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第六十話  ジェニファーの告白



「ふんふんふーん」


 ジーナの機嫌が絶好調だ。

 食堂で鼻歌を歌いながら、ずっと自分の腕に身につけている、三連石のブレスレットを眺めている。昨日は皆ぐっすりと眠れたようなので、朝から元気が良いのは彼女だけではない。


「おかわりをお願いします」


 これで五回目のおかわりをするアルテシア。

 朝食はスクランブルエッグをパンにはさんだモノで、つけあわせに芋のフライとウインナーのような腸詰の肉。サラダとスープもついていて、さながら前世の朝食のようなメニューだ。


 アルテシアのお気に入りはこのパン。

 ふわふわのスクランブルエッグを、こぼれそうなぐらい目一杯はさんだパンを頬張り、満足げな表情を浮かべている。奴隷商ギルドの地下食堂で見せた、彼女の意外な特技。無限の胃袋かと驚愕するような食いっぷりは、この宿最後の朝食を惜しむようにも思える。


「朝からすごいねアルテシア」

「ふふっ。だって美味しいんですもの」


 アルテシアの爆走はしばらく止まりそうにない。

 五回目のおかわりを運んで来たパフィーも、彼女の暴食に対し、若干引き気味になりながらも、次のパンが乗せられた皿をテーブルに置く。


「パフィー。ありがと」

「……はい」


 彼女の給仕に礼を述べる。

 僕が話しかけると、パフィーは少し虚ろな目でこちらを見つめ、ため息をつく。朝食後、チェックアウトが終われば、これでこの宿ともお別れなのだ。僕に特別な感情がある彼女は、昨日泣いていたのだろうか、その赤い目を見れば嫌でもわかってしまう。


 しかしこれから僕らは王都へ旅立つ。

 すぐに戻って来るつもりでも、その後この宿に来る保証は出来ない。たまに顔を出すことはあっても、ここに宿泊し、朝食を皆で笑いながら食べるなんてことなど、二度とないかもしれないのだ。


 短い間だったのに、名残惜しい。

 パフィーは優秀な女の子だ。【宿職人】というジョブを持つ彼女の部屋管理は完璧だ。ベッドメイキングしかり、整理整頓や掃除も問題なくやってのける能力は、僕らが住む予定の家に雇いたいほどだ。


 しかし彼女はこの宿の看板娘。

 僕のわがままでどうにかなるものでもないし、そんな無理を言うつもりは無い。それに彼女はここ【ジェニファー&ローガンの止まり木】を盛り上げる使命があるのだ。だだの客である僕が独占する資格もない。


「ごちそうさまでした」


 七回目のおかわりで打ち止めのアルテシア。

 彼女が発した言葉によって、僕らの滞在も終了する。テーブルの隣に立つパフィーの、何とも言えない表情が心苦しい。だが僕は、あえて冷たく突き放すように彼女に声をかける。


「パフィー。すべての清算を頼む」

「――! かしこまりました……」


 パフィーは踵を返し去っていく。

 カウンターへと戻り、僕らの宿泊代を清算する準備を始めるために。


 そんな彼女の後ろ姿を見つめながら、深いため息をつく。


「お兄さん。なにもそんなに急がなくても良いんじゃないの? パフィーちゃん、すごく寂しそう」

「いいんだ」


 頑なな僕の態度に肩をすくめるジーナ。

 ここで優しくすれば、余計に別れが辛くなる。

 これでいいんだ。


「なにかお土産でも買って、またパフィーに会いに来ましょう」

「アルテシア……」


 正面に座るアルテシアがそんな提案をする。

 そうだな。王都から戻って来る頃だと、お互いに今みたいな感傷的な気分も薄れているだろうし、ちょっとした知人の関係で会えるかもしれない。僕の心情を理解してくれる、アルテシアの気遣いに内心頭を下げる。


「じゃあこれが残りのお金です。ご確認ください」


 カウンターで清算をする。

 パフィーは、僕と目を合わせず事務的に話す。

 セナから預かったという大金から、宿泊代金やパフィーの報酬を差し引いた残金を、彼女から受け取る。残金とはいえ、それでもまだ白金貨が数枚ある大金を手にするが、高揚感はなく空しさだけが心を過る。


「では、ご利用……あ、ありが――」

「……」


 パフィーが最期の挨拶を述べる途中、こらえきれない感情が溢れたのか、口元をおさえカウンター奥の部屋へと走って行く。取り残された僕らも、宿の従業員としては不謹慎な、彼女の行為を非難することもなく、無言のままその場に立ちつくす。


