第七十話 三日目の朝
「ニシシ。お前ら無事だったかあ?」
ニヤニヤしながらペイトンが言う。
すでに陽は傾いており、二日目の宿泊地にたどり着いたところで、彼からそんな言葉をかけられる。聞けばあの襲って来たレイクサハギンたちは、全員がメスで、人族の少年ばかりを捕まえては、巣穴に連れて帰り、死ぬまで奴隷のような生活を強制するらしい。必死で逃げ出した者たちの話では、奴らに子作りを強要された者もいたようだ。それを聞いてゾッとする僕ら。
どうりであの最初の襲撃依頼、何度も僕やロジがばかり狙われていると思った。森を抜けた今、ここまで来るのに僕らは数え切れないほど、レイクサハギンの集団ばかりに強襲された。そのどれもが僕やロジに集中したもので、ふたりしておかしいなと言っていたところだったのだ。
「なんか嬉しそうだけど、ペイトンは平気だったの?」
「バカ言うなって! 俺もヤバかったっての。もう当分奴らの顔は見たくねえよ」
「それを聞いて安心したよ。また馬車使いスキルで大丈夫だなんて言われたら、どうしようかと思った」
「僕……もう森には入りたくないです……」
僕とペイトン、そして若干トラウマになっているロジの三人で、そんなやり取りをしていると、あきらかに疲れ切ったようすの黒狼族たちがやって来た。
「あいつら、いい加減にしろっての! 何度も何度も、いやらしい襲い方しやがって!」
「そうだな。なんでかわからないが、俺たちをスルーしやがんだよ。あの鱗婆さんたちは」
「若い人族の少年ばかりを狙うそうですよ。我々よりも馬を操作するペイトンさんの方が必死でしたし」
「失礼な話だよ。俺たちだってまだまだ若いっての!」
彼らの話題もレイクサハギン一色だ。
目の前にいる比較的冷静なペイトンが必死になるくらいなのだ。僕らもたいがい疲れた。最初の襲撃でびしょ濡れになった服を新しいモノに着替えたあと、食事もほどほどに、今夜は何も考えることなく泥のように眠った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おはよう。ずいぶんと早いねアルテシア」
まだ靄の残る朝の大地。
昨日熟睡したせいか、少し目覚めが早かった僕は、顔を洗うためゴソゴソと寝袋から這い出す。荷馬車からそれ用に下ろしている小さな水樽に向かう途中、大きな岩山に向かって魔剣を飛ばすアルテシアを見かけたので声をかけた。
「おはようございます。ヨースケさんこそ、お早い目覚めで」
僕に気付いた彼女は、宙を舞っていた七星剣を亜空間へと戻し、こちらを振り返る。森のなかで覚醒した彼女の魔剣さばきは、回数を追う毎に上達している。昨日もそれを使い、何度もレイクサハギンたちを撃退していたので、もう十分使いこなせているはずなのだが、真面目な彼女は朝から鍛錬に励んでいたようだ。
「昨日ぐっすり寝たからね。時間からしたら寝過ぎなくらいだよ」
「ふふっ。昨日は大変でしたもの。まだゆっくりなさって良いんですよ」
「いや、もう大丈夫。アルテシアこそ大丈夫なの?」
「はい。いちおう鍛えてますから」
そう言って腕をグッと持ち上げるアルテシア。
その細い腕から、あれほどのチカラが繰り出されるなんて、普通に考えたらおかしいはずなんだけれど、レベルによって支配されているこの世界では、たとえ見た目が貧弱でも、そのジョブのレベルが高ければ高いほど、信じられないほどの実力差が生まれる。
あのローザを見れば、それがあながち嘘ではないことは明白だ。あの姿からは想像もつかないほどのチカラでアルテシアたちを圧倒したことは記憶に新しい。なのでアルテシアも見た目で判断してはイケないのだ。抱きしめれば折れてしまいそうな彼女も、僕より遥かに強いことを認めざるを得ない。
「えっと、あの……どうしたんですか? ずっと私を見てますけど……」
昨日、沼地に落ちて濡れたのは僕だけじゃない。
新しい服に着替えたのはアルテシアも同じだ。僕が最初に買った彼女の服から、先日一式横丁で買ったらしい服装になっている彼女に、思わず見惚れてしまった。
ただの布でしかないチュニックワンピースだった上着は一新し、実用的に防御面が強化され、革を多くあしらったモノになっている。ぴったりと体に沿うように作られたレザーアーマー。その圧迫から逃げ出すかのように、胸の部分だけはギャザーの入っている布製だ。それがホルダーネックのように首のうしろで結ばれ、彼女の重量感ある胸を支えている。一瞬どこかのカフェで見たような制服にも見えるが、大部分が硬質の革仕様なのは異世界らしい。
肩も当然革の肩当てになっているが、動きやすいように何層にも別れた造りだ。そこから真っ白な腕が続き、同じ革製のガントレットのような手袋をはめている。
