山形さんと砂のお城
「ふう。」
今日は休日だ。その自分の要領の悪さから、今週はずっと残業続きだったのだ。解放感を身にまとい、私は窓際の椅子に腰を掛けて、ゆっくりと紅茶を飲んでいるのだった。とても心地が良い。何もしないで何も考えずに済む。こんな時間はとても貴重で、そして細やかな癒しなのだ。
「うーん。」
眠るのか眠ってないのか、どっちなんだ。そうゆうあやふやな宙ぶらりんの状態を、私は楽しんでいるのだ。
「うん?」
そこで私はとある気配に気づいた。
「ほら、ここ掃除するからどいて。」
「うーん。」
不満の声を挙げながら、仕方なく私はカップを持ち席を立つのだった。やむを得ない。この家の主は彼女なのだから。この家は私の母の名義だ。それに綺麗好きな母に対して、自分は余り掃除とか整頓はしない。この辺は母親から受けついて、生まれてこなかったようなのだ。それでも今は私と同居する唯一の家族・・・・。実の事を言うと、私は母子家庭で育ったのだ。自分が幼い時に両親は離婚してのだった。そして私は母に引き取られた・・・・。家族は引き裂かれたのだ。最も両親が別れたのは、どちらかが一方的に悪い、という訳でもなさそうだった。当時の自分は、子供なりにそう感じていた・・・。
「ふう。」
窓際から移動した私は、自分の机にいた。これは小学校の頃から使っている勉強机だ。今や本を読んだり、おやつを食べたり・・・・、勉強には使用していない。
「はあ。」
その紅茶を飲み干した私は、机にとっつぷして身を委ねた。
「ん。」
何気に横目で見た大きな本棚が気になった。即座に私は立ち上がり、それを眺めた。ここには私の本や書類だけでなく、家族共有のものも収納されていた。この古めかしい木製の本棚にも、家族が皆一緒に暮らしていた頃からの歴史と言うものがある。その木目がまるで家族の年輪を表しているかの如くであった。そしてさらにその中から、セレクトして手に取ったものがある。
(うん、こんな時もあったんだ・・・・。)
私は感慨にふける事にしたのだった。
~~~~~ 私は感慨にふける ~~~~~
その時の私は砂場で遊んでいた幼い女の子だった。
===== ペタペタ =====
私はおやまを作っていた。富士山を作ろうと思っていたが、この砂の色では様にならない、などと私は悩んでいたのだった。そうだそれならば、いっそのことピラミッドという事にしよう。これで色的な意味合いでは辻褄があう。うん・・・。我ながら夢のない少女である。自分で自分を納得させた女の子は、さらに作業を続けていた。
===== ペタペタ =====
(ん?)
私は違和感を感じた。何故なら自分のリズムとは違っていたからなのである。明らかに私とは別の者から発せられる音である。
(え?誰・・・?)
これはまるでホラーだ・・・。幼いなりに私は感じた。でもこの現実から目を背ける訳にはいかない。
(うう・・・。)
渋々である。気の小さな私は、恐る恐る顔を上げたのであった。
(ん?)
===== ペタペタ =====
目の前には、私よりも小さな女の子ががいた。その子は見るからに寡黙そうな顔立ちだった。そう幼き日の山形さんだ。幼い頃から彼女は魅力的だ。黙々と山形さんは砂を盛り上げて形を整えていく。私は女の子を手伝おうとした。しかし・・・。
「うおっ!」
私は鋭い視線を感じ、思わず仰け反ってしまった。
~~~~~ 私の作業の邪魔をしないでください。 ~~~~~
彼女の目がそう言っていた。勿論それは私の推測であるが、恐らくそうなのではないだろうか。その瞬間、私は悟った。もはや私が彼女の作業のなかに入る余地がない、ということを・・・。それなら仕方がない。もう自分はただの傍観者に徹する他ないのではなかろうか。そう私は腹をくくったのである。でもそれも悪くはない・・・。この利発そうな顔立ちの女の子が熱中する姿を堪能することにしたのだった。
(おお・・・。)
その手際の良さに、私は見とれていた。とても器用に山形さんは砂を扱っている。すばらしいスコップさばきである。まるでそれはスコップでなく、全く別の次元のものなのではないか、と思ってしまうのであった。そうそれは正に上流階級が手にするナイフとフォークさながらである。そしてさらにその扱う砂も違ったモノに見えてきた。そう・・・。それは美味なのであろうか、と錯覚すらさせる食材的なモノ・・・。私は思った。本当にこの子は・・・。
~~~~~ まさかパティシエの卵なのか ~~~~~
「へ?」
思わず私は声をあげてしまった。幼き山形さんはスコップを右手に持ち、その完成したと思われるものを眺めている様子であった。しかしそれは・・・。
~~~~~ 砂のお城であった ~~~~~
もっとも彼女が作ったお城は和風のもので、私が作っていたお城よりもずっとクオリティの高いものだったのだが・・・。しかしそれを差し引いても、自分と山形さんが同じ思考回路であったことが嬉しかったのだ・・・。山形さん・・・・・、好きだ・・・。
私は繁々とアルバムを眺めていた。そう私の持つアルバムの中には、幼き日の私と並ぶ山形さんが写っていた。