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第六十九話 森のなかの攻防



「よっし! 出発だ」


 翌朝早くにペイトンの号令と共に出発する。

 まだ陽は登っておらず、薄暗い空の下、僕たちは眠い目をこすりながら急いで出発の準備をした。この先にある森は、南側で僕たちが訪れた湖の森よりも広く、これくらいの時間に出て行かないと、夜までに抜けることが出来ないらしい。本当はもう少し遅くても良かったはずが、砂漠での件でズレたのだ。


 それにイラつくこともなく、うまく行程の調整で補うペイトン。何度もここを往復しているので、道の状況がすべて頭に入っているのだろう。どこの区間を縮める行動をすれば、予定に間に合うかを常に計算してくれる。


《まあ、この余剰戦力――いや、過剰戦力と言った方が正解なのか? この面子なら森のど真ん中で宿泊したって平気なんだろうけどよ。はっはっは》


 馬車のなかにペイトンの冗談が響く。

 現在、無線の魔道具を通して、彼と雑談しながら、僕らは残りの平原地帯を走っている。


 アルテシアは御者台に。僕は荷馬車のなかで、ジーナやロジと共に簡易ベッドを囲むようにして床に座っている。


 この先の森林地帯は、全体的に乾いた地面が少ないらしい。湿地帯のように地面はぬかるみ、沼地も多く、普通なら馬車で渡るのも難しいのだけれど、そこは馬車使いのスキルがあれば問題ないとのこと。対して馬車使いを同行させていない馬車旅の人たちは、この森を抜けずに遠回りして王都に向かうのだとペイトンが教えてくれた。


 いよいよもって、旅には馬車使いが必要だと思い知らされてしまう。


 彼女たちには話していないが、僕にはあるふたつの目標がある。ひとつは、アルテシアの奴隷になった経緯が知りたい。元王宮料理人ロイドと同じく、無実の罪で処罰されたのなら、それをきちんと晴らしてあげたいし、ちゃんと故郷に胸を張って帰れるようにしてあげたい。


 ジーナも行方不明のお兄さんがいる。僕は前世の家族とは二度と会えないけれど彼女は違う。ソフィーの家族探しを他人事に思えなかった彼女も、きっとお兄さんと会いたいはず。彼女とお兄さんを再会させてあげたい。それがふたつめの目標だ。


 本気でそれを叶えるために旅する気になれば、絶対に移動手段が必要になる。馬車を購入すれば、おのずと馬車使いもほしくなるに違いない。

 

 出来ればペイトンにと考えるが、難しい。

 彼はこの契約が終了するとフリーになるが、僕らがこれから馬車を購入して旅立つとなると、きっともう少し先のことになるだろう。そこまで彼を拘束することは出来ないし、彼が本当に行きたい場所では無いかもしれない。そんなことを考えると、気軽にうちの専属にならないかとは言えない。


 となれば馬車使いの奴隷?

 そんな都合の良い人が居るわけがない。やはり旅立つタイミングで良い人を探すしかないな。


《おーい。聞いてるか? そろそろ森に入るぞ》


「あ、ごめん! 森? わ、わかったよ。森だね」


《なんだよ。またなんか考え事か? あんま頭使うと早く老けるぞ》


 つい考え事に集中して、ペイトンの話を聞いていなかった。森に着くと言っていたので、草原はそろそろ終了らしい。辺りを見渡すと彼の言う通り、短い草からだんだんと伸びた草木に変化している。


「なんか森って聞くと、アル姉に連れまわされたのを思い出すわ~」


 荷台のほうからジーナが苦い顔で話す。

 そう言えば出会ってすぐに彼女のレベル上げに、湖の森で行ったんだ。あれで【警戒】を覚えてくれたおかげで、黒狼族の襲撃に気付けたんだよな。


 そんな黒狼族も、今では長がエンゲージ契約で僕と繋がり、四人の黒狼族は今現在、僕の奴隷になっている。世の中何があるかわからない。リサメイとも出会って、ペイトンとも友達になれた。このまま王都にたどり着けば、そのあと当分会えなくなると思うと、少し寂しい気分になる。 


「僕、森のなかって初めてです」

「ロジっちのことは、このアタシが守ってあげるから安心しなって」


 すっかりロジの保護者になったジーナ。

 今もロジを後ろからしっかりと抱きしめ、まるで母親のような雰囲気を醸し出している。彼女にこんな一面があったのかと驚くが、もしかすると行方知れずの兄がいる彼女には、誰か兄弟のような存在が必要なのかもしれない。だからそれはきっと母ではなく、姉としてその存在意義を見出しているのだろう。