幅広のプリーツ仕様のスカートは膝下あたり。そこからゴテゴテした鉄のプレートをまとったニーハイブーツの足がすらりと伸びている。ところどころはヘビーな素材なのに、全体的にフェミニンな印象なのは、騎士らしくないと言えばそうかもしれない。ただ圧倒的に似合っている。それはもうため息しか漏れないほどに。
「え? あ、いや……似合ってるなって思って……」
「――!」
素直に感想を述べると、赤い顔をするアルテシア。
そんな彼女を見ると、どうしてもあの強い姿とのギャップを感じずにいられない。強くて美しい。天は二物を与えないと言うけれど、それが嘘だと断言出来るくらいに彼女は素晴らしい。
「あ……実はこれ、ジーナと一緒に選んだんです」
「そうなんだ。じゃあジーナにもお礼を言わないとね。朝から可愛いアルテシアが見れたし」
「も、もう良いですぅ。は、恥ずかしくなっちゃいますから……」
「え? あっ! ご、ごめん……ぼ、僕、何言ってんだ……うわぁ……」
ヤバい。思わずキザなことを言ってしまった。
恥ずかしがる彼女に謝り、何か話題を変えようと必死に考える。ただ焦れば焦るほど、そんな話題は浮かばず、気まずい空気が流れる始末。
「なーに朝からイチャついちゃってんのよ」
「「ジーナ!」」
またもジーナの乱入によって、僕らの気まずさは中断される。彼女も昨日は疲れたようで、早くに寝床へ入っていた。目覚めが早いのは皆同じだったようだ。
「へっへ~ん! アル姉の服、結構良いでしょ。アタシのセンスも、捨てたもんじゃないね」
昨日びしょ濡れになったのは、僕らだけではない。ジーナもおなじだ。彼女に服装は基本的に変わらない。前回の服装は丈の短いジャケットにチューブトップ。腰に斜めがけしたベルトには、ずっと同じ短剣が装備され、ホットパンツから伸びた少女らしい細い足は、薄いロングストッキングのようなモノを履いた上から膝下のロングブーツだった。
動きやすさ重視をモットーとする、彼女のファッションは今回も継続中らしく、少しオシャレ度が増したのか、ホットパンツがミニスカートになっていた。それ以外は同じような感じだ。
「ジーナも着替えたんだね。でもミニスカートなんて、動くと危なくない? その……」
見えるんじゃないかと言いかけて止める。
なんかイヤらしい感じに、聞こえやしないかと思ったので。
「んーピラっ?」
「おわっ!! や、やめろって!! ナニ見せてんだよっ!」
「ジーナっ! 下品ですよ!」
僕の言いかけた言葉を酌んだのか、自分の短いスカートをチラリと上げるジーナ。惜しくも――っていやいや、惜しくもじゃない、ギリギリ見えないように上げるので、見えそで見えないエッチさというか、思わず視線を奪われてしまい、あわてて彼女に注意する。当然、隣にいるアルテシアも一緒になってジーナを窘める。
「そんな怒んなくたって良いっしょ。冗談だっつーの」
ケラケラと笑うジーナ。
そんな奔放な彼女の性格は良いところであり、悪いところでもある。先日見せた、大人っぽい女性の雰囲気は何処へいったのか、今の彼女はこれまでと変わらない雰囲気だ。
「アル姉のはちょっと防御アップしてるけど、アタシはオシャレ重視だもんね。これくらい可愛いのにしないと意味ないっしょ」
「「……」」
遠征とは。
敵に襲われるかもしれないこの旅に、防御面を無視してオシャレに走るジーナ。そんな彼女らしい発言に僕らふたりは呆気にとられる。てか、アルテシアも店で一緒に買い物したんだろうに。僕がチラりと彼女を見ると、考えていることを読んだように、ポソりと呟くアルテシア。
「私の装備選びはジーナが手伝ってくれたのですが、彼女の服は、秘密だって言ったので、何を購入したのか知りませんでした……まさかオシャレに全振りだなんて……」
「そ、そうなんだ……あはは」
「ねえねえ。お兄さんどう? アタシの新しい装備!」
「またそんな風な……」
僕の方を向きながら、スカートの裾をそっと摘まんで、ポーズを取るジーナ。またもギリギリの線をキープしながら誘惑する彼女に呆れながらも、感想を要求する以上、ちゃんと答えないといつまでもポーズを続けそうなので、彼女の服装をじっと見たあと、その要望に応える。
「依然と比べて可愛さは増してると思う。オシャレを重視したっていうんだったら、そのミニスカートの選定もすごく良いし、あと、ジャケットの色味もうまく他の色と合わせてる。そうだな。首元にスカーフとか合わせたら、もっとジーナらしくなって、可愛くなるんじゃないかな」
「「……」」
「あ、あれ? ど、どうかした?」
僕の評価に唖然とする彼女たち。
何か不満か意見でもあるのだろうか、アルテシアは目をぱちくりとしたまま黙っているし、ジーナは赤い顔で口をあんぐりと開けたまま固まっている。