「ごめんなさいね。あの子、今朝からあの調子で……」


 カウンターの奥からジェニファーさんが現れた。

 パフィーと入れ替わるようにして出てきた彼女は、僕らに娘の不始末を詫びると同時に、僕を小声で手招きする。


『ちょっと外に行きましょうか』


 ジェニファーさんの真剣な眼差し。

 ここを出ると、もう会えなくなるパフィーに、一抹の未練を残しながらも、僕らはそのまま宿の外へ。ジェニファーさんに導かれるまま、宿屋の裏手まで移動した。


 朝の光が届かない暗い場所。

 仕入れ業者たちが置いて行った食材やリネン類などが、所狭しと箱積みになったこの場所に、僕ら三人とパフィーの母親であるジェニファーさんだけが立つ。


 裏口から誰も来ないようにするためか、ジェニファーさんがその扉につっかえ棒をかましたあと、僕の方を振り返る。


「ヨースケさん。昨日私が言ったこと、覚えてます?」


 開口一番、ジェニファーさんは昨日の話を引っ張り出す。確かパフィーが結婚したいとか、自分たちがこの先どうなるかわからないとか、最後の内容はあまり良い印象はなかった。


「はい。どちらの話を言っているのか知りませんが、だいたいは」


 ジェニファーさんの目を見てそう答える。

 彼女はそれを聞いてこくりと頷くと、裏口の扉にチラりと目をやりながら、話し始める。


「どちらも関係する話です。今からお話することは、他言無用でお願いします」

「えっ? あ、はい。わかりました」


 赤い瞳で、僕を見つめるジェニファーさん。

 そんな目で見つめられると、こう答えるしかない。

 僕らは約束を守ると誓う。


「見ての通り、私は赤毛で赤目。夫のローガンは黒毛のドワーフ。そして娘のパフィーは金髪で瞳は緑……私たち本当の親子ではないんです」

「……そうですか」


 驚きはなかった。

 僕らでなくとも、誰もが気付いてたことだからだ。それでも、こんなに仲の良い親子のようすを見て、わざわざそれを話題にする客など居なかっただろうし、家族の形は人それぞれだと、皆が思っていたからかもしれない。


「まあ。皆さんお優しいから、あえて指摘されなかったことはわかっています。娘もああやって宿の運営に協力的ですし、彼女が十二歳の誕生日に【宿職人】のジョブを選んでくれたとき、私たち夫婦はどれだけ嬉しかったことか」

「良い娘さんなのは、僕らも存じています。良くしてくれるし、なにより気立てが良い。ご両親の宿を守るために、自ら【宿職人】を選ぶなんて、僕らでもなかなか出来ないことだと思いますよ」


「……」

「?」


 ジェニファーさんの娘自慢に乗じて、パフィーの評価を僕なりの感想で伝えたところ、急に彼女の瞳が陰り、黙り込んでしまった。


「ジェニファーさん?」


 何か失礼なことを言ったのかと思い、ジェニファーさんに呼びかける。すると黙り込んでいた彼女が突然目を閉じ、ワナワナと震えながら、絞り出すように言葉を放った。


「その……そのジョブを……選んでしまったことが、そもそもの間違いなんです」

「「「え?」」」


 僕を含め、うしろに居たふたりも声を揃える。

 さきほどあんなに喜んでいた、パフィーのジョブ選択を、今度はジェニファーさん自ら否定したのだ。僕自身、ルーレットによって決まってしまった、奴隷ディーラーというジョブ。自ら選ぶと言う選択肢がなかったため、詳しい状況が読めない僕は、うしろのふたりに向かって振り返るが、彼女たちも首を横に振るだけだった。


「娘のために、あえて詳しくは話しませんが、十二歳の誕生日の日に、彼女が自分の運命を選ばず、私たちのために【宿職人】を選んだときから、ずっとある現象が起きているんです」

「自分の……運命? ある現象って……」


「運命のことは申し訳ありませんが、話せません。知ればあなたたちにもご迷惑をかけるかもしれませんから。それよりもある現象の方をお伝えしたほうが、もしかしたら……」


 要領を得ない話だった。

 ところどころをペンで塗りつぶしたような、ジェニファーさんの告白を、僕らは戸惑いのなかで聞くしかなかった。パフィーが十二歳の誕生日の日に現れたステータス画面。そこに現在の彼女が選んだ【宿職人】とは違うジョブがあったのは確かだ。それをジェニファーさんは運命と呼んでいる。