「ん? あ。お兄さんもギュってして欲しい?」

「なっ……!」


 僕の視線に気付いたジーナが、ニヤニヤしながらそんなことを言う。無意識に見ていたので、不意を突かれた僕は突然のことに言葉を詰まらせる。


「あ~。ロジにヤキモチとか焼いちゃう系? お兄さん、チョー可愛いっ」

「バ、バカ! そんなことより、盗賊スキルで周辺ちゃんと見ててくれよな」


 ジーナの冗談に焦りながら、とっさに彼女にスキルを使わせること思いついた。盗賊スキル【警戒】を使えば、敵の接近をあらかじめ察知することが出来るので、こういうときこそ彼女の出番だろう。


 真面目に返す僕を、つまらなそうにするジーナが、ロジの頭をなでつつ話題を変える。


「そう言えばアタシが寝てたとき、変な奴らがこっちを追って来てるって言ってたね」

「え? ああ。さすがにこの森のなかを追ってくるのは、難しいと思うけど、ここにはそいつら以外にも、魔物がたくさんいるって、ペイトンも言ってるし、用心に越したことはないだろう」


 了解。と、一言返事をしたジーナが、少し考え込むような仕草をする。【警戒】を使ったのだろう、猫耳をピクピクと動かしたあと、彼女がこちらを振り向いた。


「んー。今のところ、別に変な奴らは居ないっぽいけど、森には魔物が、チョーいっぱ~い、みたいな?」


 そんな結果を報告してくれるジーナ。

 彼女に礼を述べると、魔道具から音が再びペイトンの声が聞こえた。


《もうすぐ森の湿原地帯に入る。レイクサハギンがウヨウヨしてるから、そっちも警戒しといてくれ》


「レイクサハギン? 湖の半魚人て意味か……」


 ペイトンの言う、レイクサハギン。

 少しモンスターの名前に、前世のゲームなどで聞き覚えがあった僕が、ぽつりとつぶやくと、御者台にいるアルテシアが振り返る。


「ヨースケさん。以前、湖の森で遭遇したレイクゴブリンは、実は泳ぎが苦手な種族なのですが、レイクサハギンは水中での戦いに特化した種族なので、そこに引きずりこまれれば、こちらが不利になります。出来れば水場での戦いは、避けたほうが良いですね」

「ひ、引きずり込むって……」


 アルテシアの説明に、ごくりと唾を飲む。

 前世での話になるけれど、僕は泳ぎが苦手だ。子供のころに溺れたとき以来、水場にはあまり近付きたくない。もちろん入浴に差し支えるようなレベルではないが、頭をどぷんと潜らせることなんかは絶対に無理。


 荷台の後方から地面を覗く。

 地形の影響をまったく受けることなく、反則的な好条件で走る荷馬車。その下はもう湿地帯だ。常識的に考えても、この積載物を加えた超重量の大きな箱が、なんの負荷もなく進むことなんて不可能に近い。それなのにこの荷馬車は、ぬかるんだ湿地帯の泥の上を、まるで水鳥が静かに水面を進むように走っているのだ。


「ヨースケさん。あまり水面を覗くと危険です」

「あ、ごめん。つい――」


 じっと流れていく沼地を見つめていると、御者台からアルテシアの注意を受ける。怖いモノ見たさではないけれど、なぜかじっと見てしまったことにハッとなった僕は、そこから視線を逸らそうとしたとき、水面の奥に潜むナニかと目が合った。


「ヨースケさんっ!!」

「お兄さんっ!!」


 一瞬だった。

 荷台から少し乗り出した僕の体は、人間の数倍の長さを持つ腕の先に付いた、鋭いかぎ爪によってガッツリと掴まれ、あっという間に沼地へと引きずり込まれた。


 僕の異変に気付いたアルテシアとジーナが、とっさに行動を移すが、それよりも早く猛スピードで沼地を移動していく僕と謎の生物。


 鼻や口から止めどなく侵入する泥水。

 まるでモーターボートに引っ張られているような速度と衝撃に、息をする暇もなく必死にもがく。やたらめったらに腕を振り回すと、かぎ爪の拘束が緩み、なんとか水面に顔を出すことに成功した。あわてて忘れていた呼吸を始め、肺を循環する酸素と引き換えに、体の外へと吐きだす二酸化炭素に乗せ喉を震わせる。


