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第3話 マムの飯屋

 市場の端に着くと、小さな木造の店が目に飛び込んできた。看板には『マムの飯屋』と殴り書きされ、扉の隙間から焼けた肉と香草の匂いが漂ってくる。


「ここ、肉シチューが美味いんだ!」


 ミロが胸を張るように言った。


「パンも焼きたてでさ、姉ちゃんが元気だった頃はよく一緒に食べてたんだよ!」


「へえ、肉シチューか。よし、入ろう!」


 アルテアは微笑んで扉を開けた。


 店の中は木の素朴なテーブルと椅子が並んでいた。木の香りと、肉や小麦粉の匂いが喧騒のように混ざり合っていた。まだ客はまばらだったが、粗末な服を着ていてもみな笑顔で酒を酌み交わしていた。


 奥の厨房から、恰幅のいいおばさんが現れ、ミロを見つけるなり腰に手を当てた。


「あんた! またスリなんてしてないだろうね!」


 その声にミロがたじろぐ。


「し、しし、してないよ!」


「本当だろうね? 嘘だったら承知しないよぉ!」


 ミロを叱り飛ばした後に、隣の少女に目をやった。


「おや、新顔だねぇ」


 皺の間から覗く笑顔が、陽だまりのようにあたたかい。


「ミロが迷惑かけてないかい? この子はいい子なんだけど、ちょっとやんちゃでねぇ。あたしはマム。よろしくねぇ。

 さぁさ、座って座って。サービスしとくよぉ。何にする?」


 アルテアとミロは、壁際の木のテーブルに腰を下ろした。年季の入った天板には、染みついたスープの跡や、皿が何回も置かれてついた細かな傷が刻まれている。


「肉シチューと焼きたてパン、お願いします!」


 アルテアが元気よく声を上げると、マムが「はいよ、元気な子だねぇ」と笑いながら厨房へ引っ込んだ。奥では鍋がコトコトと音を立て、香ばしい匂いが漂ってくる。


 やがて、皿に盛られたシチューが運ばれてきた。深い茶色のスープの中に、角切りの肉と野菜がごろごろと沈み、表面に溶けた脂が金色の輪を描いている。

 脇には焼きたてのパン。外は香ばしい焼き色が付き、割れ目から湯気を立てていた。

 濃厚な肉の香りと小麦の甘い匂いが鼻をくすぐり、アルテアは思わず鼻先をヒクヒクと動かす。


「いい匂い……!」


 アルテアはスプーンを取り、シチューをすくって口に運んだ。

 濃厚な香りが舌に広がり、ほろりと崩れる肉が溶けていく。スープには野菜の甘みと香草の香りが溶け合い、思わず頬がゆるんだ。

 続けて、焼きたてのパンをちぎってスープに浸し、頬張る。外は香ばしく、中はふわりと柔らかい。噛むたびに小麦の甘みが滲み出してくる。


「うわっ、美味しい! 肉がホロホロだ……スープのコクもすごい。パンも外はカリッ、中はふわふわ!」


 目を輝かせるアルテアを見て、ミロが小さく笑った。


「でしょ? 姉ちゃんにも食べさせたいな……」


 その声には、ほんの少し影が差していた。


 アルテアはパンを咀嚼しながら目をぱちりと見開き、閃いたように手を叩いた。


「そうだ、ミロのお姉ちゃんにお土産買おうよ! このシチュー、持ち帰りできる?」


 厨房から顔をのぞかせたマムが、にっこりと頷く。


「できるとも。壺に詰めてやるよぉ。ちょっと待ってな」


「じゃあ、お土産用に一つお願い!」


 アルテアの声は、まるで店の中の空気を一段明るくしたかのように弾んだ。




 テーブルの料理をきれいに平らげた二人は、マムが丁寧に壺へ詰めてくれたシチューと、焼きたてのパンを受け取った。

 支払いを済ませて店を出ると、夕方の市場はすでに片づけが始まり、屋台の灯りがぽつりぽつりと灯っていた。

 肉とパンの余韻がまだ鼻の奥に残る中、ミロが嬉しそうに笑う。


「姉ちゃん、きっとびっくりするだろうな。アルテア、ほんとにありがとう!」


「いいのいいの。美味しいものは、みんなで食べたほうがずっと美味しいからね。ほんのお裾分けとお見舞いだよ」


 アルテアは微笑みながらフードを被り直し、温もりの残る壺をそっと抱きしめた。


 二人はゆっくりと夕闇が迫る貧民街を歩き出す。

 長く伸びる影、暮れゆく空が屋根を朱く染め、遠くでは鐘の音が一度だけ響いた。


 アルテアのフードの下で、金の髪が微かに揺れる。

 その一筋の光が、沈みかけた日差しを受けて、かすかに煌めいた。




(序章・完)

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