湯上がりミルク戦争
温泉の湯上がりで火照った体を冷ますべく、4人は宿のロビーに集まっていた。
マッサージチェアが並び、瓶入りの飲み物がずらりと冷蔵庫に並ぶ、昭和の香り漂う癒しの空間――のはずが。
「おい因幡、勝負しろ」
「は? 牛乳で?」
浴衣の前をゆるく合わせた因幡歩人が、瓶入りのコーヒー牛乳を手にして振り返ると、真正面から睨みつけるように高守柚瑠が立っていた。
手にはしっかり白牛乳。
「除霊の実力は今日見せつけられた。だがな……“湯上がりの牛乳の飲みっぷり”でこそ、本物の男の価値が決まる!」
「誰の世界観だよそれ……!」
黒川才斗が吹き出しそうになりながら手を口に当てる。
「はぁ……もう好きにしてください」と呆れた声を出したが、同時に目が楽しそうに笑っている。
律はいつものように落ち着いた笑顔でふたりの間に立ち、瓶牛乳を手に持った。
「それでは、因幡さん、柚瑠さん。準備はよろしいですか?」
「おう、望むところだ」
「こっちはいつでも飲める」
因幡がコーヒー牛乳を、柚瑠が白牛乳を構えて仁王立ち。
ふたりの視線が空中で火花を散らす。なぜかこの一騎打ちにだけ、やたらと真剣だ。
「では……用意、スタート」
律が手をひらりと振り下ろすと、ふたりは一斉に瓶を傾けた。
「……んぐっ、んぐっ……!」
「ぐっ、くっそ、思ったより冷てぇ……!」
どちらも顔をしかめながら、勢いよく瓶をあおる。
黒川が笑いながら、スマホで動画を撮り始めた。
「ほんとにやるとは……どっちも真剣すぎて、逆に面白いんだけど……」
5秒、10秒――
瓶の底が先に見えたのは、コーヒー色。
「ぷはっ!」
因幡が口を離した瞬間、空の瓶を掲げた。
「勝ったな。オレの喉、なめんな」
「くっ……! 甘さが飲みやすさに影響しただけだろうが……!」
「何? 負け犬の遠吠え?」
「だれが犬だとォ!?」
黒川と律が同時に「まあまあまあ」とふたりの間に入り、手を振ってなだめる。
「勝負は勝負ですよ、柚瑠さん」
「くっ……律まで……」
「でも、柚瑠さんの飲みっぷりも素敵でした」
「……っ! ば、ばか……!」
「ふたりともお疲れさまでした。これ、クールミント味の飴。喉にどうぞ」
律がにこやかに飴を差し出すと、因幡も柚瑠も何だかんだで受け取った。
黒川は笑いながら、因幡の横に腰を下ろす。
「先生、コーヒー牛乳勝負に勝っても、小説の宣伝にはならないですよ」
「……くっそ、次は早押し朗読対決だな」
「もうやめてください、めんどくさい……!」
ロビーに笑い声が広がり、宿の静けさの中に、少しだけにぎやかな温泉夜の思い出が刻まれた。




