけを口に運んだ。
やがて着いたのは宿にほど近い薄暗く細い路地の奥の店だった。カウンターに五席だけの小さな飲み屋だ。店の中は酒の匂いが微かに残り、男は昨夜の片付けでもするように器を拭いていた。
店主らしきその男は日に焼けた肌に、剃り上げた頭が鈍く光る。分厚い肩と腕は、ただの飲み屋に収まるにはいささか無骨すぎた。寡黙そうな目が、アルテアをゆっくりと品定めするように眺め、わずかに細められた。
「おじさん! お客だよ!」
店主は呼ばれても手を止めようともしなかった。アルテアは店主の無言を気に留める様子もなく、カウンターの椅子に腰を下ろした。
「人探しをしている」
アルテアは袋の中から金貨を一枚取り出し、カウンターに置いた。
「特徴は?」
「銀髪で銀色の鎧を着た騎士。歳はおそらく二十代後半から三十代——」
腕を組みながらアルテアの話を聞き終えた店主は無言で金貨を手に取り、指先で軽く弾いた。乾いた音がカウンターに響く。
「知らんな」
そう言ってから、ひと呼吸おいて金貨を懐に滑り込ませた。
店主がちらりとミロを見ると、ミロがそれまで見たこともない形相で睨んでいた。
店主は小さく「ふう」とため息をつき、視線を戻した。
「……だが、調べてみよう。これは前金としてもらっておく」
「お願い。しばらくは朽ち梁亭を寝床にしているからまた来るよ。あ、それから、街の情報を売って欲しい。危なそうな奴とか強い人のこととか」
アルテアは情報をいくつか買って、店を出た。路地に出ると、ミロが弾むように歩き出した。
朝の冷たい風が、アルテアのフードをそっと揺らした。