「アル姉……こういうトコロよね……」
「う……そ、そうですね」
「あ、あはは……」
ふたりの言っている意味はわからないけれど、とりあえず笑って澄ます。そんなに変だったのだろうか、僕のファッション寸評って。
「ううぅ……お兄さんからそんな風に言われちゃったら、当分ミニスカートやめられないじゃん……それにこの服装だって……」
「え? いや、そんなに!?」
「もお。知んない」
そう言い捨てると、ジーナが去っていった。
うしろから見ると耳や首まで赤いけど、大丈夫だろうか。
「ジーナのやつ、大丈夫かな」
「……」
ジーナを見送りながら、アルテシアに話しかける。
なぜか黙ったままの彼女。何気に振り返ってみた。
そこに、ゆっくり僕に詰め寄ってくる彼女の顔が。
「アル……テシア?」
良い香りがする。
アルテシアの髪に鼻をくすぐられたせいだ。
彼女は僕の耳元にそっと顔を寄せる。
熱い吐息が耳に当たる心地よさ。
ふわりとした感覚のなか、アルテシアの声が僕の鼓膜を震わせた。
「あ、の……わ、私も……短いほうが……良いです……か?」
「ふあっ!?」
びっくりした僕が、アルテシアを凝視する。
まさか、彼女がそんなことを言うとは思わなかったからだ。さっきのジーナ以上に火照った顔の彼女を見つめたまま、僕はなんと返事を返して良いか迷ってしまう。
「ア、アルテシア……」
「あ、あの……ヨースケさん」
ジーナと同じように、ゆっくりと自分のスカートを持ち上げるアルテシア。
「あ、ああ……」
同時に心拍数があがる。
僕の目の前にいるあのアルテシアが、こんな大胆なことを。
彼女の脚から目が離せない。
ゆっくり、じっくり、僕の瞳に映る、アルテシアの白い膝小僧がその姿を現す。それは順に白い面積を広げ、あっという間に太ももまで露になった。
「こ、これくらい……です……か」
上目遣いのアルテシアが僕に尋ねる。
わかるわけがない。僕にスカートの短さなんて。
「ア、アルテシア」
名前しか呼べない。
声はうわずり、心拍数は絶頂期を迎える。
視線は彼女の禁断の場所から離れられない。
彼女も同じだろう。
僕の視線に高揚し、引き返せないところまで来てしまった。僕の視線を追う彼女の瞳は、どこか楽しげに見える。僕を誘惑することが面白くなってきたのか、それとも、いつもより大胆な自分に新鮮な感覚を感じているのか。
「ヨースケ……さん」
近付くアルテシア。
あとずさる僕。
すぐそこに届く距離。
誰も居ない空間。
たったふたりきり。
リミッターが外れそうに――
「ジーナさん。何をされてるんですか」
「――!?」
「バ、バカ! 静かにしろっつーの!」
ロジの声と共に、うしろからジーナの声がする。
全力で振り返った先には、荷馬車の物陰に隠れるジーナと、それを発見したロジが。
「な、なななな……何してんだよおお!!」
覗かれていた。
それもジーナにだ。どうなってるんだ?
普通ならこんな場面、速攻邪魔しにくるはずなのに、なんで……。
動揺する僕に、頭を掻きながら歩いて来るジーナ。
「てへへ。ごめんね、アル姉。作戦失敗しちゃった」
「へ?」
「ううう……残念です」
「はっ!?」
わからない。
何がどうなってるんだ。
ジーナとアルテシアが一緒に並ぶ。
「ご、ごめんね、お兄さん。普段アタシばっか、お兄さん誘惑してズルいって、アル姉がマジで怒るから、ちょーっとアドバイスしちゃったーみたいな? あはは」
「う……」
言葉に詰まる。
それじゃあ僕はずっとジーナに覗かれながら、ドキドキしてたってことか。
アルテシアを見ると、申し訳なさそうな顔。本気じゃなかったのか? それともジーナが覗いてなくてあのままコトが進んでいたら……いや、真面目な彼女に限ってそれはないな。
なんか無性に腹が立ってきた。
ふたりに裏切られた気分だ。
ワナワナと震えるこの複雑な怒りは、どう表現して良いモノだろう。
いや、どう爆発すれば良いのかだ。
「じ、じゃあアタシはこれで。アル姉はつづき頑張って! ファイト!」
「ちょい待てい!」
動物的勘で僕の気を察したのか、この場から退散しようとするジーナ。そんな彼女を逃すまいと、すかさずその首根っこを押さえる。
ビクッとするジーナが振り向いた瞬間、僕は鬼の形相でささやいた。
「ふたりとも……わかってるよね?」
「ひっ!」
「あ……」
僕の顔を見たふたりが固まる。
怒りのまま、彼女たちを説教する間、じっと隣で僕らのようすを涙目で見つめるロジが呟く。
「僕がジーナさんに話しかけたから……やはり僕は悪い子なんだ……」
ロジは、空気を読むことを覚えた。
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