「ぐはっ! た、助けてっ!!」


 さらわれたショックよりも、溺れるという恐怖が勝つ。足も届かない沼地のなか、謎の生物に手を離されるほうが怖いと感じる矛盾。幼少時の水難の記憶が再び蘇り、体がこわばっていく。


「ギャギャギャ!」


 僕のすぐそばで鳴き声を上げる生物。

 泥が入って役に立たない片目を閉じ、生きているほうの目でその正体を見極める。


「ひぃっ!」


 全身緑の鱗に覆われた体と長い腕。

 かぎ爪が僕のローブに食い込むが、首は動くので更に振り返ると、自分のすぐうしろに顔があることに驚く。ギョロりとした赤い目と、ぱっくりと開いた口から黄色いギザ歯が見え隠れする醜悪な顔に、思わずゾッとなり目を背けるが、その背後からまたも同じ鳴き声がする。


「ギャッ!」

「ぶほっ!」


 突然、方向転換による重力加速が全身を襲うと共に、僕と化け物が居た場所から大きな水しぶきが上がる。


「クッソ! 避けるとかなくね? アル姉、あとお願いっ!!」

「もちろんっ!」


 ジーナの声がそのしぶきから聞こえる。

 それが僕を助けるために、彼女が攻撃を仕掛けたのだと知った。


 外したジーナはアルテシアの名を叫ぶ。

 それと同時にアルテシアの声が湿地帯に響き渡る。


「ギャアア!!」

「ぶへっ!!」


 ドンという衝撃が起き、耳障りな悲鳴が聞こる。アルテシアの攻撃が化け物に刺さったのだろう。かぎ爪の拘束から完全に抜け出せた僕は、勢いを殺せないまま空中に放り出される。


「木ぃ―木ぃ―木ぃ―っ!! ダメええええ!」

「うわあああ!!!」


 ジーナの叫びによって、自分が飛ばされた先が、沼地から伸びる巨大な大木だと気付く。慣性の法則に逆らえず、身動きも取れないまま、視界が目前に迫る樹皮の表面を捕らえた瞬間、言い表せない恐怖に駆られる。とっさに目を閉じ、直後に訪れるであろう、無事では済まない痛みを待ち構えた刹那、僕の体を強く抱きかかえるチカラを感じる。


「はああぁぁぁ……リサ姉ぇぇぇ……ナイスゥゥゥ……」


 ジーナの漏れ出るような声が聞こえた。

 その力なく安堵する声色に、自分が間一髪で助かったことを改めて認識した。


「ふう。ヤバかったなあ……主さん。さすがにあたしも焦ったわ」

「……」


「ヨースケさんっ!!」


 未だふわふわした感覚。

 助かったという安堵と、水の恐怖から解放されたせいか、僕を抱えるリサメイの声もまるで耳に入らない。しかし、怪物を仕留めたアルテシアが、血相を抱えて僕の下へやって来たことで、ようやく焦点が戻る。


「大丈夫ですか! どこか痛いところとか、ケガとかないですか? ヨースケさんっ! ヨースケさんっ!!」

 

 僕の全身を涙目のアルテシアがまさぐる。

 最後の詰めが甘く、主を危険に晒したこと悔いているのか、彼女の涙声に心が痛む。


 僕が荷台から乗り出したせいなのだ。

 水が怖いくせに好奇心と悪運でこんな目にあってしまった。


 キミのせいじゃないよ。

 そう声をかけようにも、力が抜けて声が出ない。


 それが余計に彼女の不安を煽る。

 涙をためた彼女の表情がだんだんと歪む。


「どうしよう……ヨースケさんにもしものことがあったら、私どうすれば良いの……どうすれば……!」

「大げさだってアルテシア。あたしがちゃんと掴んだから、主さんどこもケガしてないって!」


「わからないじゃないですか! リサメイさんが掴む前にどこか打ってるかもしれない……それにヨースケさん全然応えてくれないし……私がついていながら……ああダメだ……もう私……」

「リサ姉。アル姉がこうなるのも無理ないよ。アタシだって、さっきホントにヤバいと思ったし」


 違う。違うんだよアルテシア。

 そう言いたいのは山々だが、まだ声に力が入らない。そんななか、どんどんマイナス思考になっていく彼女に、ジーナを始め、さすがのリサメイも、これ以上口を挟むことを躊躇している。


「おーい。大丈夫ですか」


 少し離れた場所に停まっている荷馬車の先頭車両から、黒狼族たちが心配して来てくれる。先頭を馬に乗って走るロックロックが持つ手綱の先には、リサメイが乗っていたもう一頭の馬が繋がれている。