 そして【宿職人】となってから、パフィーの身に起きる現象。それが僕らにどのような関係が繋がるというのだろうか。ジェニファーさんの話の続きを待つ。


「娘はその現象が自身に起きていることさえ知りません。彼女が寝ているときだけに起きる現象ですので。そして、それは確実に娘の身の危険を訴えているに違いないのです!」

「ちょ、ちょっと待ってください! ジェニファーさん。その現象っていったいパフィーの何なんで――あがあっ!!」


 思わずジェニファーさんに詰め寄った。

 得も言われぬ不安が押し寄せ、たまらず彼女の肩を掴んだ瞬間、鋭く光る赤い瞳に射抜かれた僕は、その場で麻痺を喰らったように固まってしまう。


「ヨースケさんっ!」

「お兄さんっ!」


 僕の危機を感じ取ったのか、アルテシアとジーナが動いた。しかし、それを片手で制したジェニファーさんが、静かに言った。


「ごめんなさい。びっくりして私の魔眼が、ヨースケさんに作動してしまいました。すぐに解けるのでご心配なく」

「ま、ま、が……ん……?」


 痺れる喉を目一杯動かし、魔眼と問いかけた。。

 それにハッとなったジェニファーさんが、僕を見て言った。


「そんな……魔眼が完全に効いていない? 普通なら数分は何も出来ないはずなのに」


 効いていないかどうかはわからないが、とにかく少しだけ動くことは可能だった。指先に神経を集中させると、わずかだが第一関節くらいは動かせた。それを見てますます驚くジェニファーさん。


「早い。早すぎる……ヨースケさん、あなたいったい何者?」


 少し警戒するジェニファーさんが、僕から距離と取る。そんなこと言われても、僕はただの奴隷ディーラーだし、魔眼がどれだけ相手に影響するかなんて知らない。彼女にそれを目で訴えるが、あまり効果はなかった。


 しばらくすると、魔眼による麻痺が収まり、僕は再び自由になった。


「ひ、酷い目にあった……」

「ごめんなさい。つい……」


 肩や首を回し、麻痺していた部分を慣らしていると、申し訳なさそうにジェニファーさんが頭を下げる。アルテシアたちを見ると、思っていたよりか僕の回復が早かったので、それ以上ジェニファーを問い詰めることをやめたようだ。


「それよりも、さっきの話は」

「ええ。続きを話しますね。」

 

 魔眼による思わぬハプニングで中断された、ある現象についての話が再開される。


「まず、なぜ私が魔眼を使えるかを先にお話ししますね。私と夫ローガンは、宿を営む以前、ある組織の戦闘奴隷でした」

「戦闘奴隷!?」


「はい。そしてそこから解放され、この街で夫とふたり、宿を始めたのがおよそ二十年前。そしてその八年後、この裏庭――今、私が立つこの場所に、パフィーが捨てられていたのです」

「――! こ、ここに……パフィーが……」


 次々と明かされる、宿屋夫婦と娘の秘密。

 こんな話を僕たちが知って良いのかと戸惑うが、ジェニファーさんが話す以上、黙って受け入れるしかない。


 ジェニファーさんの足元を見る。

 そこに十二年前、パフィーが捨てられていたという事実。彼女がなぜここに捨てられ、ジェニファーさん夫妻の下で育てられたのか。その続きを彼女が語り始める。


「私たちは組織のなかでも有名な方でした。戦闘に長けた夫婦が営む宿があり、パフィーを守れる点や経済的にも恵まれている。闇の業界でそんな噂を聞きつけたのでしょうか、相手は私たちが経営する宿だと知って、あの子をここに置いて行ったのだと思います」


 さきほどの魔眼のことが思い出される。

 ジェニファーさんやローガンさんは、戦闘奴隷としてに経験があり、実力もあるのだろう。そんな彼女たちに、幼いパフィーを預ける人物とは、闇の組織に居た者なのか。


「ああ。ヨースケさん、これだけは言っておきます。パフィーは決してその道の者とは関係ありません。彼女はむしろその逆……」

「逆?」


 そう聞き返した時、裏口の扉が激しく叩かれた。


「お母さん、どこ行ったの! もお。掃除全然やってないじゃないの! お母さん、そこに居るんでしょ! ねえ、なんでここ開かないの? ちょっと開けて!」


 パフィーの怒鳴り声がする。

 ジェニファーさんがこちらを振り向き、悲しい目をした。


「ごめんなさい。ここまでしか話せなくて。でもこれだけはお願いしたいの。私たちに何かあったときは……娘を……どうか娘をお願いします」

「ジェニファーさん……」


 そう言うと、ジェニファーさんは裏口の扉に立て掛けて置いたつっかえ棒を外し、裏口にいる僕らをパフィーに見せないように、素早くなかへ入って行った。


「もお! こんなとこに居た。お母さん早く片付け手伝って!」

「ごめんね、パフィー。ちょっと外の品物見てたの。お母さん急いでやるから、あなた、あっちお願い」


 そんな二人の声が、扉の向こうから聞こえる。

 忙しなく聞こえる足音はやがて小さくなり、辺りはシンとした静寂に包まれる。さっきまでここで衝撃的な話を聞いていたのが、まるでウソのように思えるほど、近くの木では小鳥がせずり、草木は風に揺れ、裏庭の景色はのどかな雰囲気を醸しだしていた。


「えっーと。これって僕ら、どうしたら良いんだろうね……」


 うしろのふたりにそう問いかける。

 アルテシアやジーナも、首を横に振ったまま何も答えてはくれない。


 誰もこの場において、良い解決策など見つかるはずもなかった。


 

ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


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