「リサ姫。いきなり馬を放り出して消えたんで、何事かと思いましたよ」


 ロックロックがリサメイに苦言を呈する。

 先頭を警護していた三頭のうち、いきなり馬上からリーダーであるリサメイが消えたのだ、彼も相当焦ったに違いない。そんな彼にあっけらかんとするリサメイ。


「あーすまんすまん。うしろの馬車からアルテシアたちの叫び声が聞こえたんで、何かあったと思ったんだけど、森のなかなら、あたしが直接動いたほうが早いんで、つい……」

「そんなの良く聞こえましたね。俺たちには全然でしたけど、さすがリサ姫ですな」


「でもペイトンに頼んで、馬車停めてくれたんだろ? 助かったよ、ロックロック」

「ええ、とりあえずはね。ペイトンの奴も心配してますから、早く戻って下さいよ」


 ロックロックの登場により、ようやく落ち着いてきた僕ら。停車したままの馬車へ戻ろうかと、半身を沼地に沈めたままの状態から、ゆっくりと立ち上がる。


「ア、アルテシア……ゴメン。僕は大丈夫ダガラ……」

「ヨースケさんっ!! よ、良かった……良かった……」


 ようやく声が出せた僕が、抱きついたままのアルテシアに、なんとかダミ声で言葉をかける。それに歓喜する彼女が声にならない声をあげながら、僕の首に思いきり抱き着く。


「はあ。お兄さんも無事だし、ちょっと焦ったけど、なんとかなったね」

「ゴメン。ジーナニモ心配ガゲダネ……」


 沼にほとんど沈んでいるジーナが、泳ぐようにしてこちらにやってきて、安堵の言葉を漏らしている。そんな彼女にも心配かけたことを、依然ダミ声のまま詫びる。


「じゃあ、馬車に戻るぞー」


 リサメイの号令で、全員が立ち上がったとき、


「あああっ!!」

「「「――!!」」」


 突然、僕らの乗っていた荷馬車から悲鳴が。

 その声に全員の視線が、荷馬車の後部へと集中する。


「ギャギャギャ!」

「た、助けて……!!」


「くそっ! まだ一匹いやがったのかよ!」


 そこには荷馬車の後部に乗りあがった、さきほど倒した奴と同じ化け物がその長い腕から伸びるかぎ爪を振り上げ、今にも馬車に残る者を襲う寸前だった。当然その荷馬車には、車内に残されたままのロジが、引きつった声をあげて怯えている。


「ロ、ロジィィィィ!」


 ジーナが悲鳴を上げる。

 激昂した彼女は、とっさに傍にあった、僕が激突を免れた大木を四つ足で駆け上ると、高い場所から木の表面を蹴り、一気に荷馬車へ向かって飛んでいく。


 そして彼女の持つ短剣の切っ先が、怪物の背中へと届こうとする瞬間、怪物の体を無数の剣が貫いた。


「ギャアアアア!!!!」

「「「――!?」」」


 断末魔と共に、沼へと崩れ落ちる怪物。

 突然の事態に、状況を呑み込めない僕ら。


 串刺しの怪物に巻き込まれそうになったジーナは、とっさの判断で幌の屋根のヘリに掴まると、うまく回転して屋根へと上り、難を逃れた。


「ヤッバ! な、なにコレえ!?」

「か、怪物から剣が伸びて出てきたぞ?」


「……」


 目の前の惨状に驚くジーナ。

 訳がわからず、屋根から幌のなかを覗いている。リサメイも見たままの状況を口にし、何が起こったのか理解できないようすだ。ロックロックに関しては、もう開いた口が塞がっていない。


 だが、このなかで唯一、怪物を貫いた剣に見覚えのある僕は、その持ち主の方へと振り返り、こう呟いた。


「アルテシア。あれはキミの……」


 そう、怪物を串刺しにしたのはアルテシア。

 レイウォルド工房での彼女とは、まるで別人のような剣さばき。あのとき先んじて五星剣をうまく扱えたアハトにコツを聞いた僕は、彼からこんな話を聞いた。



 ― 魔剣を操るには冷静な精神集中だ ―


 

 しかし、今のアルテシアはそうではない。

 彼女の瞳には怒りに燃えた感情が沸き上がり、その手を前に掲げた姿には、憎き敵を滅殺せんとする気概を感じる。そしてその場に堂々と立つアルテシアが、僕の出した問いかけにゆっくりと答える。



「……レイクサハギンは絶対に許せません」




 今ここに、アルテシアの七星剣が覚醒した。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。



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